楽園に似ている


目を覚ますと、そこはあの薄暗い森の中の開けた場所だった。木々の葉がそこだけを避けるようにしているため、太陽の明るい陽射しが上空から差し込んでいる。は開けた場所の真ん中で、まるでベッドのように集められた柔らかな葉の上で眠っていたらしい。

「……あれ」

いつの間に眠っていたのだろうかと思いながらぼんやりとする意識の中で辺りを見回していたは、何かを思い出したかのように不意に立ち上がった。突然立ち上がったからか、くらりと立ち眩みが襲う。額に手を当てて深呼吸をすると立ち眩みは徐々に引いていき、立ち眩みがしっかりと治まるのを確認するとは走り出した。いつも傍にいるダークライは一体どこにいるのだろう。そう思いながらもはひたすらに薄暗い森の中を出口を目指して走った。軈て何処からか霧が立ち込め始め、視界を少しずつ奪ってゆく。

「……もう!」

視界の悪さに、つい苛立ったような声を漏らした時だった。ぞくりとした寒気が背筋を震わせたのだ。

「……!」

思わず足が縺れそうになる。だが構わずには走った。森の出口は未だ見えない。それ所か、自分の後ろを真っ暗な闇が追ってくる。迫り来る闇はもうすぐ後ろまで迫っているが、視界の先に漸く太陽の光で白く光る出口が見えた。あと少し、あと少しなのに。は思わず手を伸ばすが、その手は虚しく空を切る。

「ああ……」

思わず涙の滲む瞳で後ろへと振り返る。一瞬、青い空を見たような気がした。





「……。大丈夫か?」
「うう、ん……う……」

聞き慣れた低い声に呼ばれて気が付くと、そこはいつもの爽やかな潮風が駆ける草原だった。空の色はもう少しで夕暮れになるといった所で、辺りを見回しても霧の立ち込める薄暗い森や自分の後を追ってくる真っ暗な闇も無い。ダークライは心配そうにの顔を覗き込んでいる。

「あれ、私は…」

そうが尋ねるとダークライはの頭を撫でた。

「森に入ったのは覚えているな」
「うん。それで、開けた場所に出て……それから……」
は気を失ったんだ」

そう言われて驚いただったが、確かに森に入ってからずっと緊張していて、開けた場所の明るい光を見て緊張が解けた途端に頭が痛くなったのだった、と苦笑した。

「……もう森には入らない方がいい」
「そうみたい。せっかく何かあるかなって思ったのにね」

苦笑しながらが立ち上がると、ダークライは立ち上がって大丈夫かとの顔を心配そうに見つめた。ターコイズブルーの瞳に、夕暮れの橙色の光が入り込んで揺れている。

「うん、大丈夫。それにしても、何だか怖い夢を見たような……」
「酷く魘されていた。……すまない」

ダークライは特性「ナイトメア」によって周囲の者に悪夢を見せてしまう。しかしダークライはその力を好きで生まれ持った訳ではないし、だからといって制御できる訳でも無かった。そのことをは知っていたので、大丈夫だよと笑うとダークライの頭を撫でる。ダークライは擽ったいのか、僅かに身を捩った。

はそんなダークライの様子にもう一度笑うと、夕暮れに染まる空を見上げた。遠くで一番星の輝きだした空は軈て紺色の夜の帳を下ろすだろう。そうしたら無数の星達が眩しいくらいに輝き、その空の下で海は空と同じ色に染まり静かに揺れるのだ。

「何度見ても、本当に綺麗」
「……そうだな」

美しい自然に囲まれて、隣には自分以外の「誰か」がいる。楽園みたいだ、そう呟いたダークライが何と無く寂しそうに見えて、は思わずダークライの手を握った。


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