ー、ねえ、どこにいくの?」
「それは、着いてからのお楽しみ」

ジラーチの入ったリュックを背負って自転車を漕ぐは、222番道路の海沿いの道を走っていた。ジラーチはそわそわと落ち着かない様子で、リュックの蓋の下から顔を僅かに覗かせて辺りを見回している。

「海?海にいくの?」
「海の傍は通るけれどね。違うよ」

海沿いの222番道路を通り過ぎ、今は同じく海沿いの213番道路を走っていた。ジラーチは見た事のない213番道路の景色に瞳を輝かせる。二度程訪れた222番道路の海とここ、213番道路の海は続いていて同じ海のはずなのに、見る場所を変えるだけで全く違うものに見えるから不思議だと思ったのだ。

「まだー?」

待ちきれないといった様子のジラーチに、は思わず笑い声を漏らす。それからまだだよ、と返事をし、ペダルを漕ぐ力を強めた。



海から離れた砂浜の端の砂の層が薄い部分を選んで走っているのだが、それでも自転車では走り辛く、がたがたと揺れる。背中のリュックの中のジラーチは大丈夫だろうかと気にしつつ、は考え事をしていた。

ジラーチに心から願うことを尋ねた際、ジラーチは最初何かを言おうとして、それからやっぱりなんでもないのだと言った。その後自分とドンカラスに言うように促されて、「たくさんのものを見たい」と言ったが、その時一瞬だけ眼を逸らしたのが何故だか気になっていたのだ。

だが背中越しに聞こえるジラーチのはしゃぐ声が明るいので、目的地が見えてきたは、考え過ぎだろうと思うことにした。


目的の街に着いて自転車から降りると、ジラーチが小さな声で背中越しにに話し掛ける。

「ねえ、ついた?ついたの?」
「うん、やっと着いた。でも、まだリュックから出たら駄目だよ」
「わかった」

そんな会話をしながら、自転車を街の入り口のゲートにある駐輪場に止めると、は歩き出す。

「ねえ、ここ、どこ?」
「ここは、ノモセシティだよ」
「ナギサシティじゃない、まち!」

ジラーチが興奮した様子で、少しだけ大きな声で言う。そう、はジラーチを連れてノモセシティへとやって来たのだ。

だいしつげんといきるまち、ノモセシティ。ここは、この土地に広がっていた大湿原を保護するために自然と形作られていった街であり、冷涼湿潤な気候だ。ジラーチはナギサの街とは違う大自然の香りを感じ取っているのか、リュックから少し顔を覗かせては、きゃあきゃあと声を上げている。

ジラーチのはしゃぎっぷりに、はノモセシティに連れてきて良かったなと思った。それからモンスターボールを手に取ると、ドンカラスを外に出す。

ドンカラスはボールから出ると、ぐっと翼を広げて伸びをしてから辺りを見回した。そしてジラーチ同様に、ナギサでは見られない大自然に興奮した様子でわくわくした様子を見せる。そんなドンカラスの頭をは一撫ですると、ドンカラスに声を掛けて歩き出した。



大湿原への入り口がある建物に着くと、先ず達は建物の二階に上がった。夕方前ということもあってか、人はおらず閑散としている。

「人はいないみたいだから、出てきて大丈夫だよ」

の言葉を聞くや否や、ジラーチは待っていましたと言わんばかりの勢いでリュックから飛び出した。

「なあに?このたてもの」
「ここは、大湿原の入り口があるの。ここ、二階は展望台。窓から外を見てみるといいよ」

大湿原側にある壁は、一面ガラス張りの窓となっている。そこをが指し示すと、ジラーチはひゃあ、と声を上げて窓ガラスに向かった。その後を、ドンカラスとが追う。

「わ、わー!すごい、すごい!これが、だいしつげん!?」

ジラーチは大湿原を望める窓ガラスに、張り付くようにしてはしゃぐ。

「そうだよ。この湿原にはね、たくさんポケモンがいるんだよ」
「そうなの?でも、ここからじゃあ見えないや」

だからね、と言いながらはジラーチの体を抱き上げると、窓の前に設置されている望遠鏡にジラーチを掴まらせた。ジラーチは望遠鏡を不思議そうに見つめている。

「これを使うの。ここ、覗いて」
「……ここ?まっくらだけれど」
「うん。そのまま覗いていてね」
「はあい」

ジラーチが望遠鏡を覗いたことを確認すると、は望遠鏡の利用料を入れた。かしゃん、と音がすると同時に、ジラーチが声を上げる。

「わっわっ、!とおくが見えるよ!ポケモンがいる!……うわー!?あっちにもいる!」

望遠鏡を覗いてわあわあと声を上げるそのジラーチの様子に、とドンカラスは顔を見合わせると笑ってしまった。ジラーチは望遠鏡から一度顔を離すと、きらきらとした瞳でドンカラスに手招きをする。そしてドンカラスと交互に望遠鏡を覗いていると、暫くしてから再びかしゃん、と音が鳴った。

「あれ、またまっくらになっちゃった」
「見られる時間に、限りがあるからね。よし、じゃあ次は、大湿原に下りてみようか」
「えっ、いいのー!?」
「勿論だよ」

ジラーチはに抱きつき、それからドンカラスの背に乗るとやったあ、と声を上げた。

ドンカラスはボールから出たままで、ジラーチには一度リュックの中に戻ってもらい、入場料を払ってから達は大湿原へと足を踏み入れた。そして隅の方へと移動して、ここでも人がいないかを確認する。

「大丈夫だよ」

がそっと声を掛けると、ジラーチはリュックから飛び出した。それから宙で一度くるりと宙返りをすると、辺りの景色に眼を向ける。

「わあ……!」

辺りに広がる泥沼と、群生する草木にジラーチは感嘆を漏らす。それから宙に浮かぶのを止めて地面に降り立つと、恐る恐る泥沼に手を浸した。暫くして泥沼に浸した手を泥から引き抜くと、その手をまじまじと見つめる。そして徐ににやりと笑うと、すぐ傍でその様子を眺めていたドンカラスに触れた。

ドンカラスの体に泥が付く。ドンカラスはぎゃっと声を上げると、ジラーチをむっとした顔で見つめた。ジラーチは泥の付いていない方の手を口元に当てると、くすくすと笑う。途端に、ドンカラスとジラーチの泥の掛け合いが始まった。二匹の体が泥塗れになってゆく。

微笑ましい二匹の様子を、近くにあったベンチに座って見つめながら、は明日はトバリシティにでも行こうかな、と考えた。トバリシティにはデパートもあるし、ジラーチが惹かれた隕石もある。

勿論、人目にはあまり触れないように細心の注意を払いながら、だが。

ー!」

短時間でほぼ全身が泥塗れになったジラーチがを呼ぶ。ジラーチの姿にぎょっとしつつもが返事をすると、ジラーチは手招きをした。

も、あそぼう!」

タオルは一応何枚か持ってきてはいるけれど、泥塗れになるのは……なんて考えがの頭を過ったが、あと数日なのだから良いか、ベンチから立ち上がった。
あと数日、そう思った時に感じた痛みに気付かない振りをして。


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