ゴルーグときのみ

午後を過ぎた時間、屋敷から聞こえるムウマージの奏でるピアノの音を聞きながら、屋敷の裏のバルコニーの下に広がる庭で、は植えられた木の実の木々の一本一本を、丁寧な手つきで触れながら様子を見ていた。緑色の葉は、太陽の光に当たると艶やかに光る。

「無事に育っているみたいだね。良かった」

が振り返ると、後ろでその様子を並んで眺めていたサマヨールとブルンゲルは顔を見合わせて頷いた。そしてサマヨールはの隣に並ぶと、持っていたフィルムカメラでそれぞれの木の実の木の様子を写真に撮った。は木の実を育てたことが無かったので、木の実の成長の様子をノートにつけているのだが、そのノートに写真を貼る為だ。

「それにしても、他の実はもう何度か実をつけているのに、サンの実にスターの実は随分と成長が遅いね」

がそう言って、未だ実をつけず緑の葉だけのサンの木に手を伸ばして葉を撫でると、ブルンゲルが焦れったそうにふるりと体を震わせた。

「ふふ、楽しみだね」

ブルンゲルと揃って、サマヨールが頷く。それからはもう一度、庭に並ぶ木の実の成る木々を眺めた。オレンにモモン、ラムやオボンなどに、ウイやマゴ、ザロクやネコブの実。そしてロゼルやカシブの実など様々な木の実が植えられ、裏庭は大分賑やかになったものだ。うんうん、と満足げに頷いていると、不意にぐらりと足元が揺れたような気がして、は不思議そうな顔で辺りを見回した。

「ん……?今、揺れた……?気のせい?」

そうが尋ねると、サマヨールがこくりと頷いた。ブルンゲルは宙に浮かんでいるから分からなかったようで、不思議そうに首を傾げている。

「地震かなあ……、う、うわっ!?」

喋っている間にまたも揺れたので、が驚いた声を上げると、サマヨールは目を白黒させる。ブルンゲルはとサマヨールの体が揺れたことに驚いたのか、ひゃあ、と悲鳴を上げた。

揺れは段々と大きくなり、それと合わせてずしん、ずしん、と大きな音が聞こえてくる。思わずがサマヨールにしがみ付くと、サマヨールも警戒するように音のする方へと眼を向けた。そして一際大きな音がしたかと思うと、屋敷の陰から見たことのあるポケモンが姿を現したのである。

「あっ、ゴビット!」

なんだあ、そう安心したように三人が揃ってほっと息を吐いた時だ。

もう一度大きく、ずしん、と大きな音が響き、今度はゴビットよりもずっと大きい、ここらでは見た事のない、ゴビットに似たようなポケモンが姿を現したのだ。

「ゴビット……と、……ゴルーグ……!?」

以前読んだ「イッシュ地方のポケモンについて」の本を思い出しながらがそう言うと、ゴビットはとことこと歩いての元へと近付いた。そしてその後を、ここらでは見た事のないポケモン───ゴルーグがついてくる。

「ゆ、揺れる……」

ゴルーグが歩く度にぐらぐらと揺れ、やサマヨールの体が揺れる。そうしてゴルーグは達の元にやって来ると、漸く足を止めた。

「ええっと……」

ゴルーグが目の前にやって来ると、はゴルーグのことを見上げた。随分と大きいポケモンだなあ、と。それから、一体どうしたのだろう、と見つめていると、ゴルーグはに向かって恭しく礼をする。それを見たは、サマヨールやブルンゲルと顔を見合わせると「こんにちは」と声を掛けた。

どうやら、ゴルーグはゴビットの仲間らしい。ゴビットと親しげな様子からはそう判断した。察するに、ゴビットは友人が出来たからと、ゴルーグを連れてきたのだろう。


「ゴビットのお友達、かな?私は。よろしくね」

が先程ゴルーグがしたように礼をすると、ゴルーグはごおんと響くような声で返事をしてみせた。それから右手を差し出す。

ゴルーグの差し出した右手の意図が分からず、思わずその手をまじまじと見つめると、ブルンゲルがの右手を取ってゴルーグの右手に触れさせた。すると、ゴルーグはの右手を、その大きな手からは想像もつかないような優しさでそっと握り締める。

「……あ、握手ね。ごめんね、分からなくて」

手を離された後にが謝ると、ゴルーグは特に気にした様子も見せず、それから裏庭の様子を眺めた。ここらの森では見たことのない木の実もあるからか、物珍しいようだ。

「サンの木にスターの木ははまだ実がなっていないのだけれども、ザロクの実なんかは食べ頃だと思うよ。食べてみる?」

が尋ねると、ゴルーグは頷いた。そこでがサマヨールに取ってくれる?と頼むと、サマヨールは快く頷く。ゴルーグの手は大きすぎるので、木の実を取るのは難しいかなと思ったのだ。

サマヨールがよく熟れているザロクの実を選んでゴルーグとゴビットに渡すと、二匹は顔を見合わせてから口にした。ロボットのような見た目のポケモンだが、木の実を食べることが出来るようだ。

そして二匹は顔を見合わせると、明るい声で鳴いた。どうやらお気に召したようだ。

「良かった!」

他にも食べたい木の実があったら食べてね。折角遊びに来たんだから、ゆっくりしていって。そう言うと、二匹は頷いた。


***


裏庭の隅に座り、のんびりと陽に当たっているゴビットとゴルーグを眺めつつ、はロゼルの木に手を伸ばした。

「困ったなあ……」

ブルンゲルも困った顔をする。サマヨールはどうしたのかと言いたげに首を傾げた。

「いや、木の実を植える場所を間違えたことに今気付いて」

どういうことだろうとサマヨールが思うと、その様子が伝わったのだろう。が口を開く。

「特定の木の実同士を近くで育てると、突然変異を起こすことがあるんだって。だからそうなるように植えたつもりだったんだけれども……もう何度か実を付けているのに、突然変異が起こらないなって思っていたら、組み合わせを勘違いしてたみたい」

ザロクの実とカシブの実、ウブの実とロゼルの実、と隣同士に植えるつもりが、ザロクの実とロゼルの実、カシブの実とウブの実、というように植えてしまったのだ。せめて、ザロク、ロゼル、ウブ、カシブというような順番で植えていればロゼルとウブで突然変異が起きたかもしれないが、生憎が植えたのはザロク、ロゼル、カシブ、ウブ、というような順番だったので、突然変異が起こることは無かったのである。

「仕方ない。今成っている木の実を埋め直すかあ……」

植え替えるにも、根を痛めてしまうかもしれないし。そうが呟くと、サマヨールは左の手のひらを、右の握り拳でぽん!と叩いた。何かを閃いたようだ。とブルンゲルが顔を見合わせていると、その間にサマヨールは裏庭の隅にいたゴルーグ達の元へと駆けていってしまった。

「どうしたんだろうね……?」

ブルンゲルも頷く。そしてサマヨールはゴルーグ達を連れて、の元へと戻ってきた。ずしん、ずしん、と足音が響き、またの体がぐらぐらと揺れる。それからサマヨールがゴルーグ達に何かを説明すると、ゴルーグとゴビットは頷いた。サマヨールに少し下がるように、と指示されたとブルンゲルは、慌ててその場から離れる。

とブルンゲルが不安に思いつつも三匹の様子を伺っていると、驚いたことに、ゴルーグがロゼルの木の根本に手を伸ばした。そして両手で掬うように、ロゼルの木の根と、根の周囲の土ごとを持ち上げてしまったのである。

「ええー……」

まさかの行動に、思わずがぽかんと口を開けていると、今度はサマヨールとゴビットが、ゴルーグの持っていたロゼルの木を協力して持ち上げた。両手の空いたゴルーグは、続いてカシブの木をロゼルの木と同じように根と土ごと持ち上げる。そして元ロゼルの木のあった場所へとカシブの木を下ろした。

その後にロゼルの木をサマヨール達から受け取ると、元、カシブの木があった場所へとロゼルの木を下ろす。それから周囲に散った土を寄せ集めると、根本をぽんぽんと叩いた。

「いやいやいや」

これは大丈夫なのだろうか。思わずはブルンゲルと顔を見合わせる。周囲の土ごと入れ替えたけれども。見た目的には、元からこうして生えていたように見えるけれども。
そう思いつつも、折角場所を入れ替えてくれたのだから、とがお礼を言うと、ゴルーグは自信ありげにぐっと親指を立てて見せたのだった。



「突然変異の木の実が出来たら、是非食べに来てね」

もうそろそろ夕方にもなるという所、ゴルーグ達が帰る素振りを見せたのでそう声を掛けると、二匹は揃って頷いた。そして達に見送られながら、また大きな足音を響かせて二匹は去っていく。

「木の実、大丈夫かなあ」

ゴルーグの大胆な植え替えを思い出したが呟くと、サマヨールは大丈夫、というように頷いた。改めて水を遣っていたブルンゲルも、木の様子を伺うように見上げて頷く。それを見たは、楽しみだな、と笑うと屋敷の中に戻るため玄関に向かった。その後をサマヨールとブルンゲルがついて行く。


木の実の成長記録を記したノートに、「突然変異が起きた」と綴られる、数日前のことである。


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