もうすぐ昼になるという所で、遂に大会が始まった。誰でも参加自由ということで小さな子供や若いトレーナー、子供と一緒に来ていた親などたくさんの様々なトレーナーが参加しており、大会は中々盛り上がっている。ポケモンは二匹まで参加のできる勝ち抜きルールということで、が戦ったトレーナーはみんな二匹のポケモンを使用してきたが、は何とかチルタリスだけで勝ち進んでいた。相手がチルタリスの苦手なタイプを出してくることが無かったり、興味本意で参加しただけで、戦い向けに育てられたポケモンを連れていないトレーナーと試合になったりと、そこそこの運にも恵まれたお陰だろう。は試合が終わる度に安心したように息を吐いた。チルタリスが倒れてしまったら、自分のポケモンをチルタリスしか持っていないは戦えないのだ。
「チルタリス!竜の舞!」
勇ましい戦いの舞を踊るチルタリスに、相手のヘルガーが悪の波動を放つ。ヘルガーを中心に凄まじい勢いで広がる黒い波動は、チルタリスの綿のような翼を掠めた。チルタリスが僅かに怯む。
「チルタリス、頑張って……!」
指示を送るの後方、バトルフィールドの外でヌケニンとシャンデラもチルタリスを応援するように騒いだ。それを聞いたチルタリスが怯みから何とか立ち直るが、すぐそこにヘルガーが迫る。
「チルタリス、ドラゴンクロー!」
一気に勝負を決めにきたヘルガーのしなやかな身体を、寸での所でチルタリスの鋭い爪が凪ぎ払う。ヘルガーが吹き飛ばされ、離れた地面へと悔し気に倒れた。
「ヘルガー、戦闘不能!勝者、!」
審判の声を聞いたチルタリスはへ駆け寄ると、ぴょこぴょことの前で飛び跳ねた。そんなチルタリスの姿に笑顔を浮かべると、はチルタリスを抱き締める。
「ありがとう、チルタリス!」
チルタリスはぴゅうい、と美しい声で鳴くと、興奮したように騒ぐヌケニンとシャンデラに笑顔を向けた。そこへ大会の係がやって来ると、チルタリスを手早く回復させる。
「次で二位か三位か決まりますからね。頑張って下さい!」
係の人に礼を言うと、とチルタリスはバトルフィールドの外で待っていたシャンデラとヌケニンの元へと移動する。そしてはしゃがみ込むと、チルタリスの肩に手を置いた。
「全力で頑張ろう!でも、無理はしたら駄目だよ」
チルタリスは頷く。シャンデラとヌケニンもの言葉に大きく首を縦に振った。そうして達が暫く話している間にの次の対戦相手が決まったようで、達は移動するように案内をされ、再度バトルフィールドへと向かう。が定位置へと立つと、対戦相手でもあるエリートトレーナーも定位置へと立った。シャンデラとヌケニンは先程と同じように、の後方のバトルフィールドの外でふわふわと浮かんでいる。
「では、始め!」
審判の声が響く。相手がすぐ隣にいたシャワーズへと声を掛けると、シャワーズは勇ましく鳴いてフィールドの中央へと駆け出した。もチルタリスに声を掛ける。
「頑張って、チルタリス!竜の舞!」
チルタリスの竜の舞と同時にシャワーズが冷凍ビームを放つ。それをぎりぎりの所で避け、チルタリスは上昇した素早さを生かしてシャワーズへと詰め寄った。
「ドラゴンクロー!」
突然詰め寄られたシャワーズは戸惑い、チルタリスのドラゴンクローをもろに受けた。だがその瞬間にシャワーズの口から再度冷凍ビームが放たれる。吹き飛ばされた不安定な体勢で繰り出したからか直撃とまではいかなかったが、僅かにチルタリスの身体を冷凍ビームの凄まじい冷気が襲い、チルタリスが苦しそうに声を漏らす。ドラゴン・飛行タイプのチルタリスには、いくらほんの少しとは言えど氷タイプの技はきついのだ。が焦った声でチルタリスを呼ぶと、チルタリスは大丈夫だと頷いた。いくら相手が自分の苦手な技を使ってくるとしても、ここで諦めたくは無かったのだ。
チルタリスの意思を感じ取ったは、不安そうな表情を打ち消すとチルタリスに指示を出す。
「チルタリス、飛んで!」
の指示を受けたチルタリスが、風を捕まえて一気に上昇する。
「逃げても無駄だよ!シャワーズ、もう一度冷凍ビームだ!」
相手のトレーナーも、しっかりと体勢を整えたシャワーズに指示をする。そしてシャワーズは指示通りに飛び上がったチルタリスに向けて冷凍ビームを撃とうと空を仰いだ。だがその瞬間、シャワーズがぐう、と声を漏らして顔を顰めた。
「……どうした!?シャワーズ!」
「今だよ、チルタリス!ドラゴンダイブ!」
そうか、と相手のトレーナーがはっとした声を上げる。チルタリスは太陽を背にするように飛び上がったので、シャワーズは空を仰いだ瞬間に眩しい太陽光に眼が眩んでしまったのだ。相手のトレーナーが慌てて指示を出すも、その隙を見逃さずに凄まじい気迫で威圧しながらチルタリスがシャワーズの身体に突進する。シャワーズの身体が宙に舞い、シャワーズが投げ飛ばされた先の地面で気絶した。シャワーズ、戦闘不能!と、審判の力強い声が響く。
「……君のチルタリス、中々やるじゃないか」
そう言いながらトレーナーがシャワーズをボールに戻し、代わりに次のポケモンの入ったボールを放る。このもう一匹を倒せば二位は確定する、そう思いながらはボールから放たれる赤い光を祈るような気持ちで凝視した。───ああどうか、チルタリスの不得意な相手ではありませんように。
だがその願いも虚しく、赤い光に包まれて姿を現したのは、冷気を放つバイバニラだった。
そこではぐっと奥歯を噛み締めた。竜の舞のお陰で素早さと攻撃力も上昇している。だが、一撃でバイバニラを倒すことができるだろうか?高威力のドラゴンダイブも先程はシャワーズの眼が眩んでいたから確実に当てることができたが、今度は同じ手も通用しないだろう。何より不用意に近付いては、もし相手が覚えていた場合は間違いなく広範囲に届く吹雪を喰らう筈だ。どうするべきだろうか?そうが悩んでいると、相手はが焦ったのが分かったのだろう。少し余裕を取り戻した顔でバイバニラに指示を出した。
「バイバニラ、凍える風!」
「チルタリス、飛んで避けて!」
バイバニラの放つ凍える冷気の風は、チルタリスが飛び上がるよりも早くチルタリスを襲った。綿のような羽が僅かに凍てつき、チルタリスの素早さが落ちる。
「そのまま吹雪だ!」
凍える風よりも何倍も冷たい、凄まじい冷気を孕んだ風がチルタリスを襲う。ソプラノの声でチルタリスは叫ぶと、そのままの立つ場所の前まで吹き飛ばされた。
「チルタリス!」
慌ててが吹雪によって冷えたチルタリスの身体を抱き締めると、チルタリスはぐったりとした顔で申し訳無さそうに鳴く。ううん、頑張ってくれてありがとう、とが頬を撫でると、チルタリスはちるる、と小さく鳴いて気絶してしまった。
「チルタリス、戦闘不能!」
審判の声を聞きながら、は気絶して眼を閉じているチルタリスの頬をもう一度撫でた。それからありがとう、ゆっくり休んでね。とチルタリスをボールに戻す。チルタリスをボールに戻したに、今までがチルタリスだけで戦ってきたのを見ていたためか、大会の係が近寄って声を掛けた。
「次のポケモンを出して下さい。もし戦えるポケモンがいない場合は試合終了となります」
「分かりました。戦えるポケモンは……」
もういません、と続けようとした時だった。の声を遮るように、バトルフィールドの外にいたシャンデラが大きな声で鳴いたのだ。驚いたと大会の係が振り返ると、シャンデラはふわふわとへ近寄り、大会の係へ向かってふん、と鼻を鳴らした。
「このシャンデラはあなたのポケモンですか?そうならバトル続行となりますが……」
「ええと……」
野生のポケモンですが、仲間ですと言おうか迷っている間に、シャンデラがやる気を見せるように身体を大きく揺らし、しゃんしゃんと何度も鳴く。それを見た大会の係はのポケモンだと判断したのか、それでは続行しますねと告げてバトルフィールドの外へと出てしまった。
「シャンデラ、バトルお願いしていいの?」
が小さな声で尋ねると、シャンデラは力強く頷く。
「私、あなたの使える技とか分からないんだけれど……」
シャンデラはこちらの様子を伺っている相手のバイバニラをちらりと見て、にんまりと自信あり気に笑った。シャンデラとは今日漸く話せるようになったばかりなので、にはシャンデラのその笑顔の意味が分からない。が不思議そうな顔をしていると、シャンデラはバトルフィールドの真ん中へと向かって行ってしまった。
「作戦会議は終わったみたいだね!バイバニラ、水の波動!」
シャンデラが出てきたのを見て、相手がそう言い放つ。炎タイプを苦手とするが、バイバニラは水タイプの技も覚えることができるのだ。予想外の弱点であるタイプの技には焦るが、シャンデラは平気な顔をして放たれた水の波動に向かって灼熱の炎を吐いた。縦に波紋のように広がって迫ってきた水の波動が、シャンデラの吐いた炎に触れた瞬間派手な音を立てて蒸発し、消し飛ぶ。その火炎放射の勢いに驚いたのはだけでは無かったようで、相手のトレーナーも驚いた顔をしていた。
「……シ、シャンデラ!もう一度……」
はっとしたがもう一度火炎放射を命じるよりも早く、シャンデラはぐっと身体に込めると、そのまま自分の身体に燃える全ての炎を爆発させるように燃やした。ごうごうと大きな音を立てて燃えた炎は、煙を巻き起こす。フィールドの真ん中にシャンデラはいるというのに、フィールドの端にいるにまで熱気が伝わる程のオーバーヒートだ。バトルを見ていたギャラリーも、そのオーバーヒートの凄まじいとしか言い様のない威力にどよめいた。
少しの間を置いて煙が晴れると、が見たのはフィールドの真ん中でふわふわと浮かんでいるシャンデラと、少し離れた所で目を回しているバイバニラだった。
「……バイバニラ、戦闘不能!勝者、!」
フィールドの周りから、わっと歓声があがる。が勝ったのだ。唖然としているの元にシャンデラは戻ってくると、ふふんと得意そうに笑った。シャンデラの声にはっとしたが戦ってくれてありがとうと礼を告げると、シャンデラは機嫌良く澄んだ声で鳴いてみせる。
それから達の元に大会の係がやって来ると、手早くチルタリスとシャンデラを回復してくれた。元気になったチルタリスがボールから飛び出すと、チルタリスにヌケニンがぽすんと音を立てて飛び付く。ヌケニンはチルタリスを心配していたのだ。それはヌケニンだけでは無くシャンデラも同じようで、頻りにしゃんしゃんと鳴いてチルタリスに何やら話し掛けている。それにチルタリスは笑顔で頷くと、大丈夫かと尋ねるに擦り寄った。
それから数分が経つと、遂に最後の試合となった。一位か二位かがこれで決まるのだ。目当ての賞品は貰えることが確定しているが、ここまできたら頑張ろうと達は意気込む。
「それでは、試合を始めます!両者、位置について下さい!」
と、対戦相手のトレーナーがそれぞれフィールドの定位置に立つと、始め、という声が響いた。
***
買い物を終えた帰り道、行きと同じようにチルタリスの背に乗るとヌケニン、そしてその隣をふわふわと浮かぶシャンデラは、今日のバトル大会の話で盛り上がっていた。チルタリスの背に乗るは、買ったものとあの賞品であるたくさんの木の実が詰められた袋を抱えている。
「最後、惜しかったね。でも、二人共戦ってくれてありがとう。ヌケニンも、応援ありがとうね」
の言葉にそれぞれが鳴く。そう、最後の試合で達は負けてしまったのだ。相手が出した一匹目のポケモンのリザードンを、コットンガードと竜の舞によって防御力と素早さ、攻撃力を上げたチルタリスが倒したものの、半分程体力を削られていたチルタリスは次に相手の出したマリルリの冷凍パンチが急所に当たったことによって倒れてしまい、シャンデラもオーバーヒートと同じように高威力のシャドーボールで応戦したものの、マリルリの滝登りとアクアジェットで倒れてしまったのである。
「でも、楽しかったなあ。何だか凄くドキドキしちゃった」
が言うと、チルタリス達も同意するように笑った。その笑い声を聞いて、も釣られたように笑みを浮かべる。そこで、ふとはシャンデラへと目を向けた。そう言えば漸く話せるようになったのが今朝だなんて信じられないくらいに、バトルのお陰で打ち解けてしまっている。きっと屋敷に着いたら、屋敷の仲間達はいつの間にシャンデラと仲良くなったのかと驚くだろう。街で行われたバトル大会のことを話すのが楽しみだと、は笑い声を小さく漏らした。