ランプラーと流れ星

食堂のテーブルに置いたノートパソコンのキーボードを打つの姿を、二つの影が少し離れた所から窺っている。ゆらゆらと揺らめく怪しい炎が特徴的な、ランプラーとシャンデラである。誰かが屋敷に連れてきたのか、はたまた勝手にこの場所に辿り着いて棲み付くようになったのかは分からないが、この二匹は数週間程前からこの屋敷で少しずつ姿を見掛けるようになったポケモンだ。初めて二匹の姿を目にした時は流石にも驚いてしまったが、屋敷の仲間達と親しげな様子を見て、まあいいかと特に気にも留めず、そうしている内にランプラーとシャンデラの二匹は元から棲み付いている屋敷の仲間達と喧嘩をする様子も無く、いつの間にか馴染んでしまったのである。

人間であるにはまだ流石に慣れてはいないようだが、こうしてが何かをしていると気になるようで、興味を示しては時々様子を伺ってくるのだ。

「……えーっと、どうかした?」

さすがにずっと見詰められているとも気になって集中出来ないのか、椅子の背凭れに腕をかけると振り返る。すると少し離れた所で左右に浮かんでいた二つの影は、慌てた様子でぱっと消えてしまった。ランプラーとシャンデラはどうやら臆病な性格なのか、いつもこんな調子だ。出来ることなら勿論他の仲間達のように親しい友達や家族のように仲良くなりたいのだが、一体どうしたらいいのやら。と、床の上で丸くなっているチルタリスへとが視線を投げかけると、チルタリスは欠伸を漏らしながら首を傾げた。

「チルタリスは、……そうそう、ランプラーとシャンデラの二人とは話したことがあるの?」

疾うに返却してしまったが、以前ヒトモシのことを知るために借りた図書館の本のページを頭の中で思い浮かべ、新しい二匹のポケモンの名前を何とか思い出したがそう尋ねると、チルタリスは眼を細めて笑顔で頷いた。

「人間と野生のポケモンがそうそう仲良くなれるとは思っていないけれど、どうしたらいいのかなあ」

チルタリスの顎を人差し指で擽るように撫で、それから手のひらで頭を撫でるとチルタリスはの手のひらに頭を押し付けながら、ちるる、とソプラノのよく通る声で鳴いた。ふふ、と笑い声を零しながらはチルタリスの頬に両手を添える。

「他のみんなとはすぐに友達になれたからって、急いでも仕方ないよね」

この屋敷に棲み付いているたくさんの野生のポケモン達は珍しくフレンドリーだったというだけで、本来ならゲットもしていないポケモンと親しくなることは難しいのだ。チルタリスもの言葉にそうだと同意するように短く鳴く。はチルタリスの頭をもう一度撫でると、再びノートパソコンへと向かったのだった。

それから暫くして漸く仕事を終えたは、ノートパソコンを閉じるとぐっと両腕を前に突き出して伸びをする。ううんとが唸ると、の隣、床の上でいつの間にか眠っていたチルタリスが重たげに瞼を開けた。それから漸く終わったのかと尋ねるように首を傾げたので、は椅子から立ち上がるとチルタリスの頬を指先でつつきながら、食堂の壁に掛けられている時計に目を向ける。

「わっ!もうこんな時間!」

仕事に集中していた為に気が付かなかったが、時刻はもう夜の八時を過ぎていたのだ。夕食の支度をしなければならないと慌ててキッチンに向かったの後を、やれやれといった様子でチルタリスも追う。その数分後にはキッチンから聞こえるとチルタリスの声を聞きつけたサマヨールやジュペッタが、夕食の用意の手伝いをするからと姿を現すと更にキッチンは騒がしくなり、あっという間に夕食の支度は終わったのだった。



***



ランプラーとシャンデラと特に交流も無いまま、更に数日が経った日のことだ。二階の廊下の突き当りから出られるバルコニーでが夜風に当たっていると、誰かがやって来た気配がしたのでは振り返る。するとそこにはヒトモシとムウマージがいて、ヒトモシはに向かって飛び付いた。それを慌てつつもしっかりと腕を広げて抱き止めたは、腕の中で楽しそうに声を上げたヒトモシに目を向けながらどうしたのかと尋ねる。するとヒトモシはの顔を見上げて笑い、それからの身体により一層擦り寄った。ヒトモシはただ単にに会いたかっただけで、ムウマージがを探すヒトモシをここまで連れて来たのだ。

何となく特に理由も無いのかと思ったがヒトモシの背中を手のひらで優しく撫でると、ヒトモシは擽ったそうに身を捩る。そんなヒトモシの様子にムウマージは穏やかに笑うとの隣に並び、バルコニーの下を見下ろした。 バルコニーの下には玄関の横と同じように庭があるのだが、 ヒトモシの背中を撫でながらがムウマージに釣られるようにバルコニーの下を見下ろすと、そこを丁度ヨマワルがヤミラミと一緒に散歩をしているのが見えた。赤い特徴的な一つ目と、宝石のように煌く二つの目が並んでそれぞれ妖しく光っている。

二匹の様子を眺めながら、は下に広がる庭について考えていた。玄関横の庭に比べ、バルコニーの下に広がる庭は幾分花が少ない。こっちの庭にももう少し花を植えようか、と思案していると、ムウマージがの顔を覗き込んだ。考え事をしていたので、知らず知らずの内に難しい顔をしてしまっていたようである。むむう、と鳴きながらこてんと首を傾げたムウマージに、は笑いかけた。

「こっちの庭は何だか寂しいから、花か木の実でも埋めようかと思って」

そう言うとムウマージとヒトモシは顔を見合わせて燥いだ声を上げた。どうやら賛成のようだ。すると二匹の声を聞き付けたヤミラミとヨマワルが、バルコニーを見上げて何だ何だと騒ぐ。

「ヤミラミとヨマワルにも教えてあげて。こっちの庭にも、今度花か木の実を植えようかって」

そうが言うと、ヒトモシはするりとの腕を抜け出して、姿を消した。その後を追うようにムウマージも姿を消す。その数秒後にはバルコニーの下に姿を現したヒトモシとムウマージが、ヨマワルとヤミラミと一緒になって楽し気に話す様子が見えた。そして賑やかなその光景を、手摺に肘をついて眺めていただったが、またも誰かがやって来た気配がしたので誰かなと思いながら振り返る。

てっきりジュペッタか、悪戯をしにきたゴーストかゲンガーだと思ったのだが、そこにいたのは意外にもランプラーだった。驚いたがぱちぱちと数度瞬きをすると、ランプラーは少し恥ずかしそうに俯く。はランプラーを驚かせないようにそっと静かにしゃがみ、それからランプラーに向かって小さな声で話し掛けた。

「……こんばんは、ランプラー」

ランプラーは俯いたまま、左右に小さく身体を揺らす。はランプラーの様子を、何もせずにじっと眺めていた。ランプラーは暫くの間もじもじとしていたが、軈て意を決したように一歩へと近付くと、何と片手をそっと差し出したのだ。突然手を差し出されたは、その意図を掴めずにきょとんとランプラーの顔を見詰めた。俯いているためにランプラーの顔の表情は伺い知ることは出来なかったが、ランプラーの差し出した手を見詰めていたは、少しの間を置いた後にああ、と声を上げる。

「チルタリスとか、他のみんなから聞いて知っているかもしれないけれど……私は、。よろしくね、ランプラー」

そう言ってランプラーの差し出した手を、同じように差し出した手で優しく握ると、ランプラーが恐る恐るきゅうと握り返す。は一つ勘違いをしていた。ランプラーは臆病な性格では無く、照れ屋な性格だったのである。の前に中々姿を現さなかったのも、臆病な性格でのことを怖がっていた訳では無く、照れ屋な性格で恥ずかしかっただけなのだ。ランプラーはゆっくりと俯いていた顔を上げ、軈てと眼を合わせた。ランプラーと目を合わせたが柔らかく笑みを浮かべる。そのまま数秒が経過するとランプラーは恥ずかしくなってしまったのか、俯いたかと思うとバルコニーの開け放たれたままだった扉の陰にさっと姿を隠してしまった。突然のランプラーの行動に驚いたが目を見開いてバルコニーの扉を見詰めていると、その陰からランプラーがゆっくりと顔を覗かせる。

「ランプラー、おいで。大丈夫だよ」

が呼び掛けるとランプラーは少し悩む素振りを見せたが、もう一度の元へと向かってくる。そしての足元までやって来ると、くるりと回った。はランプラーの様子を伺いながら、手摺に肘をつく。そしてわあ、と声を上げた。

「ねえ、ランプラー。見て!綺麗だよ」

の声に、一体何だろうと思ったランプラーはふわりと飛び上がると手摺の上に乗った。そしてすぐにの言葉の意味を理解する。バルコニーから見える夜空には、眩く輝く星達が零れ落ちそうな程に散らばっていたのだ。

「何だか吸い込まれそうだね」

の言葉の通り、吸い込まれるような錯覚を覚える美しい星空だ。ランプラーの瞳にも星の光が映り込んできらきらと輝く。はランプラーに目を向けると、どう?と笑った。先程よりも幾分緊張の解けた顔で、ランプラーは頷く。それを見たは、再び夜空へと目を向けた。それに釣られるように、ランプラーも夜空を見上げる。正にその時だ。長い光の尾を引いて、一つの星が流れたのである。

「今の、見た?」

驚いた顔でがランプラーに目を向けると、ランプラーも驚いたように眼を瞬かせ、それから大きく頷いた。は興奮した様子でランプラーの手を両手で握ると、続け様に口を開く。

「流れ星、初めて見たかもしれない!」

ランプラーはに強く手を握られて、恥ずかしいのかみるみる内に顔が赤くなり、挙動がそわそわと怪しくなってゆく。しかし先程の流れ星に夢中になっているはそれに気が付かず、もう一度見たい、突然のことだったから願い事をする暇が無かった、などとランプラーに矢継ぎ早に話し掛けた。

「……ランプラー?」

ランプラーの反応が無いので不思議に思ったが声を掛けるのと同時に、ランプラーはひゃあと大きな声を上げての手を振り払う。そして唖然としているの目の前で、あっという間に姿を消してしまったのだった。

慌てたがバルコニーから屋敷の中へと戻るも、何処にもランプラーの姿は見えない。

「ランプラー!ごめんねー!……どこー!?」



屋敷の中ではランプラーを探すの声が、バルコニーの下では丁度同じように流れ星を目にしたヨマワルとヒトモシが、流れ星を見ていなかったヤミラミとムウマージに流れ星?本当に?どこ?と詰め寄られ、屋敷の屋根の上ではしっかりと流れ星を見ていたフワンテとフワライドが燥ぎ回っている、いつもより少し騒がしい夜だった。


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