野生のポケモンとバトルをするようになって、塾帰りにもバトルをして帰るのが日課になっていたが、親に叱られてからは塾帰りのバトルは週に一、二日程に減っていた。

それでも塾以外の習い事が終わった後の塾に行くまでの空き時間は毎日のようにバトルを繰り返し、元より勉強が嫌いではなく、飲み込みも早かったは、バトルの際どういったタイミングで指示を出せば良いのかということを着実に理解していき、ヒンバスも少しずつレベルが上がっていった。



そうしてヒンバスとが出逢ってから、一ヶ月と少しが過ぎた頃だ。

「ヒンバス、鱗が前より随分と綺麗になったんじゃない?」

塾からの帰り道、公園へとやって来ていたは、ヒンバスの体をまじまじと見つめながらそう言った。丸い月に照らされて、ヒンバスの鱗はてらりと光を反射しているのだ。するとヒンバスは自分の鰭や体を眺め、それから嬉しそうに鳴いてみせた。いつも食べているポロックにはけづやを良くし、コンディションを整える効果があるらしいが、最近その効果がより一層出てきたように思うのだ。

「出逢った頃は、あなたにちょっと貧相とか言っちゃったけれど、今はそんな風に見えないもの」

ヒンバスはそれを聞いてに言われたことを思い出したのか、の手の甲をぺちんと胸鰭で軽く叩いた。

「あの時はごめんね。今はそんなこと全然思ってないって!」

そうして笑いあっていると、達のベンチから見える池のすぐ傍の叢が揺れたのが見えた。

「よし、今日はあと一回だけバトルをして帰ろうか」

賛成だと言うように、ヒンバスが力強く頷く。



ヒンバスを一度ボールに戻すと、は揺れた叢の元へと近寄った。するとの足音が聞こえたのか、叢が大きく揺れ、そこからアメタマが飛び出す。アメタマは叢から飛び出すと、池の水面へと降り立った。

「ヒンバス、頑張って!」

ボールから飛び出したヒンバスは、派手な水飛沫を上げて池に潜った。水中から上を見上げると、月明かりに照らされてアメタマがどこにいるのかが分かる。

「今だよ!たいあたり!」

ヒンバスからはアメタマの位置がよく分かるが、アメタマは池の水面に辺りの景色が映っているため、ヒンバスがどの位置にいるのか上手く掴めていないようだ。その様子に気が付いたが指示を出すと、ヒンバスがアメタマの背後から現れて、アメタマの体を吹き飛ばした。水面を滑るようにしながら、アメタマの体がくるくると回る。

ヒンバスから離れた所でアメタマは体勢を立て直すと、ジグザグに動きながら素早い動きでヒンバスへと一気に詰め寄った。でんこうせっかを喰らう寸前、ヒンバスとは目を合わせる。そしてアメタマがヒンバス目掛けて加速した瞬間、ヒンバスは勢いよく水面を尾鰭で蹴った。”はねる”で急に眼の前から消えたヒンバスに、アメタマは慌てて動きを止める。

「ヒンバス、もう一度たいあたり!」

跳ねた後再び水中へと身を潜めていたヒンバスは、アメタマの動きが止まったのを確認すると同時に、の指示通りアメタマへと一直線に泳ぎ、勢いよくたいあたりを喰らわせた。アメタマの体が先程のように水面を滑るようにしながらくるくると吹き飛ぶ。そしてアメタマは気絶した。

「ヒンバス、やったね!」

自分の立つ池の淵へと泳いできたヒンバスに、が屈み込んで声を掛けると、ヒンバスはひん!と大きく鳴いて胸鰭で水面を叩いた。いい感じに勝つことも出来たし、そろそろ帰ろうか。そう言ってが仕舞っていたボールを取り出そうと鞄の中に手を入れて探していると、突如ヒンバスが声を上げた。

驚いたが慌ててヒンバスへと目を向けると、驚いたことにヒンバスの体がぶるぶると震えている。

「やだ、ちょっと!どうしたの!?」

慌てたがヒンバスの体を抱き上げようとすると、それよりも先にヒンバスの体が眩い光に包まれた。


公園の街灯よりも明るく、けれど月明かりのような優しい光にヒンバスが包まれて、はその眩しさにヒンバスの姿を直視することができなくなった。思わず腕で目を庇うようにその光を遮る。それでも瞼の裏に眩しい光が焼きついて、目を開けてはいられない。それから少しの間を置いて漸く光が収まったのを確認すると、はちかちかと残光に眩む目を擦りながら、ヒンバスへと視線を向けた。

「ヒンバス……だいじょ……」

大丈夫?と尋ねようとして、は言葉を続けることが出来なかった。



何故ならそこにヒンバスはおらず、その代わりに月明かりに美しい鱗を照らされて、淡く全身が輝いているように見えるミロカロスがいたからだ。

何かを言おうとしては口を動かそうとしたが、言葉は何も生まれず、唇がただ震えるだけだった。様々な気持ちがどんどん溢れてくるのにそれを上手く形に出来ずにいるを、ミロカロスはじっと見つめている。前までははヒンバスの姿を見下ろしていたのに、今は逆にミロカロスのことを見上げていた。

「ああ……」

そうしてやっと漏れ出た言葉は、たったそれだけだった。それでもミロカロスには充分だったのか、ミロカロスは眼を細めると、の頬に自分の頬を寄せる。それからの肩に顎を乗せると、くうくうと静かな声で甘えるように鳴いた。はいつの間にか溢れ出た涙を拭うこともせず、ミロカロスの体を抱きしめる。

「……言いたいことはたくさんあるのに、何を言ったらいいのか、分からないの」

ミロカロスはに抱きしめられながら、小さく笑ったようだった。ミロカロスの吐き出した息が首をなぞり、もその擽ったさに笑う。

それから騒ぐ心臓を落ち着かせるように息を吸ったは、ミロカロスの体を抱きしめるのを止め、ミロカロスの眼をしっかりと見つめ直すと、おめでとう。そう言ってはにかんだのだった。


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