私の手を離さないでほしい

艶やかな淡い緑の草原を、風が軽やかに駆ける。その上を歩くとその隣に並ぶダークライは、前方に見える森をじっと見つめた。この今が滞在している場所は草原がありそこから海が見下ろせるが、草原の中心には豊かな緑が生い茂る森があるのだ。は滞在してから数日が経つがまだそこに入ったことが無かったので、今日はそこへ行くと言うのである。

「……本当にあの森に入るのか?」
「うん。ちょっと不気味だけど、何か新しい発見があるかもしれないでしょう?」
「……そうか」

ダークライが少し戸惑うような素振りを見せると、はにやりと笑いながらもしかして怖いのか、と尋ねた。するとダークライはまさか、ときっぱり速答する。それならどうしてあまり乗り気じゃないのかとが首を傾げると、ダークライは何でもないのだと言った。

「何ならダークライは無理して付いてこなくてもいいよ?入り口で待っててくれたら良いし」
「それだとが危険だろう。いや、大丈夫だ。私も森に入ろう」

ダークライが心配してくれたことに対してが礼を言うと、ダークライはふいと顔を背けた。それがダークライの照れ隠しだと知っているはふふ、と笑う。森の入り口はすぐそこまで迫っていた。



森の中はしんと静まり返っていた。森の木々の葉は重なるように生い茂り、森の外とは違って薄暗い。最初は意気揚々と歩いていたも段々と歩幅は小さくなり、やがてダークライの身体に寄り添うようにして歩くようになった。

「……もしかして怖いのか?」

先程のの言葉を真似てダークライが尋ねると、は素直に頷いた。

「こんなに暗いと思わなかったし、それに何だかうっすらと霧も出てるし……」
「戻ろう」
「……ううん、何かあるような気がするから、もうちょっとだけ進んでみる」

そう言うとはダークライの手を取った。他者の温もりはどうしてこう落ち着くんだろう、と思いながらダークライの手を握る手に力を込める。

「……手を離すんじゃないぞ」
「分かってるよ……」

すっかり弱々しくなったの声にダークライは思わず苦笑した。



そうして何とか森の中を進むと、軈て二人は開けた場所へと辿り着いた。薄暗い森の中だというのにその開けた場所だけは木々の葉が広がっておらず、そこだけ明るい太陽の光が差し込んでいるのである。

「何もないね」
「……ああ、そうだな」

ダークライと手を繋いだまま辺りを見回したは、不意にしゃがみ込んだ。

「……?」

ダークライがの顔を覗き込むと、は少し困ったような顔をした。

「大丈夫、なんかずっと緊張してたから少し疲れちゃったみたい」
「少し休んだらすぐに戻ろう」

珍しく焦った様子のダークライを見つめながら、ごめんねと謝ったはダークライの手をぎゅう、と握った。どうしてか、ダークライの手は酷く落ち着くのだ。ダークライはやはり焦ったような顔をしている。そんなダークライに向けてはもう一度大丈夫だよ、と笑ったのだった。


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