「アルバムですか?」
床に座り寛ぐの後ろから、キュウコンはひょいとの手元を覗き込んだ。の手元には、キュウコンの言葉通りに淡い空色をした一冊のアルバムがあった。
「そうそう。本棚を整理してたら出てきたんだけれど、懐かしくて」
はキュウコンへと振り返ると、キュウコンの柔らかな首元を撫でながらそう答える。キュウコンは、まるで太陽の光を反射するガラス玉の様にきらりと輝く眼をそうっと細めると、に寄り添う様に隣に座った。キュウコンの九つの尾が、端から順番に波を描いてゆらゆらと揺れている。はキュウコンの首元を撫でつつ、もう一方の手でアルバムのページを捲った。
「おや、この写真は」
「えーっと、……わあ、二年前のだね」
が撮った、未だ何処か戸惑いの残る昔のキュウコンが写る写真の右下に印刷された文字は、二年前の日付だった。それを、人差し指では優しくなぞる。二年前。それはとキュウコンが出逢った年だ。キュウコンは、アルバムに並ぶ二年前の懐かしき写真を眩しそうに眺める。
「もう二年も経ったのですね」
「そうだね。そんな感じがしないけれど」
「二年前のこと、覚えておいでで?」
キュウコンが眼を細めて尋ねると、は当然じゃない、と笑った。何せ二年前のことは、忘れられない程に心に鮮やかに残っているのだ。蝉時雨、突然の雨、そして雨露に濡れ、金色に輝くキュウコンの美しくしなやかな身体。それらを懐かしむ様に、がアルバムを開いたまま目を瞑ると、そんなの様子を見詰めていたキュウコンが、ゆるりと口元に弧を描いた。
「。私、時折思うことがあるのです」
「うん」
「二年前のあの時、もしもに出逢っていなかったら、私は今頃どうしていたのかと」
キュウコンのその言葉を聞いたは、閉じていた目をゆっくりと開けた。キュウコンの透き通る赤い瞳が、ほんの僅かな憂いを帯びる。はそんなキュウコンの瞳を見詰め返すと、柔らかな笑みを零し、キュウコンの頬を指先で擽った。
「二年前のあの時、もしも私とキュウコンが出逢っていなかったとしても」
そこまでが言うと、キュウコンは言葉の続きを催促する様に、頬を擽るの指先を、温かな舌でぺろりと舐める。
「―――私はきっと、どこかでキュウコンと逢っていたと思う」
それを聞いたキュウコンは、床に下ろしていた九つの尾を再びそろりと持ち上げると、波打つ様にゆらゆらと揺らした。窓から差し込む光がキュウコンの体毛の表面を滑り、キュウコンの身体がきらりと光る。そしてキュウコンはの頬に己の頬を寄せると、私もそんな気がします、と微笑んだ。そんなキュウコンを、は優しく抱き締める。
「私、に出逢えて本当に幸せだと思います」
「急にどうしたの」
キュウコンを抱き締める腕を緩めたが不思議そうな表情を浮かべると、キュウコンは眼を細めた。
「と出逢う前から何百年も私は生きてきた訳ですが」
「……うん」
「と出逢う前の何百年という月日に、と出逢ってから今日までの月日程鮮やかな日々は無かった」
ですから、に出逢って私は良かったと心から思うのです。そう少し恥ずかしそうに笑ったキュウコンに、も笑顔を返した。