「レントラー、戦闘不能!よって勝者、ジムリーダー、スモモ!」

見学は誰でも歓迎ということで、達はトバリジムへと訪れていた。そして今正に、ジムリーダーであるスモモのルカリオが、挑戦者の最後の一匹の手持ちであるレントラーを倒した所だ。

「かっこいい!」

バトルフィールドの外の観客席、の膝の上に座ってジラーチが小さな手を叩いた。ジムリーダーはさすがと言うべきか的確なタイミングで的確な指示を出し、それを聞いたスモモのルカリオは無駄一つ無い動きで挑戦者のポケモンを倒していったのだ。

「スモモさんも、ルカリオもかっこよかったね」
「うん!」

見学を終えてジムを出た後、やジラーチ、ドンカラスは先程のジム戦の話で盛り上がっていた。ジムを見学する前は、騒がしい音で溢れるカジノを覗いたりもしたので、その頃にはもう時刻は夕方になっていた。

「めぼしい建物なんかは見たと思うけれど、どう?楽しめたかな」
「うん!たくさん見すぎて、つかれちゃったくらい」

の隣を歩くドンカラスの背に乗りながら、ジラーチが欠伸をする。ジラーチの満足そうな様子に、とドンカラスは顔を見合わせると笑顔を浮かべた。トバリシティを訪れて正解だったようだ。そうして話しながら歩いていると、街の端に辿り着いた。

「あっ!」

眠そうにしていたジラーチが、突然声を上げるとドンカラスの背中からふわりと浮かび上がる。突然上がったジラーチの声に驚きつつも、ジラーチの視線をとドンカラスの二人が辿ると、そこには大きな岩が疎らにあるのが見えた。隕石だ。

そういえば、ジラーチは本来ならこの隕石に惹かれてこの辺りで目覚めるはずだったんだっけ。そう思いながら、は隕石に近付くと手を触れた。夏だというのに、ひんやりとした冷たさが手のひらから伝わる。

「どうしてジラーチは、この隕石に惹かれたの?」
「うーん。ぼくにもよく分からないけれど、たぶん、ぼくとおなじ星、だからかなあ」
「星の声が聞こえたって言っていたよね」
「うん。眼がさめる前に、すごく強い力をかんじたんだ」

千年眠り、その間に膨大なエネルギーを蓄えるのだというジラーチは、この隕石が持つという強い力、つまりエネルギーに惹かれたのだろうか。はあれこれと考えてみながら、隕石の表面を撫でる。その隣でドンカラスも不思議そうに隕石を見つめ、嘴でこつこつと突いた。

「でも、やっぱりぼくはここじゃなくて、あの場所でめざめてよかった。そうじゃなかったら、とドンカラスとはであえなかったかもしれない」

隕石の上に座りながら、ジラーチが夜空を見上げる。夏の夜空には星が瞬き始めていた。
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隕石がある場所を離れた達は、街の端を歩いていた。ナギサシティへ戻る前に、最後にトバリシティの賑やかなネオンを見ておこう、となったのだ。
そうして夜空の星よりも騒がしく輝くネオンを眺めながら歩いていると、軈てトバリシティの北にある様々な物資を保存するための倉庫群に着いた。人気は無く、街の中心地から離れたそこは少し薄暗い。

「何だか薄暗くて、嫌だな。戻ろうか」
「うん」

ドンカラスとジラーチが揃って頷いたのを確認すると、は元来た道を引き返そうと振り返った。その時だ。

「……ジラーチ、リュックの中に戻って」

誰かがこちらへと向かってくるのが見えたのだ。何故だか胸騒ぎがしたは、ジラーチに少し慌てた口調で告げる。ジラーチは不安そうな顔でリュックの中にするりと体を滑り込ませた。

達の元へとやって来る人間は二人組の男で、その隣にポケモンを連れているのが見えた。の鼓動が早まる。

何故なら、徐々に近付いてくるその二人組の姿に見覚えがあったのだ。

その二人組は、がジラーチと出逢ったあの日、ジラーチを追い回し、そしてぼろぼろにした、特徴的な格好をした男達と同じ格好をしていたである。更に、その二人組の横を歩いていたのは、見覚えのあるスカタンクだったのだ。

「……ドンカラス、行こう」

凍り付いたように動かなくなった足に力を込め、僅かに震える声でドンカラスに声を掛ける。ドンカラスも緊張した面持ちで頷いた。ジラーチも緊張しているのが背中越しに伝わる。

何でも無い様子を装ってが歩き出すと、何かの話で盛り上がっている二人組と何事も無くすれ違った。少しずつ遠ざかる声と足音に、が安堵したように溜息を吐く。だが。

「スカタンク、どうした?」

それは突然だった。そんな声が聞こえたと思ったら、すれ違っての横を通り過ぎていったはずのスカタンクが、ぐるぐると威嚇をするように喉を鳴らしながら戻ってきたのだ。

「おい、スカタンク!何やってんだ。戻って来い」
「それで……って、何だよ」
「いや、スカタンクが……」

はドンカラスとアイコンタクトを取るとスカタンクを無視してさっさと行ってしまおうと思ったが、スカタンクはとドンカラスの前に回り込み、牙を見せて唸った。

「何やってんだよ……」

二人組が揃って溜息を吐きながら、の前に回り込んだスカタンクの元へと戻ってくる。そしてスカタンクの背をぽんと叩くと、行くぞ、と声を掛けた。
だが、スカタンクはひくひくと頻りに鼻を動かすと、のリュックへと向けて先程よりも低い声で唸る。

「何だよ、何かあんのか?」
「……おい女、そのリュックを見せろ」

は二人組の顔を交互に睨み付けると、嫌です。ときっぱりと言ってのけた。そして二人組とスカタンクを避けるようにして歩き出そうとする。だが、の腕を、二人組のうちの一人が掴んだ。

「見せろって言ってるだろ!」
「見せないなら、無理やり奪うまでだ!」
「だから、嫌だってば!」

が叫ぶと同時に、ドンカラスが眼の前で唸り声を上げていたスカタンクの体を翼で打った。スカタンクがぎゃあ、と悲鳴を上げる。男は先手で攻撃を食らったことに舌打ちをすると、ボールを一つ放った。

「行けっ!ブニャット!」

ボールから現れたブニャットは、宙でくるりと回ってから軽い身のこなしで地面に降り立つ。それを見たは、顔を顰めた。

「二対一なんて……!」
「はっ!何か不都合でもあるか?」
「二対一なら楽勝だな!」

ドンカラスがの指示と共に技を繰り出すが、二対一ではどちらかを攻撃しても、もう一方の敵が背後からドンカラスに攻撃をしかけてくるので、圧倒的に不利だった。ドンカラスが少しずつ疲弊していくのが分かる。

ここが街の外れの倉庫群で無ければ。もっと早く家に帰っていれば。そもそも、トバリシティに訪れなければ。そんな後悔ばかりがの頭を過ぎる。だが、その考えを遮ったのは、背中越しに小さく聞こえたジラーチの声だった。

「……。ぼくも、たたかう」

は驚いた顔をして、ジラーチの隠れるリュックへと僅かに振り返った。

「狙われているのは、ジラーチ、あなたなんだよ。それがどれだけ危険なことだか分かって言っているの?」

ドンカラスの放ったあくのはどうと、ブニャットの放ったスピードスター、そしてスカタンクのかえんほうしゃが同時にぶつかり合い、凄まじい爆風と砂煙、そして轟音を生む。とジラーチの会話はそれに掻き消されて、向こうには届いていないようだった。

「分かってるよ」

ジラーチの真っ直ぐな声は、背中越しだからということを除いても、の耳によく届いた。

たちと出逢ってから、ぼくはずっと守ってもらってた。だから、今度はぼくもドンカラスといっしょにたたかって、を、ドンカラスを、守るよ」

先程までの不安そうな様子は微塵も感じさせない強い意志を感じさせる声に、はその言葉を断ることが出来なかった。ジラーチがリュックの中から抜け出したのか、背負っていたリュックの重みが消える。ジラーチはの隣に並ぶと、を安心させるように笑った。

軈て視界を覆っていた砂煙が晴れて、風がの髪を揺らす。そしてとジラーチが目にしたのは、ブニャットに喉笛を鋭い爪の並ぶ前足で押さえつけられ、地面から起き上がることの出来ないドンカラスだった。スカタンクは先程の爆風に吹き飛ばされたのか、二匹よりも少し離れた所で倒れている。

「ドンカラス!」

が叫ぶと同時に、ジラーチがドンカラスを押さえつけるブニャットへと右手を翳す。すると、ブニャットの体が不思議な光に包まれて、ふわりと不安定に浮かび上がった。その隙に、ドンカラスが苦しそうに息を吐きながらの元へと戻る。

突然持ち上げられたブニャットの体に、二人組は目を見開いた。そしてブニャットの体を持ち上げる力の正体を探るようにへと目を向けると、の隣に並ぶジラーチに気が付いたのか、一層目を見開く。

「おいっ!ジラーチだ!」
「捕まえるぞ!」

ジラーチが翳していた右手をつい、と下に動かすと、それに合わせてブニャットの体が二人組の目の前の地面に叩き付けられる。

「うわっ……、この野郎!」
「スカタンク、いやなおとだ!」

体勢を立て直したスカタンクに、男が命じる。するとスカタンクはその鋭い前足の爪で、近くにあったコンテナを引っかいた。きん、と高く耳障りな音が辺りに響く。

「うっ、ドンカラス、つばさでうつ攻撃!」

耳を両手で塞ぎながら、が叫ぶ。ドンカラスはスカタンクへと一直線に向かうが、それと同時に起き上がっていたブニャットがドンカラスに飛びかかろうとした。しかし、すぐにそのブニャットの体はジラーチが放ったスピードスターで吹き飛んだ。

「どうして、ジラーチを狙うの……!」

ドンカラスがスカタンクの横っ腹を翼で打ったことでいやなおとが鳴り止み、それと同時にがわなわなと震える拳を握り締めながら二人組に問う。すると、二人組は顔を見合わせると馬鹿にした様子で笑った。

「決まってるだろ?ギンガ団のためだ」
「ジラーチが蓄える膨大なエネルギーに、願いを叶える力。どちらもアカギ様のために必要なんだよ」

ギンガ団という名前を、は聞いたことがあった。ナギサでは特に被害が無いが、様々な街でポケモンを奪ったりしている集団がいる、と。
この奇妙な格好をした奴等がギンガ団だったなんて、と、唇を噛み締めたは二人組を睨みつける。

「ギンガ団が、どうしてトバリに……」

その言葉にふっと笑うと、ギンガ団の二人組のうちの一人が、ある方向を顎でしゃくる。その方向にが目を向けると、街の高台のビルが見えた。

「このトバリの街にはな、ギンガ団のビルがあるんだよ。ま、今は数人しかいないがな」
「俺たちはこれからリッシ湖に向かおうとしてたんだが……まさかジラーチがこんなところにいるとはな。運が良いぜ」

それを聞いて、はジラーチをトバリシティに連れて来なければ良かったと思った。トバリシティを訪れていなければ、こうしてギンガ団に遭遇することも無かったのだ。


、大丈夫だよ」

ジラーチはの気持ちを察したかのように、そう告げてギンガ団の二人組を見つめた。

「きみたちが、ぼくをねらう理由は、わかった。でも、ぼくは何があってもきみたちのためには、力をつかわないよ」

ギンガ団の二人組が、不機嫌そうに顔を顰める。

「ふん!だったら捕らえて無理やり使わせてやるよ!スカタンク、かえんほうしゃ!」
「ブニャット、きりさく!」
「ドンカラス、あくのはどう!」

それぞれのポケモンがそれぞれのトレーナーの隣に戻っていたが、重なった指示を耳にすると同時に相手へと向かっていく。

ブニャットのきりさく攻撃を、ドンカラスは素早く飛び上がり避けた。そのままブニャットへ向けて、ドンカラスがあくのはどうを放つ。ジラーチはスカタンクの吐き出した灼熱の炎からドンカラスを守るように、スピードスターを撃つ。星の形をした光線は、凄まじい炎とぶつかり合うと派手な音を立てて散った。続け様にジラーチがスピードスターを繰り出すとスカタンクに命中し、その様子を見て相手は舌打ちをする。

ジラーチのスピードスターを受けたスカタンクが直ぐさま体勢を立て直すと、尻尾の先を震わせた。途端に辺りに毒ガスが広がってゆく。それに気付いたドンカラスが羽ばたき、その毒ガスを払った時だった。ブニャットが後ろからドンカラスに飛びかかったのだ。

「ドンカラス、あぶない!」

ジラーチが叫ぶと同時に、ドンカラスの傍へと飛び出す。そしてジラーチの体が輝くと、ブニャットの動きが止まった。先程もブニャットを地面へと叩き付けた、ジラーチのねんりきだ。ねんりきで動きを止められたブニャットは、先程のようにそのまま地面に叩き付けられる。そしてドンカラスの無事に、が安堵の息を吐いた瞬間だった。

「いっ、痛い!」

戦いに夢中になっていたの髪が、突然引っ張られたのだ。技と技がぶつかり合って生じた砂煙や騒音に紛れて、二人組のうちの一人がコンテナの陰から背後に回りこんでいたことに気が付かなかったのである。

「諦めて大人しくジラーチを渡したらどうだ!?」
「……何よ、勝負の途中じゃない!」
「うるせえ!」

髪を更に力強く引かれ、の顔が歪む。の髪を掴むギンガ団の男の隣には、スカタンクが向かってくると並んだ。ブニャットは叩き付けられた後起き上がらない様子から、どうやら戦闘不能らしい。それをもう一人の男がボールに戻している。

ドンカラスはよりも離れた位置におり、ジラーチもその傍にいるため、どうしたものかとは考えた。こちらの誰かが動くより先に、きっとこのスカタンクが何かをするだろう。一体、どうすれば。そう考えていると、ジラーチが叫んだ。

!」

ジラーチの泣きそうな声に、の髪を掴んでいた男が口元をにやりと歪める。その直後、掴まれていた髪が離されると同時に、は突き飛ばされた。そのまま地面にうつ伏せに倒れると、その背中をスカタンクが前足で押さえつける。突き立てられる鋭い爪に、が小さく声を上げた。

「おいジラーチ。どうする?お前が大人しく捕まれば、この女は今すぐ解放してやるぞ?」
「この、卑怯者!」

ギンガ団の男の言葉に、が抵抗するように声を振り絞る。すると、スカタンクが背中を押さえつける前足に、より一層力を込めた。そしてブニャットをボールに戻したもう一人の男がの元にやってくると、を見下ろしながら冷たく言い放つ。

「気付かなかったお前が悪いんだぜ」
「ああ、そうだな」

は唇を悔しげに噛み締めると、泣きそうな顔で自分のことを見つめるジラーチのことを見つめ返した。

「ジラーチ、私は大丈夫だから……」
「そんな強がりはいいんだよ。で、ジラーチ。どうする?さっさと決めないと、このスカタンクの鋭い爪が、この女の背中を裂くぞ」

先程よりも体重が乗ったスカタンクの前足に、が呻く。だがその時、はあることに気が付いた。先程までジラーチの傍にいたはずの、ドンカラスの姿が見えないのだ。ギンガ団の二人組はジラーチの一挙一動に気を取られているからか、気が付いていない様子だった。

驚いた顔をしてがジラーチを見つめると、ジラーチは大丈夫だと言うように小さく頷いた。そしてその次の瞬間、翼を大きく広げたドンカラスがギンガ団の二人組の背後から姿を現すと、ギンガ団の二人組を翼で薙ぎ払い、その勢いのままの背を押さえつけていたスカタンクも吹き飛ばした。

背中を押さえつけていた重みから解放されると同時に、は咄嗟に起き上がるとジラーチの元へと駆け出した。その後を、ドンカラスも追う。

!へいき?」
「うん。少し背中が痛いけれど、大丈夫だよ。ドンカラス、助けてくれてありがとう」

ジラーチはの服をぎゅうと握り締めると俯いた。その小さな背中を、は優しく撫でる。

「くそっ、あのドンカラス……!」
「邪魔しやがって!」

ギンガ団の二人組は体勢を立て直すと、ボールを放った。スカタンクも少し遅れて起き上がる。二人組の放ったボールからは、数匹のゴルバットにドーミラー、ニャルマーが現れた。

もしかして、一斉に飛びかかるつもりなのだろうか。そう考えたの額を汗が伝う。

ここからどう動けばいいのか、があれこれと思案していると、俯いていたジラーチが顔を上げた。そしての元から離れると、ギンガ団の二人組と彼等のポケモン達をゆっくりと見回す。

「ぼくは、を、ドンカラスを……ぼくのともだちを、傷つけた人間をゆるさない」

それはここ数日間ジラーチと一緒に過ごしていて、聞いたことが無いような冷たい声だった。ちらりと見えたジラーチの横顔は無表情で、何を考えているかも分からない。

がジラーチの名を呼ぼうとすると、それよりも先にジラーチが眼を閉じた。途端にジラーチの体が眩い光に包まれる。ギンガ団の二人組と、彼等の傍に並ぶポケモン達は僅かにたじろいだ。一体何をするつもりだ、と小さく呟いた声が聞こえる。

その僅か数秒後、ジラーチの体が一際大きく輝いた時だった。たくさんの光の粒が空から生まれ、まるでジラーチと出逢った日の夜空を流れていた流星群のように、達の目の前に降り注いだのだ。

は傷の痛みを忘れて、ただその眩い光が降り注ぐ様子を見つめることしか出来なかった。


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