その日の夜、はいつもより早めに目を閉じた。ダークライがそんなの頭を優しく撫でる。心地好い温もりは酷く落ち着くものだった。
何度か瞬きをしてから目を覚ますと、はやはり森の中の開けた場所にいた。この光景を目にするのは何度目になるのだろうか。決まって自分の下に敷かれているベッドのように柔らかな集められた葉は、新しくなったのか前よりも艶やかな緑色だ。頭には微かにダークライの手のひらの温もりが残っている気がしたが、辺りを伺ってもダークライの姿は見えない。そしては立ち上がると、足に付いた細かな葉を取り払う。それから暫くの間は呆然と立ち尽くしていたが、不意にはっとしたような表情を浮かべた。───そうだ、此処にいてはいけない。そう強く思うと、陽射しの差し込む空を目を凝らして見上げる。空は高く青く澄んでおり、その空をいつものように一羽のムクホークがぐるぐると旋回していた。
ほんの数秒を置いてムクホークは自分を見上げるに気が付いたのか、旋回するのを止めると森の出口の方へと向かって飛んでゆく。それを見たは駆け出した。
今日は空が明るい時間だからか、薄暗い森も幾分ましな薄暗さだった。木の根にも躓かないし、垂れ下がる木々の葉も当たらずに避けることが出来る。は森の出口を目指して全速力で走った。少し体力が落ちているような気がするが、構っていられない。薄暗い森の中、太陽の光で白く光る森の出口が遠くに見え始めた所で見慣れた白い霧が立ち込め始めた。まるでこの森から出るなと言っているようである。それでも霧を払うようにしながらはひたすらに走った。身体中の皮膚は疾うにあの肌寒い冷気を感じ取っている。後ろから真っ黒な闇が迫ってきているのは分かっていた。出口はもうすぐそこで、ムクホークが出口の先に舞い降りたのが見える。
「ムクホーク!」
が呼ぶとムクホークはの呼び声に応えるように強い意思の宿る瞳を向けた。それと同時に、は後ろから名前を呼ばれる。それはよく聞き慣れた声だった。
「……っ!」
肩を掴まれて振り返るの視線の先で、青空の色にも似た悲しそうなターコイズブルーの瞳が揺れている。翳される闇のように真っ黒な手に、は自然と涙を流した。ああ、まただ、と。
ムクホークはダークライの姿を見ると威嚇するように嘴を鳴らし、甲高い声で鳴いた。ダークライは深い眠りに就いたを支えたままムクホークに眼を向ける。
「お前がいくらここで待とうとも、はここから出られない。……お前とを繋いでいたモンスターボールも、もう無いだろう」
ダークライがムクホークを追い払おうと手を翳すと、ムクホークは悔しそうに嘴を震わせながら飛び去ってゆく。ダークライはを抱き上げると、森の出口の先にある小さな波止場へと降り立った。波止場を支える杭のうちの一つに、赤色の何かがこつこつと当たっている。波によってそれがくるりと向きを変えると、赤色に混じって白色の部分が見えた。これは嘗て、あのムクホークが入っていたモンスターボールだ。ダークライは長い間それをじっと見つめて佇んでいたが、軈てくるりと背を向けて深い森の奥に姿を消した。
森の奥の開けた場所に着くと、ダークライはを柔らかな葉を集めたそこへそっと寝かせた。が身動ぎをして小さく声を漏らす。
「すまない……、本当に、すまない」
謝罪をしてどうにかなる訳でも無いことは分かっていた。それでも、どうすればいいのか分からない。ダークライは手を伸ばすとの閉じられた瞼に滲む涙をそっと拭う。の頬を、拭い切れなかった涙が伝った。