暗くなってからという言葉通り、辺りが夜の闇に包まれてから達は外に出た。時刻は、日付が変わり七月の二日となっている。
この時間になるまで三人はジラーチの希望で他愛も無い話をしたり、が趣味で集めた、このシンオウ地方に纏わる本をが二匹に読み聞かせたりして時間を過ごした。
その時に分かったことだが、ジラーチが昨日言っていた「七日間の間だけ起きている」というのは、ジラーチは千年眠り、そのうちの七日間の間だけ眼を覚ます、ということだった。千年眠り、その間膨大なエネルギーを蓄えて、七日間だけ眼を覚ました時にそのエネルギーを大地に分け与え、そしてまた千年眠るのだそうだ。
千年の間眠るという言葉はあまりにも非現実過ぎて、最初はジラーチが冗談を言っているのではないかと思ったが、淋しそうに笑うジラーチの表情を見て、本当なんだろうなとは思った。
「それにしても、ジラーチはどうして214番道路に姿を現したの?」
それは、が気になっていたことだった。尋ねられたジラーチは、ううん、と少し考え込むような素振りを見せる。
「ほんとうは、もうちょっとみなみで、めがさめるような、きがしていたんだ」
214番道路の南と言えば、トバリシティがある。でも、どうしてだろう。不思議に思い、何かあっただろうかと考えていると、ジラーチは言葉を続けた。
「たくさんの、ほしのこえが、きこえたの。でも、ぼく、おきるばしょを、まちがえたみたい」
星の声、という言葉を聞いて、はああ、と声を上げた。トバリシティには、いくつもの隕石があるのだ。何故かは検討もつかないが、どうやらジラーチはその隕石に惹かれたらしい。
「ジラーチは寝相が悪いもんね……」
朝の、ベッドから転げ落ちて挙句足元の方にいたジラーチを思い出しながらが笑うと、ジラーチは少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「でも、あのばしょで、おきたから、と、ヤミカラスにあえた。だから、よかった」
助けたことで、随分と心を開いてくれているらしい。千年のうちの貴重な七日間を自分達と過ごすことになって良かったのだろうかとは思ったが、ジラーチがヤミカラスと一緒に楽しそうに笑っているので、きっと良いんだろうなと思った。
「ー、あし。足、とまってるよ」
「ごめん、ごめん」
自転車を漕ぐの背負った、少し大きいリュックの蓋の下からジラーチが少しだけ顔を出して言った。昼間からこの時間になるまでのことを考えていたら、自然と足が止まってしまっていたのだ。慌ててが再び自転車を漕ぎ出すと、ジラーチは「風が、いいかんじ」と笑った。ジラーチは最初は拙い言葉遣いだったのだが、本を読み、ずっと話をしているうちに慣れたのか、少しずつ直ってきているようだ。
「ねえ、今、どこなの?」
「うーん……秘密。もう少し待っててね」
「はあい」
リュックから少し顔を出したまま、ジラーチは段々と変わる景色を楽しんでいるようだった。ジラーチの言葉通り、頬を撫でる夜風が気持ち良い。
そうして暫く自転車を漕ぎ、軈てナギサの街のゲートを潜る。すると、ざざあと音を立てて寄せては返す波の音が大きく聞こえ、更に進むと広大に広がる海が見えた。元々ナギサは潮の香りがする街だが、夜風の運ぶ匂いに、更に強く塩辛い匂いが混ざる。
「わ、わ、何だかしょっぱい」
「ふふ。海がすぐ傍だからね」
「すごい!」
堤防に自転車を止めて砂浜に降りると、柔らかい砂の感触が靴の裏から伝わった。ナギサの海では無くこの222番道路の海に来たのは、ナギサの海のように近くにジムなど人が集まる場所もなく、この時間帯は人気が全く無いからだ。
「ね、ね。出てもいい?だめ?」
興奮を隠しきれない様子で、ジラーチがリュックの中でそわそわと体を動かす。
「良いよ。人はいないみたいだけれど、念のため気を付けてね」
「うん!」
「ヤミカラスも行っておいで」
ふわふわと浮かびながら波打ち際に向かったジラーチを目で追いつつ、が軽くボールを放るとヤミカラスは元気良く飛び出した。そしてヤミカラスはぐっと羽を伸ばすと、先に波打ち際へ向かったジラーチの後を追う。
波打ち際ではしゃぐ二匹の様子を眺めながら、ふと、はジラーチが叶えてあげると言ったねがいごとについて考えていた。自分は、何を願うのだろうか、と。
「ー、も、きて。あそぼう!」
「……うん、今行くよ」
だが、やはり考えてもすぐには思い付かなさそうなので、は考えるのを止めると、声を上げて遊ぶジラーチとヤミカラスの元へと駆け出した。
東の空がぼんやりと薄く白む頃には、どうやら二匹とも遊び疲れたようだった。中身が空になったリュックを敷いて砂浜に座るに、二匹揃って寄り添いうとうととしている。夜中の海は、夜空と同じように静かな闇の色に染まっていたのに、それが今はどこか優しい穏やかな深い青色へと変わっていた。その上を、数羽のキャモメやペリッパーが飛び交っている。
「起きて。ほら、そろそろ戻ろう」
「ふあ……うん」
「ヤミカラスも」
眠そうな眼をぱちぱちと瞬きさせたものの、再び眠りそうなヤミカラスを抱き上げて、はボールへと戻す。そして立ち上がると、リュックの砂を綺麗に払った。
「ジラーチ、ほら」
がリュックの口を開けると、ジラーチは来た時のようにリュックの中に収まった。そしてむにゃむにゃと口を動かすと、またすやすやと眠りだす。
朝靄がぼんやりと覆うソーラーパネルで出来た道路をが自転車で駆け抜ける頃には、太陽が地平線の上に姿を現していた。