からりと乾いた夏の日の午後、ゴーストとデスマスにランプラーが鬼ごっこでも始めたのか、わいわいと屋敷の中を駆け回っていたのだが、軈てその鬼ごっこで駆け回る範囲は広がり三匹は揃って屋敷の壁を擦り抜けると飛び出した。庭でヌケニンとプルリルと一緒に花へ水遣りをやっていたは、突然壁から飛び出した三匹に驚きつつも微笑ましいその光景に頬を緩める。しかしすぐに庭も飽きたのか、走り回っていた三匹は顔を見合わせると門を擦り抜けて森へと駆けていってしまった。慌てて遠ざかる背中に向かって気を付けてね、と声を掛けたが、はたしてそれが届いていたのかは分からない。大丈夫かなあと呟くに、ヌケニンとプルリルは揃って苦笑する。
それから水遣りを終えたは、屋敷の中に戻るとつい先日買った紺色の表紙のスケッチブックと十二色入りの色鉛筆を手に庭にある一本の木の下へと座った。仕事は今の所一段落しているし、何か新しい趣味でも始めてみようかと少し前に購入したのだ。そうして庭に咲く美しい花や、花の中で話すヌケニンとプルリルの二匹をスケッチしていると、屋敷の扉が開いてチルタリスが姿を現した。チルタリスは欠伸をしながらのそのそ歩いての元へやって来ると、の手にあるスケッチブックを覗き込む。
「お昼寝はやめたの?」
チルタリスの頭の長い羽を撫でてやりながら尋ねると、チルタリスはちるると鳴いて頷いた。それからスケッチブックをもう一度覗くと、翼を広げての腕に額を押し付ける。
「なあに、次に描いてほしいの?」
チルタリスはぶんぶんと音がしそうな程に勢い良く頷く。少し前に始めたのでスケッチの腕はまだまだだが、こうして描いてほしいとお願いされるのは何だか嬉しなあ、とは笑ってチルタリスの顎を擽る。
「いいよ。これが描き終わったら、次はチルタリスね」
チルタリスは顔をぱっと輝かせると、ヌケニンとプルリルの元へと駆け寄り、それから何やら楽しそうに話し始めた。穏やかな午後の時間がゆっくりと流れていく。
描き途中だったものを完成させ、がチルタリスのスケッチに取り掛かって暫くした頃だ。きゃっきゃと聞き覚えのある騒ぎ声が森の方から聞こえると同時に、ドスンドスンと大きな足音が聞こえたのだ。不意に聞こえた大きな足音にヌケニンがひっくり返り、プルリルは小さく悲鳴を上げ、チルタリスの頭の羽も緊張が走るかのようにぴんと立つ。も驚いて落とした色鉛筆を拾いながら、音のした方へと振り返った。
すると森へと駆けていった三匹がこちらへと向かってくるのと、その後ろを追いかける見慣れない姿が見えた。水色の体の、まるでロボットのような姿をしたポケモンだ。三匹が門を擦り抜けると、そのポケモンは門の前まで走ってきてぴたりと足を止める。それに気が付いたデスマスが門へと近付いて門を開くと、そのポケモンは門から屋敷の敷地内へと入り込み、すかさずデスマスを追いかけだした。デスマスがきゃあきゃあと声を上げて、ゴースト達が姿を消して行った方へ逃げる。
「新しい友達でもできたのかな?前に借りた本ではあのポケモンを見たことがあったと思うけれど、この辺りでは見たことのないポケモンだね」
ひっくり返ったヌケニンを助けてやったチルタリスが近寄って来たので、が話しかけるとチルタリスは同意するように頷いた。続けて、何ていうポケモンだったかなあと呟くと、チルタリスは呆れたような眼をして笑う。どうやらチルタリスは前に借りた本で見たあのポケモンの名前をちゃんと覚えているようだ。
「うーん、思い出せそうなんだけれど」
そう言ってスケッチをする手をが止めていると、チルタリスはスケッチブックを覗き込み、美しい青色で描かれている自分の姿に嬉しそうに鳴いた。それからスケッチの続きを急かすようにそわそわと体を揺らす。
「まだ完成じゃないけれど、なかなかでしょう?」
チルタリスが眼を輝かせて頷いた様子から、どうやら気に入ってくれたらしい。安心したように笑うと、は体を揺らすのを止めて隣で丸くなったチルタリスの首を掻いてやり、続きに取り掛かった。
最後のチルタリスの尾の端を塗り、ふう、と一息ついて膝の上に載せたスケッチブックを見詰めていると、不意に視線を感じた。不思議に思ったが顔を上げると、驚いたことに、いつの間にやら先程までデスマス達と駆け回っていたはずの青い色のポケモンが、木の下に座るをじっと見つめて近くに立っている。
「……あれ、どうしたの?さっきまで遊んでいなかった?」
驚きつつもが尋ねると、そのポケモンはとことこと歩いて近付き、の膝の上のスケッチブックを覗き込んだ。どうやらスケッチブックに興味があるらしい。の隣で丸くなり、眼を閉じていたチルタリスがそのポケモンの様子を伺うように首を伸ばす。
「見てみる?そんな上手って訳でもないのだけれども……」
戸惑いながらもスケッチブックを閉じて差し出してみると、そのポケモンは少し考え込むような動作を見せてから静かに受け取った。ポケモンは紺色の表紙をまじまじと見つめた後にスケッチブックのページを捲ろう指を動かしたが、指が太いからか上手くページを捲くれないようで、動きを止めたかと思うと困ったようににスケッチブックを渡す。
「よし、じゃあ隣においで。私がページを捲るから」
がそう言ってチルタリスとは反対側の自分の隣を示すと、ポケモンはこくりと頷いて大人しくの隣に座った。ポケモンが大人しく座ったのを確認すると、は表紙を捲る。屋敷の庭に咲く色取り取りの花のスケッチが現れると、ポケモンはスケッチの花々と庭に咲く花を交互に見遣った。
「そう、この庭に咲いている花達を描いたの」
絵の横に書かれた花の種類名と日付を指しながら言うと、ポケモンは相槌を打つように頷く。次のページを捲ると、描かれていたのは咲き乱れる花の中で花の様子を見ているヌケニンだった。スケッチの端にはと日付とその横にヌケニンと文字が書かれている。
「このポケモンは、ヌケニン。よく庭にいるんだ。さっきまでは庭にいたんだけれど、もう屋敷の中に戻っちゃったかな」
庭を見回しても先程までいたヌケニンやプルリルが見当たらないので、が屋敷を見ながらそう言うとポケモンはヌケニンの隣のページに描かれているポケモンを指差した。階段の上で眠っていたチルタリスと、カゲボウズ達のスケッチだ。それも先程のように説明をする。そうしてポケモンがスケッチを指差す度にが説明をしていると、あっという間にスケッチブックは見終わってしまった。途中から一緒になってスケッチブックを覗き込んでいたチルタリスが、最後の自分の完成したスケッチを確認してから、満足そうに再び丸くなる。
「スケッチは、ここまでだね」
片手でチルタリスの頭を撫でながら、片手でスケッチブックを閉じたがそう言うと、ポケモンは何やら考え込むように腕を組み、それから自分のことを指で指した。
「えーっと……」
ポケモンのことをまじまじと見つめると、ポケモンは今度はスケッチブックを指してからまた自分のことを指す。それでやっとそのポケモンの言いたいことが掴めたは、色鉛筆の中から青色を選ぶと手に取った。
「あなたのこと、描かせてくれる?」
陽が暮れて辺りが薄暗くなりだした頃、とチルタリス、鬼ごっこをしていた三匹にあの見慣れないポケモンは屋敷の門の前に立っていた。どうやらポケモンは森に帰るらしいので、門の前まで見送りに来たのだ。ポケモンは何やら楽しそうに鬼ごっこをして遊んだ三匹と話していたが、話し終えるとへと向き直った。そしてぺこりと小さくお辞儀をする。
「また遊びにおいで。ここにいるチルタリス達は勿論、他のみんなも大歓迎だと思うから」
ね。とが笑うと、チルタリスにデスマス、ゴーストにランプラーは揃って頷いた。
「それに、あなたのスケッチもまだ終わってないしね」
見慣れないポケモンだったからか、屋敷の仲間達をスケッチするよりも大分時間が掛かってしまい、スケッチは未完成なのだ。の言葉を聞いたポケモンは、頷くと森へと歩き出した。それをゴースト達と一緒になって手を振って見送る。ポケモンの姿が森の木々に紛れて見えなくなると、達は門をくぐって屋敷の玄関へと向かった。
「あっ、思い出した!」
玄関の扉に手を掛けた所でが声を上げると、突然のの声に驚いたデスマスがぴゃあと声を上げた。チルタリス達も驚いたような顔をして、それから首を傾げる。
「驚かせてごめんね、つい」
デスマスの頭を撫で、それから玄関の扉を開けながらが言う。
「いや、あのね。あのポケモンの名前って何だったかなあってずっと考えていたの。前に借りた本で見たのに忘れちゃって。でも、思い出したよ。ゴビット、だよね」
の言葉に、チルタリス達はうんうんと頷いた。それを見たは、合っていて良かったと思いながら片手に持っているスケッチブックと色鉛筆を見て笑顔を浮かべる。ゴビットがまた遊びにきたら、スケッチを完成させよう。それまでにはもう少し腕が上がっていると良いのだけれども、と。