チルタリスにゲンガー、ヌケニンと見たことのないクラゲのようなポケモン達が波打ち際で繰り広げる水の掛け合いに、いつの間にかロトムやヨマワルまでもが参戦していた。そこから少し離れた砂浜では、ムウマやムウマージ、ユキメノコとプルリルが貝殻を拾っている。見たことのないクラゲのようなポケモンを訝しげにじっと見つめるヨノワールに、は困ったような表情を浮かべながら話しかけた。
「そんなに警戒しなくても、大丈夫なんじゃないかなあ」
隣に佇んで月を見上げているギラティナに背中を預けさせて貰いながらが言うと、ヨノワールはううむ、と唸って腕を組み直す。どうやらの言うことは分かってはいるものの、もしかしたら見たことの無いあのポケモンが何かをするんじゃないかと様子が気になってしまうようだ。
「うん、大丈夫だよ」
勘だけれどね、とが付け足すと、ヨノワールの隣でミカルゲが呆れたように笑った。
「こら、笑わない」
ミカルゲはけらけらと笑っている。終いには釣られたようにヨノワールまでもが小さく笑い声を溢したので、自身も笑ってしまった。それからはギラティナに背を預けるのを止めると、チルタリス達へと目を向ける。そして私もちょっと遊んで来ようかな、とチルタリス達のいる方へと歩き出した。
が近付くと水の掛け合いは一度ぴたりと止んだものの、すぐに再開される。はそれをすぐ傍で見つめながら、見たことの無いクラゲのようなポケモンの様子を伺った。水色の身体に白い飾り、そして円らな瞳だ。はいつの間にかそのポケモンをまじまじと見つめてしまっていたようで、視線に気が付いたそのポケモンは最後に近くで砂山を作っていたカゲボウズ達に水を掛けると、の元へとふわふわと漂うようにしながらやって来た。
「じろじろと見ちゃってごめんね。見たことの無いポケモンだったから……」
が謝るとそのポケモンは首を傾げた。特に気にしていないらしい。それからそのポケモンはを観察するようにの周りをくるくると回った。今度はが首を傾げる。そうして見たことの無いポケモンがの周りを三回程回った所で、の頭上でぷわわ、という間の抜けたような聞き慣れた声が聞こえた。と見たことの無いポケモンが揃って見上げると、海の上を潮風に乗って散歩をしていたフワンテとフワライドが帰って来たのだ。
「フワンテ、フワライド、おかえり。海の散歩はどうだった?」
が手を広げるとそこにフワンテがやって来て、の腕の中にすっぽりと収まった。フワライドはの隣に浮かぶと満足したように鳴き、それから見たことの無いポケモンをじっと見つめる。海に来てすぐに散歩に行っていたので、フワンテとフワライドもこのポケモンを目にするのは今が初めてだったのだ。
「何ていうポケモンかは分からないんだけれど、みんなと仲良くなったみたい」
フワンテとフワライドは顔を見合わせる。それから揃ってぷわぷわと鳴くと、そのポケモンと一緒に砂浜を歩き出した。どうやら今度は三匹で散歩をするようだ。ポケモン同士ということもあってか、打ち解けるのが早いなあ、と微笑ましく思いながらは三匹を見送った。
それから暫くした頃、貝殻を集めているユキメノコ達の手伝いをがしていると、不意に背中をとんとんと優しく叩かれたのでは振り返る。するとそこにはあの見たことの無いクラゲのようなポケモンがいた。いつの間に散歩から帰ってきたのだろう、と思いながらがどうしたのかと尋ねると、そのポケモンは触手のような手をすっと差し出す。その差し出された手の中で、月明かりを受けて何かが煌めいた。
「……見ても良い?」
そのポケモンが頷いたので、礼を言ってからはそれを恐る恐る手にする。赤い色をした、星に似た石だ。はこれを書斎にある本の写真で見たことがあった。確か、「星の欠片」と呼ばれる珍しい石である。
「わあ……、とても綺麗だね」
月明かりに翳しながらが言うと、そのポケモンは得意気に頷いてから立ち去ろうとした。慌てては引き留める。
「えっ、これ、もしかして私に?」
こんな珍しい物、そうが言うとそのポケモンは不思議そうに首を傾げ、にこにこと眼を細めた。
「あの……ありがとう」
突然のプレゼントに驚きつつもが笑顔を浮かべると、そのポケモンは頷く。そしてふいとから顔を背けると、またふわふわと波打ち際の方へと行ってしまった。恐らくまた何かを探すのだろう。はそのポケモンの後ろ姿を見つめていたが、暫くすると星の欠片に目を移し、それからヨノワール達の元へと向かった。
がやって来ると、とあのポケモンが何やら話していたのを見ていたらしいヨノワールが首を傾げた。はヨノワールにふふん、と得意気に笑うと、柔らかく握り締めていた右手を突き出す。
「プレゼント、貰っちゃった」
が突き出した手を広げると、ヨノワールの横にいたミカルゲとギラティナも何だ何だと顔を近付ける。の手のひらの上で月明かりを受けて煌めく星の欠片に、ミカルゲが驚いたように声を上げた。ヨノワールもふむ、と感心したように頷く。達が波打ち際に目を向けると、今度はあのポケモンがヤミラミに何かを渡している所だった。光り物が大好きなヤミラミは何かを受け取ると分かりやすいくらいに喜び、ぴょんぴょんと跳び跳ねている。
そうして暫く屋敷の仲間達のそれぞれ和やかな様子をは眺めていたが、突然はっとしたように声を上げた。
「あっ、そろそろ帰らなきゃ……」
ギラティナがの言葉に同意するように鳴く。いつ人が来るかも分からないしそろそろ帰ろう、と言うと星の欠片をポケットに仕舞ったは砂浜で遊ぶ仲間達の元に向かった。
「みんな、そろそろ帰るよー!」
が声を掛けると貝殻を拾っていたムウマやムウマージ、ユキメノコとプルリルがすぐにの元へとやって来た。続いて砂山を作って遊んでいたデスマスとヌケニン、ゴースがやって来る。軈て砂浜での宝探しに満足したヤミラミ、追い駆けっこをしていたロトムにゴーストとデスマス、水の掛け合いでびしょびしょになったチルタリスにヨマワル、ジュペッタとゲンガーが集まった。フワンテとフワライドが散歩から帰ってきて、いつの間にやら海岸沿いに生えている木の実を取りに行っていたヌケニンとデスカーン、サマヨールにカゲボウズ達も揃った所で、は一人ぽつんと波打ち際で達を見つめる水色のポケモンへと振り返る。
「あなたは海に帰る……よね?」
野生のポケモンなのだから、当然そうだろうと思いつつも何故かはそう尋ねていた。そのポケモンは円らな瞳で達をじっと見つめている。ざあざあと波が音を立てた。屋敷の仲間達も振り返り水色のポケモンを見つめる。水色のポケモンはこてんと首を傾げると、少し困ったような顔をした。
するとその様子を見たチルタリスやヨマワルが何やらそのポケモンに声を掛けた。水色のポケモンの首が今度は反対側に傾く。それらの様子から、何と無くは屋敷の仲間達はこのポケモンに屋敷にくればいいと言っているのだろうなと思った。何せ今までだってそうだったのだ。分け隔てなく誰とでも仲良くなることの出来るこの仲間達は、そうして集まったのだから。
「みんな、屋敷においでって言ってるんでしょう?」
近くにいたチルタリスにが確認すると、チルタリスは頷いた。それを見てやっぱり、と頷いたは口を開く。
「あなたは野生のポケモンなんだから、どこへ行くのも自由だと思うよ。海に帰るのも、ここにいるみんなの言う通りにお屋敷に来てみるのも、どちらでもあなたのしたいようにしたら良いと思う」
それを聞いた水色のポケモンは少し迷う素振りを見せたが、軈て達の元へとゆっくりと近付いて来た。そしてにこりと笑うと、屋敷の仲間達はわっと歓声を上げたのである。
来た時と同じようにしてと屋敷の仲間達が屋敷へと帰る途中、水色のポケモン───ブルンゲルは海のあった方へと振り返る。辺りは海では見たことの無い程の木々が生い茂っているために海はもう見えない。海のあった方へと眼を向けながら、ブルンゲルは故郷の海を思い出す。イッシュの海から旅をして辿り着いたこの地方の海では当然のように仲間などおらず、少し心細く退屈な毎日が続いていた。そんな時に出会ったのが彼等だ。種族なんて全く違うのに、そんなことは気にせずに一人でいた自分に声を掛けてくれたことがとても嬉しかった。だから、彼等に一緒に「帰ろう」と言われて、そうしようと心に決めたのだ。
「帰ったら、あなたの名前を調べないとね」
ぼうっとしていた所でに話し掛けられたので、ブルンゲルは慌ててへと顔を向けた。そんなブルンゲルの様子には笑う。
「ああ、それから。星の欠片、大事にするね」
ブルンゲルも眼を細めて笑う。そうしてブルンゲルがや屋敷の仲間達と会話をしていると、木々の間から大きな屋敷の屋根が見えた。屋敷の仲間達が屋敷の玄関の扉に向かって駆けてゆく。その後をブルンゲルも遅れて追った。その様子をチルタリスの背に乗ったが笑いながら見つめる。が水色のポケモンの名前を知るまで、あと少し。