ランプラーと親しくなれた日から数日が経った日の朝のこと、は冷蔵庫を開けると顔を顰めた。ここの所、買い物に行かなかったせいか食材が尽きかけている。これは不味いぞと冷蔵庫を閉めると、はいつも寝室として使っている客室へと向かった。客室ではベッドの上ですうすうと寝息を立ててチルタリスが眠っていたが、が扉を開けるとその物音でチルタリスは眼を覚まし、ふああと間の抜けた声で欠伸をする。
「ねえ、チルタリス。買い物に行きたいんだけれど……」
そう言うとチルタリスはこくりと頷き、ベッドからゆるゆるとした動作で下り、翼を大きく広げて伸びをする。それからぱちりと開いた眼をに向けて鳴いた。どうやら準備は出来たらしい。はチルタリスに礼を言うと、チルタリスを連れて客室を出た。
客室を出てすぐにヨノワールに出会ったが、街に行くことを告げるとヨノワールは気を付けるんだぞ、と言うようにの肩を大きな手でぽんぽんと叩き、それからチルタリスにも声をかけた。二匹は何やら話しているようなので、先に外に出ていようかとが玄関ホールを歩き出すと、どこからか現れたヒトモシとカゲボウズ達が、の周りに集まる。
「チルタリスと買い物に行ってくるよ。ポロック、みんなにお土産に買ってくるね」
ポロックをまだ食べたことのないヒトモシは首を傾げたが、カゲボウズ達がキィキィと何かを喋ると、ヒトモシの眼が爛々と輝いた。恐らくカゲボウズ達がポロックの説明をしたのだろう。その様子を見たは、楽しみにしててね、と言うと玄関の扉を開けて外に出た。チルタリスもヨノワールとの話を終えたのか、の元へと駆け寄ってくる。チルタリスと並んで外に出ると、玄関横の庭にはユキメノコとヌケニン、ミカルゲがいた。ユキメノコとヌケニンは庭の花を眺めてにこにこと笑っている。ミカルゲはどうやら要石ごと日向ぼっこをしているようだ。三匹はとチルタリスの姿を眼にすると、達の元へと近寄ってくる。
「買い物に行ってくるね。そうそう、裏庭に植える花か木の実も、ついでに買ってくるよ」
その言葉に真っ先に反応したのはヌケニンだった。普段は大人しいヌケニンだが、嬉しそうに鳴くとの周りをくるくると回ってみせる。それを見たは顔を綻ばせ、それから何かを思い付いたかのようにあっと小さな声を上げると口を開いた。
「そうだ!折角ならヌケニンも街に行って、一緒に花とか木の実とか、どれを植えるか選ぶ?」
チルタリスもそれがいいと賛成するように首を縦に振ると、ヌケニンもにん、と鳴いて大きく頷いて見せる。決まりだね、とが笑うと、ユキメノコが良かったね、と頷き、ミカルゲもにこにこと笑った。
「それじゃあ、今日はチルタリスと、ヌケニンで街に……、あれ?」
行こう、と続けようとして、は少し離れた屋敷の壁の陰から、シャンデラが覗いていることに気が付いた。の視線に、チルタリス達も振り返る。
「シャンデラ、おいで」
が手を差し伸べて呼び掛けると、シャンデラは少し迷うような素振りを見せる。そんなシャンデラの様子に今日も駄目かあ、とが呟くと、チルタリスがぷうと頬を膨らませ、シャンデラの元に駆け寄っていった。
突然のことに一体どうしたのだろうとが首を傾げていると、シャンデラにチルタリスが話し掛けた。そしてチルタリスが達の元へと向かってくると、なんとシャンデラがその後をついてくる。チルタリスがの隣で足を止めると、シャンデラはの前でぴたりと止まった。こんなにも近い距離でシャンデラを見るのは初めてだったは、シャンデラのことをまじまじと見詰め、シャンデラも同じようにのことを爪先から頭まで興味深そうに見詰めた。
「えーっと、初めまして」
目線を合わせるように浮かび上がったシャンデラにが言うと、シャンデラはぺこりとお辞儀をする。それを見たが礼儀正しいなあ、なんて思っていると、シャンデラは硝子の鳴るような、高い声でしゃん、と鳴いた。
シャンデラは臆病な性格でも無く、ランプラーのように照れ屋な性格でも無く、ただ単に人間を見るのが初めてだったので、どう接して良いのか分からないだけだった。同じようなゴーストタイプのポケモン達がたくさんいるこの場所に惹かれて棲み始めたは良いものの、人間というのはどういうものかいまいち分からない。他のポケモン達からはあのという人間は安全だと聞いていたが、念の為に自分の眼で見て判断しようと思ったのである。に話し掛けられてもすぐに姿を消してしまっていたのは、一応警戒をしていたからだ。しかしここ暫く観察した結果、特にこちらに危害を加える様子も無く、その上チルタリスにもたった今、「そろそろ良いんじゃないの?も君と仲良くしたいんだけれど……って気にしてたよ」と言われ、こうしての前に漸く姿を現したのだった。
そのことを知らないはどうして急にシャンデラが目の前でこうして大人しくしているのか不思議だったが、そんなことは気にしても仕方ない、それよりもシャンデラが逃げずにいてくれて嬉しいことだと笑顔を浮かべた。
「……これからよろしくね」
がそっと話し掛けると、シャンデラは小さな声で鳴く。シャンデラが返事をしてくれたことに思わずはにかんだだったが、思い出したように買い物!と声を上げた。チルタリスは忘れていたのか、という半ば呆れた眼でを見ると、が乗り易いように姿勢を低くする。謝りつつもチルタリスの背にが乗ると、ヌケニンもの前に乗った。
「それじゃあ、買い物に行ってくるね。チルタリス、お願い」
の声でチルタリスは風の流れを掴んで飛び上がった。みるみる屋敷とユキメノコ達が小さくなる。
「あれ?」
が屋敷の方へと目を向けたままそう呟いたので、チルタリスとヌケニンも屋敷の方へと振り返る。すると、シャンデラがこちらへと向かってくるのが見えた。チルタリスが飛行速度を落とすと、シャンデラがチルタリスに並ぶ。
「シャンデラは街に行ったことが無いの?一緒に行ってみる?」
シャンデラはの言葉に元気よく鳴いた。どうやら街がどんな場所か気になるらしい。チルタリスはシャンデラに向かって鳴き声を上げると、翼を強く羽ばたかせた。ぐんと飛行速度が上がり、シャンデラもチルタリスの後を同じようについてくる。街へ向かいながら、シャンデラはヌケニンとチルタリスと何かを話しているようだった。けらけらと笑って盛り上がっている様子に、シャンデラはこんな風に笑うポケモンなのだとは驚いた。いつも姿を見掛けてもすぐにいなくなってしまっていたし、まともに姿を見たのも先程が初めてなのだから当然のことなのだが、はまだシャンデラのことを何一つ知らないのだ。
そこで、は屋敷に棲み付いている他の仲間達の姿を思い浮かべる。シャンデラだけではなくて、きっと屋敷の仲間達のことで知らないことはたくさんあるのだろう。中には二年程の付き合いになる仲間もいるけれど、それでも全てを知るには短い時間だ。これからもみんながあの場所にいてくれるのなら、みんなのことをもっと知りたい。その為にも、自分にできることなら何でもしたいとは強く思う。
が遠くを見つめたまま一言も喋らないからか、ヌケニン達と会話をしていたチルタリスが振り返って首を傾げた。ヌケニンもの腕の中で不思議そうに鳴いている。それにはっとすると、考え事をしていたの、とはチルタリスの首を撫でた。チルタリスはそれで納得したらしく、力強く羽ばたくと遠くに見え始めた街に向かって高度を徐々に下げてゆき、シャンデラもその後に続く。街に着いたのは、昼前のことだった。
***
街に着き、買い物をするためスーパーマーケットへと向かっている途中、達は広場で足を止めた。何かイベントを行うようで、広場がたくさんの人で賑わっていたのだ。
「……あの、何かあるのですか?」
すぐ傍にいた男性にが声を掛けると、その男性は知らないのかい、と驚いた顔をした。
「今日はバトル大会があるんだ。それも上位三名までは賞品が出るらしいよ!」
「バトル大会?」
「ほら、あそこで参加の受付をやってるよ。君も参加したらどう?」
「へえ……、教えて下さりありがとうございます」
そう告げて男性から離れると、は教えられた受付へと向かう。受付には案内役の女性が立っており、その横には大会の賞品の目録が大きな木のボードに貼り出されていた。チルタリス達も大会の賞品が気になるようで、の隣でその木のボードをまじまじと見詰めている。
「三位はポイントアップ、二位はサンの実やスターの実などの珍しい木の実も入った木の実の詰め合わせ、一位は不思議な飴と技マシンだって!しかも、上位に入賞したら下位の賞品も貰えるみたい」
がチルタリス達に目を向けると、ヌケニンが「木の実の詰め合わせ」の所を指し示した。どうやらヌケニンはこの木の実の詰め合わせが欲しいらしい。確かに街には食材の買い物のついでに庭に植える木の実を買いに来たので、これで手に入れることが出来たら丁度いいだろう。
「でも二位以上にはならないといけないんだよねえ……難しそうだけれどチルタリス、大会出てみる?」
が尋ねるとチルタリスは構わないと言うように頷く。それを見たは、よし、やってみようかと頷くと大会に出るために受付へと向かったのだった。