が不思議なたまごを拾ってから、三日目の早朝のことだ。はたまごを両手で抱きしめるように持ちながら、サニーゴ達も未だ眠りに就いている、朝陽が昇る前の珊瑚岬に立っていた。早朝の薄暗さの中で、海面近くに集まったケイコウオ達の身体がぼんやりと発する光が美しい。また、海面は緩やかに吹く風に揺れ、そして早朝の静寂の中で、潮騒が心地好く響く。

綺麗でしょ、とたまごに語りかけながら、はそっとたまごの表面を撫でた。その時丁度、遥か彼方の水平線に細く横に光の筋が走ったのを、は視界の端で捉えた。太陽が昇り始めたのだ。ゆっくりと太陽が昇り、徐々に朝陽の金色に染まる海を見つめていたはふと、あることに気が付いた。いつの間にか先程まで吹いていた緩やかな風が凪ぎ、波は止まり潮騒さえも聞こえなくなっていたのだ。

その代わりに聞こえてきたのは、が抱きしめるように持っていたたまごに、少しずつ皹が入る音だった。突然のことにが驚いている間にも、たまごには徐々に皹が増えてゆく。そして不思議なことに、少しずつ剥がれるように落ちるたまごの欠片は、の足元に落ちると同時に、光を反射しては溶けるように消えていった。

軈て太陽が地平線の上に姿を現すと、それとほぼ同時にたまごが光に包まれ、遂にそのたまごからポケモンが生まれ落ちる。それは紛れも無く、図書館の絵本で見たポケモン───マナフィだった。

「……マナフィ……?」

恐る恐るが呼び掛けると、マナフィは閉じていた眼をゆっくりと開け、の顔をまじまじと見つめた。

「初めまして、マナフィ」

そしてが声を掛けると、マナフィはふにゃふにゃとと笑い、元気良く鳴いてみせた。

「私は、。よろしくね」
「……ー?」
「そう、

生まれたばかりにも関わらず言葉を発することの出来るマナフィに驚きながら、がマナフィの頭を撫でるとマナフィは眼を細め、嬉しそうに、と繰り返した。そして朝陽が昇ったことで眼を覚ましたサニーゴ達には気付くと、サニーゴ達におはようと声を掛けながら桟橋に膝を附き、マナフィがサニーゴ達へと見えるようにマナフィを桟橋の端へそっと座らせた。

「見て、あのたまごが孵ったの!」

の声に、サニーゴ達は顔を見合わせると嬉しそうに燥いだ。それを橋に座り見ていたマナフィも、釣られるようにきゃあきゃあと騒ぎ始める。そしてマナフィは生まれたばかりだというのに、臆すること無くサニーゴ達の間から海へと勢い良く飛び込んだ。

「マナフィ!」

慌ててが呼ぶと、海面から顔を出したマナフィが元気良く手を振った。生まれたばかりだということを感じさせない程に、マナフィは華麗に海を泳ぐ。さすがは海で見つけたたまごから生まれたポケモンだと、は思いながら穏やかな気持ちでそれを眺めていた。いつの間にか集まっていたケイコウオやタッツー達に囲まれて、マナフィは至極楽しそうだ。

だが暫くするとマナフィは疲れたのか、サニーゴ達の間を抜けると桟橋にしがみついた。服が濡れるのを気にせず、が慌ててマナフィを抱き上げるとマナフィはへらりと笑う。それにが安堵したように息を吐くと、マナフィはー?と言いながら首を傾げた。

「……大丈夫?」
「だいじょぶー」

拙い言葉遣いではあるがマナフィが大丈夫だと答えてくれたので、はそう、と笑いかけながらマナフィの頬を指先で撫でた。それにマナフィは心地良さそうに眼を閉じる。しかし突然マナフィの腹がくるる、と鳴ったので、とマナフィは顔を見合わせると思わず笑ってしまった。

「朝ご飯を食べようか」
「ごはん?」

お腹空いたみたいだし、とがマナフィの腹を指差しながら言うと、マナフィは首を傾げつつも頷いた。そしてがサニーゴやケイコウオ、タッツー達に一度家に帰ることを告げると、彼らはまたおいで、とでも言うかのように、歩きながら手を振るとマナフィが見えなくなるまで、鳴いて応えていた。

家に着くと、玄関にやって来ていたスバメが出迎えてくれたので、はスバメにたまごからマナフィが生まれたのだと、腕の中のマナフィを見せる。家に入る間もマナフィとスバメはお互いに相手を不思議そうに見つめていたが、あっという間にに打ち解けたらしく、二匹は仲良く、の用意した木の実を平らげた。



「マナフィは海のポケモンだから、海で暮らさないとね」

朝食を済ませた後、再び珊瑚岬にやって来ていたは桟橋に座り、いつの間にかやって来たホエルコの背に座るマナフィにそう言った。

も、うみー?」
「私は海では暮らせないかなー」
「えー」

そう言ってしょんぼりと悲しそうな顔をするマナフィに、毎日ここに来るから、とが告げると、マナフィは渋々頷いた。サニーゴ達や、みんながいるから大丈夫だよ、とが言うと、マナフィはうん、と頷き、それから海に潜った。

「スバメも毎日来るよね?」

が尋ねると、スバメも当たり前だと言うように頷いた。と、そこへマナフィが海面から顔を出し、の足元に向かって水を飛ばした。水鉄砲だ。

「あっ、こら!」

が桟橋から立ち上がると、マナフィは楽しそうに笑いながらまた海に潜った。もう、と溜息を吐くものの、の顔も楽しそうだ。



はその日、辺りが暗くなるまでマナフィや海のポケモン達と遊んでいたが、軈て夜がくるとその時間も終わる。

「そろそろ帰らなきゃ」

マナフィを抱きしめていたがそう言うと、マナフィはの体をぎゅうと抱きしめた。

ー、あしたも、くるー?」
「うん、明日も来るよ」

そうは返事をしたが、マナフィはもう一度同じことを尋ねた。それに対し、も同じように返事をする。

「ほんと?ほんとに?」
「そんなに心配しなくても、本当だよ」

マナフィはその後もに何度も明日も来るかを尋ね、その度は明日も来るよ、と笑顔で返し、マナフィが満足した様子を見せてから、漸く帰ったのだった。




はその日から、マナフィと約束した通り毎日スバメと珊瑚岬を訪れた。朝早くに起き、朝食を済ませ、手紙を届けてくれるペリッパーに手紙の有無を確認してから珊瑚岬へと向かうのだ。マナフィが訪れる度にせがむので、はマナフィにいろいろな話を話して聞かせるのが日課になりつつある。そんな毎日がやがて当たり前となり、あっという間に一ヶ月程が過ぎたある日のことだった。



「ペリッパー、毎日お疲れ様」

珊瑚岬では無い桟橋で、手紙の配達をしてくれるペリッパーにが声をかけると、ペリッパーは郵便鞄を器用に開け、ペリッパーと同じく大きな口の鞄から、一通の手紙を取り出した。

「ありがとう」

お礼の木の実をペリッパーが食べたのを確認すると、は桟橋から珊瑚岬へと向かいつつ、海というよりは夜の色に近いような青をした手紙の封を開けた。

「拝啓、様」という出だしの手紙の差出人は、この島から離れた街に住む友人からだった。以前ミオという街に住む親戚に用があり、は船で数日をかけてミオの街を尋ねたことがある。その時に街で道に迷ってしまったのだが、親切にも案内をしてくれたのが、この友人だ。道案内をしてもらったことがきっかけで親しくなった二人は、今でも定期的に手紙のやり取りをしているのだ。手紙には最近の友人の出来事や、の近況を尋ねることが綴ってあり、は思わず笑みを零す。しかし、最後の数行にの目は釘付けになってしまった。

「最近、様の住む島に、大きな嵐が近付いているという話を聞きました。何事も無いと良いのですが、とても心配です」

そこまで読んだ手紙を丁寧に元の封筒に仕舞うと、は思わず珊瑚岬へと走り出した。嵐が、やって来る。その言葉がの頭の中でぐるぐると回っているようだった。



「マナフィ!」

珊瑚岬に着き、が呼ぶとマナフィはすぐに姿を現した。スバメも桟橋の端に止まっており、スバメの隣に並ぶように海から桟橋の上へと飛び乗ったマナフィは、の慌てように驚いたようだった。

?どうしたの?」
「あのね、この島に嵐が来るって!」

走ったことで荒れた呼吸を整えながら、がそう告げると、マナフィは首を傾げた。

「あらし?……それって、あめとか、かぜがすごいやつ?」
「そう!」
「ぼくも、それきいたー!」

聞いた、というマナフィの言葉にが驚いていると、マナフィは海を差し示した。

「あれ、ラブカス?珍しいね」
「ラブカスたちから、きいたんだよ」

ラブカスはサニーゴの枝を棲み処にするポケモンだが、生息地は熱帯の海であり、この島では生息はしてはいるもののあまり見られない。それなのに、珊瑚岬のサニーゴ達の間には、たくさんのラブカスが集まっていた。

「あらしがすごくて、うみのなかはおおさわぎみたい。それで、まいごになって、このうみまできちゃったんだって」
「ラブカス達はどこから来たの?」
「ホーエンっていってるよ」
「……ホウエン地方!?そんな所から?」

ラブカスたちの言葉がには分からないが、マナフィは理解することが出来るので詳しく聞いた所、何でもこの島から離れたホウエン地方では最近大きな争いがあったらしく、それが原因でとある海のポケモンが暴れているらしい。そのポケモンがホウエンから海を渡り移動しているので、嵐も移動しているとのことだった。

「そのあらしね、すっごく、すーっごくおおきいんだって!」
「そんなに……?私、とりあえず、一旦帰るね。また後で来るから!」

マナフィは残念そうではあるものの、わかった、と返事をして海に戻っていったので、は島の中心にある市場へと走って行った。そして万が一に備えての買い物をがしていると、テレビでもホウエン地方で争いがあったことや、これから訪れるであろう嵐のことが報道されたらしく、道行く人達は皆それらの話題で不安気だった。この島は比較的温暖で、また一年中落ち着いた天気のため、嵐などは何年かに一度と言っても過言では無い程滅多に来ないのだ。それに今までに来た嵐と今回やって来るであろう嵐は、恐らく規模が違うだろう。マナフィが海のポケモン達から聞いたという話を思い出しながら、は顔を顰めた。



そして買い物を済ませたは家に着くと、荷物を置いてすぐに珊瑚岬へと向かった。桟橋の近くにはホエルコがおり、その上にはマナフィが座っている。

ー!」

マナフィはが戻って来たことに気がつくと、ホエルコの背からぴょんと桟橋に飛び移り、それからに向かって飛び付いた。

「わっ!……あれ、ホエルコも来たんだね」

突然飛びついてきたマナフィをしっかりと抱きとめながら、がそう言ってホエルコへと目を向けると、マナフィもの腕の中でもぞもぞと動いてホエルコへと顔を向けた。

「うん。あらしがあとすこしでくるよ、っておしえにきてくれたの」
「あと少し?」
「あといっしゅうかんもすれば、くるっていってた。どんどんあらしがおおきくなって、すっごいはやさでいどうしてるんだってー」

マナフィが言った通り、やマナフィ達の暮らすこの島に、酷い嵐がやって来たのは、それから一週間後のことだった。


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