ジラーチの希望で、達は再び222番道路の砂浜に立っていた。夏の太陽は、まだほんの少しだけ高い位置にある。あの特徴的な格好をした男達への警戒を忘れた訳では無かったが、この辺りでは少しもそれらしき姿を見掛けないので、まだそこまで暗い時間では無いのだが、外へと出てみたのだ。

真夜中とは全く違う色を見せる海をジラーチはとても気に入った様子で、リュックから顔を出し、きれいだと声を上げてはしゃいでいる。

「色がぜんぜんちがう。ふしぎだなあ」
「そうだね……」

の言葉に同意するよう、ドンカラスも小さく頷いた。潮風が、波の上を駆けていく。それから暫くの間そうして三人揃って海を眺めていたが、先程よりも太陽が傾いたことに気がつくと、そろそろ帰ろうか、と海に背を向けた。

「ぼく、リュックの中に、なれたかも」
「移動中はずっと、リュックの中だもんね」

堤防に止めていた自転車にが鍵を挿し込んでいると、もぞもぞとリュックの中で体を動かしながらジラーチが笑った。その時だ。

「きみ!ポケモントレーナーだろ?ポケモンを連れているもんな」
「えっ……?」

突然声を掛けられ、は顔を上げた。の隣に立っていたドンカラスも、声がした方へと眼を向ける。すると達の数メートル先で、釣り帰りらしい男が立っていた。釣り糸の先にモンスターボールが付いた釣竿を持っている。

「トレーナー同士、出会ったら先ず勝負、だろ!」
「え?いや、そんな急に……」

突然のことにはあたふたとするも、釣り人はさっさと砂浜の方へモンスターボールを投げてしまった。ボールの開閉音と共に、巨大な鋏が特徴的なキングラーが姿を現す。やる気に満ちた眼で鋏を打ち鳴らすキングラーを見たは、どうやらやるしかないようだと意を決すると、隣のドンカラスの背中に軽く手を乗せた。

「ドンカラス、やるしか無いみたい。頑張ろうね」

がぽんぽんとドンカラスの背を叩くと、ドンカラスは燃える闘志を宿した瞳でを見つめ返す。

ここの所、トレーナーに見付からないように過ごしていたため、こうしてトレーナーとバトルをするのは久しぶりのことだった。何より、ヤミカラスがドンカラスへと進化を遂げたのは今日へと日付が変わった頃のことなので、ドンカラスと一緒にバトルをするのは、当然ながらこれが初めてだ。

ジラーチの入ったリュックを自転車のカゴに置くと、は声を潜めてジラーチに話し掛ける。

「どう?見える?」
「うん」
「あまり、顔を出さないようにね」
「うん。、ドンカラス、がんばって」
「ありがとう」

先に堤防から砂浜に下り、釣り人のキングラーを睨み付ける様に、けれど優雅に立っていたドンカラスの隣へとは戻ると、改めて釣り人へと向き直る。

「お待たせしてごめんなさい。……始めましょうか」
「おう!いくぞ!」

と釣り人は、同時に指示を出す。

「キングラー!バブルこうせんっ!」
「ドンカラス!あくのはどう!」

キングラーが口を開くと、無数の泡がまるで光線のようにドンカラス目掛けて飛んでゆく。ドンカラスがあくのはどうを放つと、ドンカラスの体を中心に空を裂くように広がった波動はそれらを消し去った。泡が弾け、破裂音が響く。僅かに砂浜の砂が舞った。

「クラブハンマー!」
「もう一度、あくのはどう!」

ドンカラスの放ったあくのはどうが、一気にキングラーへと向かって広がる。しかしあくのはどうがキングラーへと届く寸前で、キングラーが水を纏った鋏を勢いよく振り下ろした。クラブハンマーによってあくのはどうが相殺され、更に先程の比にならない程の砂が舞う。

離れた場所に立っているにも関わらず届いた砂塵にが思わず咳き込むと、その隙に釣り人がキングラーに指示を出す。

「今だ!ふみつけ!」

がはっとすると、砂埃が収まると同時に、ドンカラスの影に重なるように影が現れる。キングラーが四本の足で勢い良くジャンプをし、ドンカラス目掛けて踏みつけようとしたのだ。それを間一髪でドンカラスが飛び立って避けるが、避けた瞬間にキングラーの鋏が翼を掠め、切り傷が出来ている。

「つばさでうつ!」

ドンカラスは避けた勢いのまま、翼を広げてくるりとターンをすると、その翼でキングラーの体の薙ぎ払うように打った。キングラーがぎ、ぎ、と苦しそうに声を漏らす。

「そのまま、あくのはどう!」
「くっ!シザークロス!」

キングラーが動くよりも早く、キングラーの背中を足で押さえつけ、ドンカラスがあくのはどうを放つ。キングラーが咄嗟にドンカラスの体を振り払うには、大きな鋏は重過ぎたのだ。間近でドンカラスの攻撃を受けたキングラーは、がくりと砂浜に崩れ落ちた。

「キングラー!」

釣り人は慌ててキングラーへと駆け寄ると、よくやったよ、と告げながらボールに戻した。もドンカラスの元へと戻ると、ドンカラスの両頬に手を添えて、こつんと額と額を合わせた。

「ドンカラス、やったね!うーん、何だろう。元から頼りがいのあるパートナーだなとは思っていたけれど、改めて頼りになるなあって思っちゃった」

が目を細めると、ドンカラスは得意気に笑った。そんなドンカラスの頭を、わしゃわしゃと勢い良く撫でる。

「あー負けた負けた!でも、楽しかったぜ。ありがとな」

とドンカラスの元にやって来て豪快に笑った船乗りは、礼を言うとナギサの街のゲートがある方へと向かって歩いていった。

それを見送ったとドンカラスは、堤防の自転車へと戻る。すると、辺りに人がいないかを確認してからリュックを飛び出したジラーチが、に飛び付いた。

「すごい!すごい!と、ドンカラス、息がぴったり!」

バトルを見ていて興奮したのか、ジラーチの瞳は薄暗くなった空の下でも分かる程にきらきらと輝いている。まるで瞳の中に星を閉じ込めたようだ。

「ふふ、ありがとう」

ジラーチの体を左手で抱き止めながら、は右手でリュックの脇にある小さなポケットから傷薬を取り出した。そして手早くドンカラスの翼の傷を治療する。ドンカラスの翼の傷がしっかりと消えたことを確認すると、はドンカラスにお疲れ様、と声を掛けてボールに戻した。それからリュックを背負うと、ジラーチはリュックの口を開いてすっぽりと体を収める。ジラーチがちゃんとリュックに戻ったことを確認すると、は自転車に跨った。



とドンカラス、かっこよかったなあ。強そうな、ポケモンだったのに、かっちゃうし」
「そう?ありがとう。ドンカラスが頑張ってくれたお陰だね」

が腰のベルトに付けたドンカラスの入ったボールにちらりと目を向けると、ドンカラスはかたかたとボールを揺らす。

「……ぼくも、トレーナーと、バトルしたくなっちゃった」
「……うーん。できるかなあ」
「じょうだん、じょうだん」

そう言ったジラーチの声が少し淋しげに聞こえたのは、気のせいでは無いのだろうなとは思った。

ジラーチは冗談だと言ったが、本当はバトルをしたりしてみたいのだろう。でもそれが出来ないのは、あの特徴的な格好をした男達のような、ジラーチを追い掛け回す人間がいるからだ。珍しいから。滅多に現れないから。願いを叶えてくれるから。そんな理由で追い掛け回され、傷付けられ、行動を制限されるなんてあんまりな話だ。

でも、私は絶対にジラーチを守ることが出来る訳では無いから。は唇を強く噛む。

ジラーチが姿を現したあの日、三対一という状況でジラーチを助けることが出来たのは、運が良かったからなのだ。それを、ジラーチも分かってくれているのだろう。

「……ごめんね」
「どうしてが、あやまるの?ぼくが、へんなことを言ったから?……かえろう。ぼく、おなかすいちゃった」
「……うん」


本当は折角の七日間、ジラーチも様々なものを見て、聞いて、触れて、そして好きなことをしたいんだろうな。そう考えながら、はもやもやとする気持ちを払うかのように、自転車のペダルを漕ぐ力を強めた。



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