昨夜のあの二人組とのバトルの後、トバリシティから逃げるようにナギサシティの家へと帰り着いたは、着替えることも無くベッドに倒れ込むとそのまま眠ってしまった。そして数時間後にが目を覚ました時には、窓の外がぼんやりと明るくなっていた。枕元に転がっている目覚まし時計に手を伸ばすと、目覚まし時計の針は朝四時になったばかりだということを告げている。
目覚まし時計の隣に置いていたモンスターボールを手に取ると、はそっと自分の顔の傍に引き寄せた。何が何でも早く家に帰って安心を得たくて、ポケモンセンターによらず傷薬での治療をしたが、ドンカラスが眼を覚ましたら念のためポケモンセンターで診てもらおう。そう考えると、再びドンカラスのボールを目覚まし時計の隣に戻した。
それからジラーチは、と辺りを見回すと、ジラーチはの足元の辺りで仰向けになって眠っている。ジラーチの頭を優しく撫でながら、は自然と昨日のバトルのことを思い出していた。
昨日のあのバトルの最後。ジラーチが最後に放った技、相手に降り注ぐ光の粒のようなあの攻撃は、見た通り“りゅうせいぐん”だった。あの攻撃をまともに受けたギンガ団のポケモンは全滅、ギンガ団の二人も技の衝撃による爆風を受けて倒れたのだ。地面は所々クレーターのように凹み、そのりゅうせいぐんの凄まじさを物語っていた。
「くそっ……、他の団員がいれば……ぐっ……」
苦し気にそう呻いた男を見下ろすようにしながら、は口を開く。
「……何、ギンガ団は今は他にいないの?」
「……ついてないことに、数人しかいない……俺達はリッシ湖に行く前に偶然、この倉庫群に用があって……」
そこまで喋った所でギンガ団の二人は気絶したらしく、それから何も答えない。
各地でギンガ団が活動しているって聞いたけれど、先程“リッシ湖に向かおうとしていた”と言っていたということは、リッシ湖も危ないのだろうか。帰り道に傍を通らなくてはいけないから、気を付けないと。それとトバリに今ギンガ団が数人しかいないのなら、今のうちに逃げた方が良さそうだ。
そう判断したがジラーチとドンカラスに声を掛けようとすると、遠くで人の声が聞こえた。それは段々と近付いてくる。
「ねえ、さっきこっちの方で何か光ってなかった?流れ星みたいなの」
「気のせいじゃないのか?」
「本当に見たんだから!」
「さっき誰かバトルしてたよな」
「見に行こうぜ!」
どうやらジラーチのりゅうせいぐんの光は、達のいる場所が街の端といっても遠くまで届いたようで、それを目撃した街の住人達が様子を見に来たらしい。
「ジラーチ、ドンカラス、帰るよ!」
「……うん」
ジラーチがリュックに入り、ドンカラスがボールに入ったのを確認すると、は急いで214番道路へと続くゲートに向かった。そして止めていた自転車に跨ると、力の限りペダルを踏み込む。疲れただとか、痛いなんて考える暇は無かった。そして急いでゲートをくぐり、214番道路を駆け抜ける。そうして漸く222番水道に出た所で、もう大丈夫だろうとが自転車のスピードを落とすとジラーチが口を開いた。
「……」
「ん、なあに?」
「ぼく、あの技、りゅうせいぐんは、目立つからつかわないように気をつけていたんだ」
「うん」
「でも、そのせいでがけがをして……を、ドンカラスを、守るよって、そう言ったはずなのに。がけがをするくらいなら、最初からつかえばよかった……ごめんね」
ジラーチの声は最後の方は小さくて、風の音に掻き消されてしまいそうだった。が怪我をしたことを気にしているらしく、今にも泣き出しそうなのが顔を見なくとも分かる。
「私は大丈夫だよ。私もごめんね。まさかトバリシティにギンガ団がいるとは思わなくて……」
「ううん、ぼくが」
「大丈夫だって。すぐ治るよ」
「……うん」
辺りはトレーナーもいなく、ひっそりとしている。そしてジラーチがもう一度ごめんね、と弱々しい声で呟いた時にナギサに着いた。それから家に着くとドンカラスの治療をし、は気が抜けてそのままベッドに倒れ込んだのだ。
「……、」
「……あれ、起こしちゃった?」
が昨日のことを思い出しながらジラーチの頭を撫でていた所、どうやらジラーチは眼を覚ましたらしい。ジラーチは自分の頭を撫でるを手を掴んで起き上がると、「傷、大丈夫?」と不安そうに尋ねた。
「大丈夫だって」
が笑って見せると、ジラーチはの手の甲、肘、そして膝を見て、顔を歪めた。そして今にも溢れ出しそうな程に涙を浮かべると、に勢いよく抱き付く。
「……ジラーチ?」
ジラーチは何も答えなかった。けれどその肩は微かに震えている。そのことに気がついたは、何も言わずにジラーチの頭を撫でた。ジラーチがの体に抱きつく小さな手に更に力を込める。
確かに昨日の傷は痛むが、その痛みよりもジラーチの小さな身体が震えていることの方が、には辛かった。
暫くするとジラーチは落ち着いたのか、再び眠りに就いた。やはり疲れていたのだろうと思い、はドンカラスが昼前に起きて朝食兼、昼食の時間になっても、ジラーチを起こさずにそっとしておいた。
「ドンカラス、調子はどう?」
食事を終え、ドンカラスの体を労わるように撫でながら尋ねる。ドンカラスはの体に擦り寄ると、元気よく鳴いた。どうやら昨日治療したこともあってか、大丈夫のようだ。
「そう?ならいいけれど……。でも、念のため後でポケモンセンターで診てもらおうか」
ドンカラスはこくりと頷くと、嘴で翼の毛繕いを始めた。それにしても、ドンカラスもジラーチの二人が無事でよかった。そう思ってが溜め息を吐くと、ドンカラスが毛繕いを中断して首を傾げる。
「ううん、何でもないよ」
ドンカラスは不思議そうな顔をしていたが、すぐにまた毛繕いを再開した。