暖かな南の海に、一つの島がある。広すぎず狭すぎず、そして島全体があまり高くない島だ。水に暮らすポケモン達は暖かな海を悠々と泳ぎ、また、人もポケモンもお互いに助け合いながら長閑に暮らしている。も、そのうちの一人だった。
「今日もありがとう。お疲れ様」
この島の住人へ、手紙などの郵便物を毎日届けてくれるペリッパーの頭をが撫でると、ペリッパーは大きな口を開けて気持ち良さそうに、間延びをした声で鳴いた。そしてがお礼にと放った木の実をその大きな口で見事に捕らえると、ペリッパーはが立っている桟橋から飛び立つ。ペリッパーが飛び立つと小さく風が吹き、ペリッパーが肩から背に掛けている、郵便マークの入ったショルダーバッグがひらりと風に舞った。どうやらペリッパーは次の配達へと向かったようだ。
は届けられた手紙の差出人を確認しながら、桟橋へと座った。そのまま履いていたサンダルを脱いで足を桟橋から下ろせば、足先はすぐに海水へと浸る。足元を、この島の住人には慣れているケイコウオが数匹通り過ぎていった。
手紙の差出人を確認し終えると、は薄い上着のポケットに手紙を仕舞った。それから暫くの間遠くに見える地平線を眺めていたが、軈て桟橋から立ち上がって足を濡らしたままサンダルを履くと、家へと向かうべく歩きだす。桟橋の途中で海に尾を垂らすヤドンを見つけると、はヤドンに声をかけた。
「こんにちは、ヤドン。どう?釣れてる?」
が声をかけたこのヤドンは、大抵この桟橋で釣りをしている。先程がペリッパーを待っていた時にはいなかったのだが、いつの間にかやって来たようだ。そしての声に、のんびりとした動作でヤドンは首を傾げると、やあん、と鳴く。その思わず気が抜けてしまう鳴き声には笑みを零すと、ヤドンにひらひらと手を振って再び歩き始めた。
が砂浜を歩いていると、一羽のスバメがやって来た。このスバメは最近、森で怪我をしていた所をが助けたスバメだ。それから随分と懐かれたようで、よくの元へとやってくる。スバメはすい、と風を切り、そしての周りをくるりと回った。
「なあに、どうしたの?」
ピーヨ、とスバメは高い声で鳴くとの前を誘導するかのように飛び始めた。遊びたいの、とが尋ねても、スバメは先へと飛んでいってしまう。仕方が無いので、は慌ててスバメを追いかけた。
スバメを追いかける途中、は走り難さからサンダルを脱いで手に持つと、裸足で砂浜を走った。そしてスバメを追いかけて漸く着いたのは、先程とは別の桟橋だった。この桟橋の周りにはサニーゴが群れを成しており、桟橋から伸びるサニーゴの群れが岬の様に見えるため、別名では珊瑚岬と呼ばれている。
スバメはサニーゴの群れの途中辺りで、海面から出ているサニーゴの枝に止まった。そしてに来い、とでも言うかのように騒ぎ立てる。はどうしようか迷ったが、手に持っていたサンダルを桟橋に置くと、サニーゴ達にごめんね、と謝ってから、群れを成すサニーゴの身体の上にそっと足を下ろした。サニーゴ達は気を悪くすることもなく、それぞれが鳴いて返事をしてくれたので、はほっとするように息を吐いた。
群れを成す習性のあるサニーゴの群れの強度は、群れの上で人が生活出来る程だ。ここより南の海では、サニーゴの群れの上に家を造り、暮らしている人々もいるらしい。が身体の上を歩いても、サニーゴは少しも動かないので、がサニーゴ達の上をバランスを取って歩くことは容易かった。スバメの元へ辿り着くと、スバメは海面を覗き込んだ。もスバメに倣って海面を覗く。
「……あれ、何?」
の問い掛けに、スバメもの下のサニーゴ達も不思議そうな顔をした。よく見れば、サニーゴの群れを棲み処にするタッツーや、ケイコウオ達もいつの間にか集まって、不思議そうに見つめている。があれ、と指したものは、サニーゴ達の間に引っ掛かるようにしてある、不思議な青色のものだった。こんなものを、は見たことがない。は恐る恐る、不思議な青色をした正体不明のそれに手を伸ばすと、身体を屈めて拾い上げた。
「……たまご?」
がサニーゴの群れの間から拾ったもの、それは青く透き通る、不思議なたまごだった。海の一部を切り取って、そのままそれをたまごの形にしたように、青く透き通るそのたまごは美しい。表面はつるりとしていて一見冷たそうに見えるが、意外にもたまごからはどこか温かさを感じることができる。そして青く透き通るたまごの中心には、赤と黄色の入り混じった、不思議な光が灯っていた。
「これ、どうしよう……」
がたまごを手に呟けば、サニーゴやタッツー、ケイコウオ達はをじっと見つめ、スバメはの周りをまたしてもくるくると回る。
「……持って帰れって言うの?」
そうが言うと、サニーゴやタッツー、ケイコウオ達は、それぞれがそうだと言わんばかりに笑顔で鳴いた。見ればスバメも同意するように頷いている。
「まあ、放っておく訳にもいかないよね……」
はたまごを手に、サニーゴの上を桟橋へと歩いた。そして桟橋へと戻るとサンダルを履き、後ろへと向き直る。
「このたまごは、私が責任を持って持ち帰るね」
の声に、海面から顔を覗かせていたタッツーやケイコウオが頷くのが見えた。そしてがまたね、と手を振ると、タッツーやケイコウオ達は再び海に潜ってゆく。それをが見送ってからたまごを抱えて歩き出すと、の傍をスバメは楽しそうに飛び始めた。
暫く歩いてが家に着く頃には、辺りはほんの少し薄暗くなっていた。が部屋の明かりを点けると、たまごは光を受けてきらりと青く輝く。その日、とスバメが夕食を食べ終えて眠る頃になっても、たまごは相変わらず青く美しい光を灯したままだった。
その次の日、は朝早くからたまごを少し大きなリュックに入れ、それを背負って島の中央にある図書館にいた。それは勿論この不思議なたまごについて調べるためであり、は海や、海のポケモンに関する本を片っ端から読んでいく。
「大分読んだけど、それらしいのは載ってないなあ」
積み上げられた本の隣にいるスバメにそう言うと、スバメも困ったような顔をした。朝早くから読み始めて、今はもう昼になる頃だ。が読み終えた本の数は二桁に突入しようとしている。海についての本は分厚い本ばかりで、関係の無い項目を飛ばして読もうとも、ページ数が多いことに変わりは無いのだ。
ぎっしりと文字の詰め込まれた本ばかりを読んでいたので、は気分転換をしようと立ち上がった。図書館の中には人が疎らにいるだけなので、酷く静かだ。そしてがふらりと立ち寄ったのは、絵本のコーナーだった。の後をついて来たスバメは、近くの無人のテーブルに止まる。は海のポケモンのコーナーから数冊の絵本を抜き出すと、スバメを呼んでから元の席へと戻った。
「懐かしいなあ……」
意地の悪いハリーセンの話や、マンタインとタマンタの空の冒険の話などは、幼い頃に何度も繰り返し読んだものだ。は絵本を懐かしみながら読んでいたが、持ってきた絵本の中でも比較的新しい、ある一冊を手に取った時、何となく見つめた表紙の一点で目が止まった。が読んだことのないその絵本は、海に棲むポケモン達が運動会をする内容の絵本だが、表紙には見たことの無いポケモンが描かれていたのだ。水色の身体に、大きな瞳。そして頭から伸びる特徴的な飾りのようなもの。それはどこか、あのたまごを思い出させるような姿をしているポケモンだった。は立ち上がると、図書館の貸し出しの受付に向かった。
「あの、このポケモンに関する本ってありますか?」
絵本の表紙の一点を指差しつつが声をかけると、受付の係は読んでいた本から顔を上げた。
「……ああ、マナフィですね。あまり数は無いですけど……」
そう言って受付の係が数冊の本を持ってきてくれたので、はそれらを借りると自分が読んでいた本を片付け、図書館を出た。
「……マナフィだって。聞いたことある?」
砂浜を歩きながら、が傍を飛ぶスバメに尋ねると、スバメは否定するように小さく首を振って鳴いた。まだあのたまごがマナフィかも分からないけどね、とも困ったように笑う。
海は高く昇った太陽の陽射しを受けて、眩しい程に輝いている。思わず足を止めて、はその美しい海を眺めた。ふと、あのたまごからどんなポケモンが生まれようと、真っ先にこの海を見せてあげたいとは思った。