とポケモンが出逢ってから、数ヶ月が経った日のことだ。ここ最近元気が無いのは気のせいだろうかと思いながら、森の中の開けた場所にある花畑で寝転ぶを、ポケモンは隣で同じように寝転んで眺めていた。は先程からずっと、花畑に寝転びながら青空を見上げている。があんまりぼうっとしているので、ポケモンは寝転ぶのを止めて立ち上がると、の顔を頭の上から覗き込んだ。
「きゃっ!」
驚いたが上体を起こすと、ポケモンは悪戯っ子のような顔で笑った。もう、と不服そうには言いながらも、その顔は笑っている。は起き上がって座り直すと、花を幾つか摘んで束にし、その束にまた別の花を摘むと巻き付けた。
「……しばらくって、どれくらいかなあ」
花を編み出して少しした頃、の手元を覗き込んでいたポケモンは、不意にが口にした言葉に顔を上げた。の目は自分のことを見詰めるポケモンを捉えずに、ただ手元で段々と編まれていく花を見ている。
「……とおくって、どれくらいとおいのかなあ……」
少しだけ、先程よりも元気の無い声だ。の手元では編まれた花が段々と円くなっていく。ポケモンは何と無く、察してしまった。
「どうして……せっかく……、」
の口元が歪んだ。その歪んだ口元は、わなわなと震えている。ポケモンは何も出来ずに、ただ立ち尽くしていた。の口からゆっくりと紡ぎ出される言葉が、ポケモンの頭の中で何度も響く。
「やっと……、ともだちが、……できた、のに……」
遂にの潤んだ目から、涙が一つ落ちた。それを皮切りに、ぱたぱたと涙が溢れての手元で編み上がった花冠に滲んでいく。がポケモンに目を向けると、ポケモンは悲しそうな青緑色の瞳でを見詰めていた。
「ひっこし、するんだ、って……すごく、とおい、ところ……!」
流れる涙を止めようとしながら、しゃくりあげて途切れ途切れにそう告げるにポケモンはきゅうんと苦しそうに鳴く。は花冠を一度見詰めると、ポケモンの頭にそっと乗せた。眼の上に花冠がずれ、前が見えない、とポケモンが前足で花冠を少しずらそうとすると、そんなポケモンの身体をは抱き締める。それから、堰を切ったようには大声で泣き出した。
ぎゅうと痛むように苦しいのは、きっときつく抱き締められているからでは無いのだと言うことをポケモンは理解していた。痛いのは身体では無く、胸の奥だ。折角出来た初めての友達がいなくなってしまうのだと言うことは、ポケモンにとっても酷く辛いことだった。の腕の中で、ポケモンは眼を瞑ったままの頬に頬を寄せる。間に挟まれた花冠ががさりと小さく音を立てた。
「……わたしは、とおくにいくけど……」
長いこと泣いた後、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらが口を開く。ポケモンはの肩に顎を乗せ、くうんと鳴いて頷いた。
「また、あおうね」
絶対に、絶対だ。そうポケモンが言ってもには言葉が伝わらないが、伝わりますようにと思いながらポケモンは何度も頷く。涙はまだ止まっていなかったが、それには小さく笑う。
それからはポケモンの身体を離すと、ずれていた花冠を直してやった。漸く見えるようになった眼でポケモンがを見ると、はポケモンに向かって約束、と小指を差し出した。指切りというやつか、とポケモンが前足を片方持ち上げると、ポケモンの前足の先と、の細い小指が、ぎゅう、と絡まった。
が森の入り口にある切り株の前にやって来なくなったのは、それから二日後のことだった。