慌てて自宅へと飛び込んで、扉にしっかりと鍵を掛けるとは力が抜けたように座り込んでしまった。美しい流星群に感動していたことが嘘のように、今はあの特徴的な格好の男達や、そのポケモンがここまで追って来るのではないかという恐怖が心の中に渦巻いていたのだ。

「ヤミカラス。本当に、ありがとう。あなたのお陰で何とか……」

座り込んでしまった自分の前で、心配するかのように見上げているヤミカラスと目を合わせて告げる。しかしその時、腕の中で抱きしめたままだったポケモンが小さく呻いた。はっとしたは、腕の中のポケモンの体を見つめると何も言えなくなってしまう。そのポケモンは思っていた以上に傷だらけだったのだ。

だが、座り込んでいる場合じゃない、とは何とか立ち上がる。そしてリビングまで移動すると、後をぴょこぴょことついて来たヤミカラスに、タオルを持ってくるように頼んだ。器用に脱衣所の引き出しを開けてヤミカラスがタオルを持ってくると、はそのタオルの上に傷だらけのポケモンを横たえる。

それからテーブルのイスに掛けていた鞄から傷薬を取り出すと、手早くその傷薬でポケモンの傷口を治療していった。傷薬を吹き掛ける度、そのポケモンは苦痛に顔を歪める。の手元を覗き込むヤミカラスも、心配そうだ。

傷薬はさすが即効性と言うべきか、目立った傷はあっという間に見えなくなった。それを確認すると、はほっと息を吐く。

「ヤミカラスも、おいで」

羽毛が焦げていたでしょう、と声を掛けると、ヤミカラスは大人しくに焦げた部分を向けた。先程の外の暗闇の中ではどこに傷を負ったのかいまいち把握出来なかったが、どうやら、焦げてしまったのは翼の先の僅かな部分だけのようだ。

「はい、これで大丈夫」

丁寧にヤミカラスの翼の先に傷薬を吹き掛けると、ヤミカラスは眼を細めた。どうやら、もう大丈夫のようだ。このポケモンも、大丈夫そうだね、とが告げると、ヤミカラスも安心したように鳴いた。傷がすっかり治ったそのポケモンは、の言葉通り先程よりも呼吸が落ち着き、規則正しく体が僅かに上下している。

「それにしても、このポケモンは一体……。変な人達が捕まえようとしていたみたいだけれども」

が不思議そうな顔で見たことも無いそのポケモンを見つめると、それと同時に、眼を閉じていたポケモンが突然眼を開いた。

「わっ!」

驚いたが思わず声を上げると、そのポケモンはびくりと肩を震わせた。それから起き上がろうと顔を上げたが、傷は消えても痛みが僅かに残っていたようで、苦しそうに顔を顰める。そして力無く、また元の寝ていた体勢に戻った。

「驚かせてごめんね。とりあえず、傷は全部手当てをしたのだけれども……。まだ、痛い?大丈夫?」

少し怪訝そうな表情を浮かべ、それからそのポケモンは頷いた。そして、辺りの様子を探るように、眼だけを動かして見回す。さっきの人たちはいないよ、と笑ってみせると、安心したように肩の力が抜けたのが分かった。

「大変な目に遭ったみたいだね」
「うん……」

が語り掛けると、驚いたことにそのポケモンは言葉を返した。が思わずそのポケモンを凝視すると、そのポケモンはの目を真っ直ぐに見つめる。

「きみ、は、だれ……?」
「わ、私は。この子は、私の仲間のヤミカラス」

あなたはポケモンなのに、言葉を喋ることができるんだね。が感心したように言うと、そのポケモンはテレパシー、と一言返事をする。それからとヤミカラスを順番に見つめ、、ヤミカラス、と繰り返した。

、ヤミカラス。……おぼえた」
「ええっと、あなたは?見たことが無いポケモンだけれど……」

少しだけ困ったようにが笑うと、そのポケモンも釣られたように僅かに口元に弧を描いた。

「……ぼく、ジラーチ」
「ジラーチ?」
「うん。ぼくは、ジラーチ。と、ヤミカラス、は、たすけて、くれたの?」
「う、うん」
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」

でも、殆ど頑張ってくれたのはヤミカラスだよ。そう言ってがヤミカラスの頭を撫でると、ヤミカラスは得意気に笑った。

「それにしても、ジラーチ、か……。聞いたことないなあ」
「そう……」

ジラーチは暫くの間とヤミカラスを交互に見つめていたが、何かを考え込むような素振りを見せると、口を開いた。

「たすけてくれて、ほんとうに、ありがとう。おれいに……、どうしよう」
「お礼なんて、別にいいのに」

ヤミカラスも同意するように頷く。だが、ジラーチは聞いていない様子で、眼を閉じてううん、と唸る。それからゆっくりと再び眼を開くと、緩やかに笑った。

「ねがいごとを、かなえて、あげる」

思いもよらない言葉に、がえっ、と声を上げると、ジラーチはもう一度同じ言葉を繰り返した。

「ねがいごとを、かなえて、あげるって、いったの」
「ねがいごと……?」
と、ヤミカラスは、さっきのひとと、ちがうみたいだから」
「いや、でも……」

が困惑したようにヤミカラスに目を向けると、ヤミカラスも困った顔で頷いた。すると、ジラーチは驚いた顔をする。

「ねがいごと、ないの?」
「うーん。急に言われてもなあ」

ジラーチは、また考え込んでしまった。しかしすぐに何かを閃いたような表情を浮かべる。

「……じゃあ、」
「うん」
「なのかかんの、あいだに、かんがえておいて」
「七日間?」
「ぼく、なのかかんだけ、おきているんだ」

七日間だけ?とが聞き返すと、ジラーチはぼく、もうねむい、と呟いて眠ってしまった。

疲れてしまったんだろうなと思いながら、はすうすうと寝息を立てるジラーチをタオルごと持ち上げ、寝室のベッドに移動する。そしてジラーチをベッドの上の端の方に下ろすと、眠る準備をし、それから電気を消して布団に潜り込んだ。

「ヤミカラス、おやすみ」

自分の顔の横で丸くなったヤミカラスの背を撫でると、ヤミカラスはの頬に頬擦りをした。いつもなら夜行性のヤミカラスはもう少し起きているのだが、先程の戦闘でジラーチ同様に疲れたのだろう。すぐに眠ってしまった。

「ねがいごと、か……」

ジラーチの言葉を思い出しながら、は窓から見える夜空を見上げる。あの流星群が嘘のように、夜空には静かに流れない星が瞬いているだけだった。


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