「明日、七月一日は珍しく流星群が見られるかもしれませんね。ピークとなるのは、丁度日付が変わる頃から──」
長く続いた雨が上がった六月の最後の日、テレビではアナウンサーがそう告げていた。七月の下旬にはプロトーガ座δ流星群や、メェークル座流星群が見られることがあるが、七月の上旬に流星群とは珍しい。天気予報を終えてバラエティ番組へと切り替わったテレビの画面を眺めながら、は自身の膝の上で丸くなる、艶やかな体を撫でた。
「ねえ、聞いてた?流星群だって。珍しいよね。良かったらさ、見に行こうよ」
の楽しそうな声に、艶やかな体がもぞもぞと動いた。赤い瞳がのことをじっと見上げて、こくりと頷く。それを見たは、「よし、決まり」そう笑った。
たいようがてらすまち、ナギサシティ。そこに住むは、流星群が見られるかもしれないというテレビの予報を信じ、ナギサシティから少し離れた214番道路へとやって来ていた。
予定ではナギサの海や、街を出てすぐの222番道路で流星群を見るつもりだったのだが、砂浜は遮る物が無く見晴らしが良いからか、かなりの人が集まっていた。そのため人気(ひとけ)の無い場所を探してふらふらと歩いていた所、ここ、214番道路へと辿り着いたのである。
夜空を眺める場所を定めるのに思いがけず時間が掛かってしまったので、が夜空を見上げて足を止めた時には、日付はもう変わってしまっていた。の腕時計は、日付が変わってから二十分程を過ぎているということを告げている。
砂浜よりは幾分見晴らしは劣るだろうが、214番道路には小高い丘もあるので、流星群が流れたら綺麗に見えるだろうな。そんなことを考えながら、214番道路の中でもより見晴らしが良さそうな場所を求めて歩く。すると、この辺りにも僅かではあるが人が疎らに見えた。
「考えることはみんな、同じなんだね」
苦笑しながらが腰のベルトに付けていたモンスターボールを撫でると、モンスターボールは相槌を打つようにかたかたと揺れた。
そうして更に人気の無い場所を探して叢を掻き分けていると、不意に叢が途切れた。背の高い叢が、一部だけぽっかりと無くなっているのである。まるで小さなミステリーサークルみたいだ、とは思った。辺りに人の気配は無い。
それからふと、もう流星群は流れ出しているだろうかと気になり、そのぽっかりと開いた叢の中で夜空を見上げた。雲一つ無い夜空には、無数の星が散らばっている。そのどれもが互いを照らし合うように輝いていて、まさに満天の星空と言った所だ。
「もう、ここで見ればいいかなあ。場所を探すだけで疲れちゃいそう」
がモンスターボールに目を向けて語り掛けると、モンスターボールは先程のようにかたかたと揺れた。その反応に、柔らかく笑みを浮かべる。それならば後は流星群が流れるのを待つだけだ、と再び夜空を見上げた。その時だ。
不意に、どこからか騒がしい声が聞こえたのだ。
「おい、見つけたか?」
「いや、まだだ。……しかし、本当に現れるのだろうか?」
「さあ……。だが、アカギ様はこの辺りが一番可能性が高いとお考えだ。一先ず、現れるのを待とう」
声からして、何人かいるようだ。先程までは人気が無かったのになあ。と、少し残念に思いつつ、は背伸びをして背の高い叢から顔を出し、辺りを見回す。すると、暗くてはっきりとは見えないが、自分のいる位置から少し離れた小高い丘に、見たこともないような特徴的な格好をした人間が見えた。数にして、三人程だ。
何だろう。何かを探しているみたいだけれども。でも、関わらない方が良さそう。そう判断したは、また元のように顔を引っ込めた。それと同時に、慌てたような声が響く。
「おい、星が流れ始めたぞ!」
男の声を耳にしたは、ぱっと顔を上げる。すると、男の言葉通りに、の視界の端で一つの星が光の尾を引いて流れた。それを皮切りに二つ三つと夜空を駆ける星が増えてゆく。そしてが目を奪われている間にも流れ落ちる星の数は増し、あっという間に流星群となった。
はモンスターボールを手に取ると、静かにボールからポケモンを出した。辺りの闇に溶けてしまいそうな、艶やかな闇の色を持つヤミカラスだ。ヤミカラスはの腕の中にすっぽりと収まると、今尚流星群で眩い夜空を見上げ、の体に擦り寄った。
「綺麗だね。こんなに素敵な光景が見られるなんて」
静かなの声に、ヤミカラスは肯定するように頷く。先程の男達はやはり何かを探しているらしく、時折遠くで何かを話し合っている声が聞こえた。
そうして二人が流星群に見とれていると、一際輝く、大きな星が流れた。眩いその星は、今まで流れた流星群の中でも一番長い光の尾を引いて、夜空を駆ける。そしてその星が消えたかと思うと、辺りが一瞬真っ白に輝いた。真昼のような眩しさに、はヤミカラスを抱きしめてぎゅうと目を瞑る。だが、明るくなったのは一瞬で、次に目を開けた時には、また元のように薄暗い夜の闇が広がっていた。
「何だったんだろう……ね?」
不思議そうな顔でヤミカラスと顔を見合わせると、ヤミカラスもぐえ、と小さく鳴く。
「でも、綺麗で、不思議な星だったね」
そう呟きながら夜空を再び見上げると、それと同時に男の声が響いた。
「現れたぞ! ジラーチだ!」
「捕らえろ!」
その声が響くや否や、辺りが途端に騒がしくなり、ポケモンがボールから飛び出す音や、眩い光が断続的に辺りを照らした。はヤミカラスを抱きしめる手に思わず力を込めると、背伸びをして叢から顔を出し、そっと辺りを見回す。すると、あの特徴的な格好をした人間達が、ドーミラーやゴルバットなどと共に、光を発する「何か」を追いかけ回しているのが見えた。
ゴルバットとドーミラー達が勢い良くその何かに飛びかかると、先程と同じように眩い光が辺りを照らし、ゴルバットやドーミラーはあっという間に吹き飛んだ。ゴルバットは近くの岩に叩き付けられ、ドーミラーが地面に転がる。その時、は不思議な姿を捉えた。
光に包まれ宙に浮かぶ、星のような形をした頭と、小さな体。そして短冊のような飾り。それはが見た事の無いポケモンだった。思わずその見たことのないポケモンの姿に釘付けになっていると、男達は苛立った様子で叫ぶ。
「無駄な抵抗はよせ! 控えはまだまだいるんだからな!」
その言葉と同時に、数人の男達は同時にボールを放った。先程岩に叩き付けられた個体とは別のゴルバットに、今度はスカタンクだ。彼等に追われているポケモンは、疲れ始めたのか、纏っていた光が弱々しくなっている。
見るからに弱っているポケモンと、そのポケモンを追い詰める男達の様子を眺めていたは、腕の中のヤミカラスに視線を落とす。
「あの数に、勝てると思う……?」
ヤミカラスはの顔をじっと見上げた。闇の中で、赤い瞳が爛々と輝いている。生憎、はポケモンを一体しか連れていない。状況は、不利だ。けれど。
の表情から、ヤミカラスは言いたいことを理解したのだろう。を勇気付けるように、どん、との体に自分の頭を強く押し付けると、にやりと笑った。悪戯好きなヤミカラスが、イタズラを閃いた時に見せる顔だ。
「ありがとう、ヤミカラス。あのポケモンを、助けよう」
はヤミカラスの体を一度強く抱きしめると、抱きしめる腕を開いた。ヤミカラスが腕に止まり、翼を広げると頷く。
「いくよ!頑張って!」
小さくが声を掛けると同時に、ヤミカラスは静かに腕から飛び立つ。には辺りの様子がはっきりと見える訳では無いが、夜行性のヤミカラスにははっきりと辺りの様子が見えていた。叢から静かに上昇し、迷うこと無く一直線に飛ぶ。そして今にも追われているポケモンに飛び掛りそうなゴルバットに、勢いよく不意打ちを食らわせた。
「なっ……!?」
突然の攻撃に回避もできず、地面に叩き落されたゴルバットに一人の男が声を上げる。その時にはもう、ヤミカラスは辺りの闇に姿を晦ませていた。
「おい、誰だ! どこに消えた!?」
「何やってんだ!」
男達やそのポケモン達は、辺りを警戒するように見回す。追われていたポケモンは、その間に少しずつ彼等から遠ざかる。だが、その体が発する光は弱弱しい。
ヤミカラスは騒ぐ人間達の間を音も無く縫うように飛び、スカタンクの背後に回ると後ろ足にだましうちを食らわせる。ぎゃあ、とスカタンクは叫び声を上げると、そのまま灼熱の炎を吐き出した。真っ暗な闇が、赤い光に照らされる。
かえんほうしゃを避けた際に炎が僅かに掠ったヤミカラスの羽毛が少し焦げたが、ヤミカラスは然して気にしない様子で闇に姿を隠した。まるで夜の全てが、ヤミカラスに味方をしているようだ。
「ヤミカラス、くろいきり!」
叢のあのぽっかりと開いた場所から移動し、ふらふらと彷徨うポケモンの方へと向かっていたは、ヤミカラスに指示をする。それを聞くと、ヤミカラスはゆっくりと羽ばたいた。途端に辺り一帯に黒く不気味な霧が立ち込める。
「こっち!」
辺り一帯が黒い霧に覆われる寸前、弱弱しく光るポケモンがいた方に向かって両手を広げると、少しの間を置いてからの腕にとん、と何かが触れる。それは、あの追われていたポケモンだった。続いて、霧の中からヤミカラスが姿を現す。
ぼろぼろに傷ついているポケモンを片手で抱き上げると、は空いている方の手でヤミカラスの頭を撫でた。
「ヤミカラス、ありがとう。もう一度、お願いしてもいい?」
その言葉にヤミカラスは嬉しそうに鳴き、もう一度ゆっくりと羽ばたいた。濃さを増した黒い霧は、当分晴れないだろう。はヤミカラスと顔を見合わせて頷くと、慌ててナギサの街へと走り出した。
空の流星群は、いつの間にか止んでいた。