涙の理由は知っている

白く輝く細い月が浮かぶ夜、静かに寝息を立てるの閉じられた瞼に涙が滲む。それに気が付いたダークライはそっと涙を拭った。は寝返りを打つとううん、と小さく声を漏らす。の涙の理由は知っていた。今日もまた悪夢を見ているのだ。自分が傍にいる限り、見続けなければいけない悪夢を。

「……、すまない」

ダークライが小さく呟いた言葉は木々の葉のざわめきに掻き消された。



その日も太陽が昇り始めると、とダークライは潮風が駆ける草原で朝陽が地平線の彼方から昇る様子を並んで見ていた。ここから見ることの出来るこの美しい光景を見るのはもう何度目になるだろう。太陽がもう少しで昇りきるという所で、はダークライに目を向けた。

「もう何日か滞在したら、そろそろここを出発しようかな」
「……そうか」

そう会話をしていた時だ。不意にが目を擦ったかと思うと、何だか頭が痛いと言い出したのだ。の隣にいたダークライはの前へと回り込むと、の肩に手を置いて顔を心配そうに覗き込む。


「……ん、大丈夫……」
「本当に大丈夫か?顔色が悪い。少し木陰で休もう」
「うん、そうするね」

ダークライに支えられながら、ふらふらとした足取りのは草原を歩き出した。草原には森から離れた場所に小高い丘があり、そこには一本の小さな木が生えている。そこへ漸く辿り着くとは木の根元に座り込み、木の幹に寄り掛かった。

「少しだけ、休むね」
「……ああ」

一体急にどうしたのだろう。疲れていたのかな。そう思いながらは目を閉じた。頭を撫でるダークライの手が心地好い。



はっと目を覚ますと、辺りはあの森の中の開けた場所だった。頭を撫でていたダークライの手は疎か、ダークライの姿さえも見えない。はふるふると何かを払うように頭を振ると、さっと立ち上がる。そして開けた場所から上空を見上げると、夕闇に染まりつつある空高くを一羽の鳥が旋回するように飛んでいるのが目に入った。ムクホークだ。はムクホークがくるりと何度か同じ場所を飛んでいるのを見ると、途端に弾かれたように走り出した。

───此処にいてはいけない。此処にいては……そう思いながらは必死に走った。空が夕闇に染まりつつあるからか、森の中はいつにも増して薄暗い。それでも構わずには走る。木の根に躓いても、木々から垂れ下がる葉が顔に当たっても気にしている暇は無かった。軈て辺りはいつかのように霧が立ち込め始め、その霧には焦燥感を覚える。少しずつ視界が悪くなっていき、は思わず歯を食い縛った。───ああ、でも出口が漸く遠くに見えた、と、遥か先に見える出口に向かっては手を伸ばす。だが、背後からぞくりとした冷気が迫っているのをは確かに感じていた。

「ああ……また……」







聞き慣れた声に呼ばれて飛び起きると、ダークライが驚いたように後ろに飛び下がったのが目に入った。

「ダークライ、あれ?私…」
「……いつにも増して魘されていた」
「ああ、通りで……」

いつの間にか酷く汗をかいていた。は額の汗を拭うと溜め息を吐く。

「……悪夢を見せて、すまない」
「大丈夫だって」
「……」

黙り込んだダークライの手を取ると、は大丈夫だって、と励ますように笑った。それでもダークライが泣きそうな顔をするので、はダークライの頬を撫でる。

「この話はもう終わり。ね?」
「……」
「もう!」

やれやれといった様子でが立ち上がると、ダークライがの背中を気遣うように支えた。ありがとう、そう振り返って言うにはダークライが俯いていたのでダークライの顔は見えない。ダークライが思わず一筋の涙を流していたことも、は知らない。


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