二人で星を眺めながら話し始めて、どれ程時間が過ぎただろうか。会話の切りがいいところで、「そうそう」とが思い出したように言った。ダークライは夜空に向けていた視線を彼女へと向け、首を傾げる。
「すっかり忘れていたけれど……。ほら、ゴスの実。一緒に食べようって約束してたじゃない?」
その言葉に、ダークライも思い出したようにああ、と相槌を打った。それからが植えたゴスの実が、枝もたわわに実っていたことを思い出す。
「そうだったな」
「せっかくだし、食べてみようよ」
の提案に、ダークライはこくりと頷いた。
二人並んで家の裏に回ると、菜園の端のゴスの実の前に屈んだがよく熟れた実を一つもいだ。差し出されたそれを、ダークライは受け取る。
「ありがとう」
闇色の手のひらの上で、ゴスの実は鈍く月明かりを照り返す。食べたことがなく、「甘い」という情報しか知らないその木の実をダークライが観察していると、その間にがもう一つ実をもぎ、いつものガーデニングチェアに座った。
と顔を見合わせたダークライは、ゴスの実に口を付けようとする。しかし、すぐに止めてしまった。というのも、どうやらこのゴスという木の実はオレンの実程では無いものの、モモンの実に比べて皮が固いらしいということに気が付いたからだ。モモンの実を手にした時に感じられる柔らかな弾力が、この木の実からは感じられないのである。
自分が食べる分には問題無いが、が食べるには大変そうだ。そう考えたダークライは、手にしていたゴスの実に鋭い指先を突き立てて器用に二つに分けると、に半分を差し出す。するとどこから食べようかと悩んでいたらしいが、自分の手の中の実からダークライの顔へと目を向けた。そしてその視線は闇色の手の上へと移る。
「どうやらこの木の実は、モモンに比べて少し皮が固いようだ。こうした方が食べやすいだろう」
ダークライの言葉に、は持っていた実を膝の上に置く。そして半分にされて差し出された木の実を嬉しそうな顔で受け取った。
「食べるのが大変そうだし、果物ナイフでも持って来ようかと思っていたところだったの。ありがとう」
ダークライは照れたように眼を逸らすと、それを誤魔化すようにゴスの実をかじった。そのままゆっくりと咀嚼して、飲み込む。ゴスの実の果肉は皮とは違って柔らかく、思わずうっとりしてしまうような甘さだった。モモンの実よりも更に甘く、けれど、その甘さの奥で微かに苦味も感じる。その苦味が甘さをより一層引き立てているのだ。
「……美味しいな」
「ちょっとだけ苦味があるけれど、それも美味しいね」
ダークライが半分に分けてくれたことで食べやすくなったのか、綺麗に果肉の部分だけを食べたも頷く。
「こっちもお願いしていい?」
膝の上に乗せていたゴスの実をが差し出したので、ダークライは頷くと先程と同じように二つに分けた。
「明日はこれを使って、ポフレを作ろうかな。ジャムにして、それをパンに塗ってもいいし」
「……ジャム?」
パンに塗るということから食べ物だということは察しがついたが、どんなものかまでは分からなかったダークライが尋ねる。
「簡単に言うと、果物を砂糖で甘く煮たもの……かな」
「ふむ」
甘く煮た、というところにダークライが反応したのが分かったのか、がふふ、と声を漏らして笑う。ダークライは見たことのない「ジャム」を想像し、それから以前彼女が作ってくれた色とりどりの甘い菓子を思い浮かべると、浅葱色の眼を細めて「それはいいな」と頷いた。
「明日は朝ご飯を食べて少しゆっくりしたら、色々と片付けて、ミオの街を出られるように準備をしないとね」
ミオの街を出るのは、三日後だ。これは、しんげつ島で帰りの船を待っている際に「これからのこと」を話しながら二人で決めたことである。随分と早急な旅立ちとなるが、ミオの街では有名なダークライの姿を、この岡の上でキヅカ以外のトレーナーにも見られてしまっている以上、早いところ旅に出る方が良さそうだという結論に至ったためだ。
二つ目のゴスの実を食べ終えたダークライは、腕を組むとミオの街のある方を見つめた。橙色の街明かりが、岡の遥か下の暗闇にぽつぽつと浮かんでいる。
「は、本当に……」
住み慣れた場所や、親友と離れることになってしまうのに、いいのか?そう続けようとしたダークライの言葉は、によって遮られた。
「今更それを言うのは、無しだよ」
がダークライの眼を真っ直ぐに見つめ返して、穏やかな口調で言う。
「それにね、前から視力を取り戻したら、旅に出てみたいって思ってたの。それはあなたに逢う前からキヅカに話していたことでもあるし、ダークライはそのきっかけをくれた。だから何も気にすることないよ」
ダークライは口を開こうとしたが、が「何も気にすることはない」と言った以上、何かを言うべきではないと考えて、そうか、とだけ返した。
それから暫くしてゴスの実を食べ終えたが、そろそろ家に入ろうか、と言いながらガーデニングチェアから立ち上がる。ダークライは、ややあってから頷いた。
▽△▽
家に入り、夕飯も終え、就寝準備を終えたが電気を消してベッドに横になると、ダークライもベッドの隣に移動した。静かな闇が満たす部屋の中、ベッドの傍のサイドテーブルの上で唯一みかづきの羽だけが淡く輝いている。
「……ねえ、ダークライ」
名前を呼ばれたダークライは、自分の方へと体を向けて横になるに眼を向けた。それから彼女の言いたいことを何と無く察すると、手を差し出す。ぼんやりと照らされる闇の中、が驚いたように目を見開いたのが分かった。
「ありがとう」
よく手を繋いで眠りたいって分かったね、と続けた後、その手を取ったにダークライは眼を細める。
「……顔に書いてあった」
「ええ、嘘でしょ?」
繋いだ手とは反対の手で、が自分の顔を隠すように覆ったので、ダークライはくつくつと喉で笑った。途端、まるで抗議するかのように、繋がれた手に軽く力が込められる。
「……でもね。今日は寂しいから手を繋ぎたかったんじゃないの」
力を込めるのを止め、目を閉じたが少し眠気を含んだ声で言った。
「しんげつ島に行って、ダークライと帰ってこられたことがまだ、何だか夢みたいで信じられないんだ……。だからこうして手を繋いでいたら、実感が沸くかなって」
自分に都合のいい幻でも見ているのではないか。そう思ってしまうのだと、が目を閉じたまま言う。それを聞いたダークライは、彼女の手を握る手にそっと力を込めた。
いつだったか、こうしてが眠るまで手を繋いでいた日をダークライは自然と思い出した。そして、寝ないといけないのにこのまま寝てしまうのは勿体ないような気がすると、このまま起きていたら「クレセリア」はここにいてくれるのかな、なんて思ったのだと言っていた彼女の姿が朧げに蘇る。
「……大丈夫だ。嘘でも、幻でもない。それにが眠っても、私は傍にいる」
眼の前で瞼を伏せるを安心させるように、ダークライが柔らかな口調で告げる。
「……うん」
「だから、安心して眠るといい。それに、今日は疲れただろう」
はその言葉に安堵したように口元を緩めると、おやすみ、と呟いた。ダークライも同じように、彼女におやすみを告げる。
暫くすれば、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。ダークライはみかづきの羽の光に淡く照らされたの寝顔を見つめると、空いている方の手で彼女の髪をそっと撫でた。
それから静かに眼を閉じれば、やがて睡魔が忍び寄って来る。こうして誰かと一緒に眠ることはダークライにとって初めてのことで、それは心を不思議と満たしていくような心地だった。