珍しく雪が降り、それが積もった日の翌日の夕方頃の事である。
「それは何ですか」
キュウコンが繁々と見詰めたのは、が手にしている小さな桐で作られた箱だった。箱には白い和紙が巻かれている。はキュウコンの言葉に、これはね、と答えながら箱の和紙を剥がし、それから桐の箱の蓋を開けた。
「線香花火だよ。夏に親戚に貰ったんだけど、すっかり忘れてた」
が箱から一本の線香花火を取り出し、キュウコンの眼の前に差し出す。成る程、確かに火薬の臭いがする、と思いながらキュウコンは線香花火を見詰めた。
「線香花火、ねえ」
「ああ、夏にやれば良かった」
キュウコンの眼の前に差し出していた一本を元の様に箱に仕舞ったは、桐の箱の蓋を閉じる。それから棚の一番上に置こうと背伸びをしたのだが、そんなにキュウコンが後ろから声を掛けた。
「そのまま次の夏まで取って置きましても、もしかしたら湿気ってしまうのではありませんか」
背伸びを止めたは、箱を持ったままキュウコンに振り返った。
「そうかもしれないけど……」
「何なら今から如何です、線香花火」
少し厚めに上着を着たは、キュウコンと並んで家の外に出た。家の前に積もった外灯の明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がる白雪が、どこか幻想的に見える。そしてがはあ、と息を吐くと、夜の闇の中で息が白く色付いた。
「オリオン座が見えますよ」
キュウコンもと同じ様に白く色付いた息を吐くと、夜空を見上げて呟いた。キュウコンに倣ってが夜空を見上げると、の隣でキュウコンが眼を細める。
「オリオン座って、一つだけ星が赤いんだね」
「ベテルギウスですね」
「ベテルギウス?」
「平家星とも言いますが」
へえ、と頷きながら、は星を指差した。
「それなら、あのオリオン座のうちの右下の星は?」
「リゲルですよ」
即答したキュウコンに、物知りなんだね、とが思わず感心すると、キュウコンは照れ臭そうに口元を緩める。それからとキュウコンは暫し星空を眺めた後、線香花火の箱を開けた。
「火、点けて貰って良い?」
「お任せ下さいな」
が線香花火を差し出すとキュウコンはすう、と息を吸い込み、小さく赤々とした火を吐いた。その火によって、線香花火の先に火が点る。それから線香花火はぱちぱちと音を立て、軈て松葉の様な形の火花を散らし始めた。
「冬の花火も良いものですね」
の手元をキュウコンは覗き込みながら言った。その際にキュウコンの紅色の瞳に線香花火の火花が映り混み、きらりと光が弾ける。それから線香花火は暫くの間カメラのフラッシュを焚く様な音を立てて火花を散らしていたが、それを徐々に弱め、最後に丸い火の玉を地面に落とすとじゅう、と燃え尽きる音を立てた。
「……終わっちゃった」
「まだ次がありますから」
そうしてとキュウコンはその後も次々と線香花火に火を点けると、最後の一本の火が消えるまで線香花火を楽しんだ。
線香花火の燃え殻をビニール袋に全て片付けると、家に戻ろうか、と言っては立ち上がった。家の扉に向かうの隣にキュウコンは並び、の顔を見上げながら声を掛ける。
「季節外れではありましたが、楽しかったですね」
「うん。それに綺麗だった」
の言葉に、キュウコンは先程の線香花火を思い出し、それからその線香花火の明かりに照らされたの笑顔を思い出した。そしてキュウコンは、そうですね、確かに綺麗でした。と、答えてからの隣で後ろを振り返った。後ろに広がる夜空には、相も変わらず美しい星達が瞬いている。
夏にはこの冬の夜空とはまた違う星が見えるのだ。そして花火をやりたいと言えばは花火をやってくれるだろうから、次の夏にはこの星空とは違う様子の星空の下で花火をやりたいものだ、とキュウコンは眼を細めた。