ブルンゲルと海

じりじりと容赦なく照り付ける太陽の熱はまだまだ弱まりそうに無い。買い物をしに街を訪れていた達は街を囲む海の傍の公園にやって来ると、木陰の下のベンチに荷物を下ろして座り込んだ。

「駄目だ、暑すぎるよ……」

手の甲で額の汗を拭いながらが呟くと、の肩からベンチに降りたヤミラミがギィギィと鳴きながら頷いた。ヤミラミは地面のアスファルトが熱すぎてとても歩いていられない為、移動する間中の肩に張り付いていたのである。ベンチに突っ伏したヤミラミを見たムウマージが、移動する間中肩に張り付かれていたらも大変だわ、と溜め息を吐くとヤミラミはぐっ、と唸った。そんな二匹を眺めながら、フワライドは木陰の下だといくらか暑さもマシになるなあとほっと息を吐く。それから屋敷で留守番をしているチルタリスは大丈夫かな、と考えた。が出掛ける時は大抵チルタリスに乗るのだが、綿のような翼を持つチルタリスは暑さに弱く、また暑さの中飛ぶのは普通よりも酷く疲れるのだ。その為今日はフワライドがを街へと運んだのである。

「みんなも喉が渇いたでしょう?何が良い?」

すぐ傍の自販機へと目を止めたが立ち上がるとムウマージとフワライドは顔を見合わせて喜び、ヤミラミはの背中に飛び付き、そして肩へとよじ登った。ヤミラミと目を合わせたは笑顔を浮かべる。

「ヤミラミ、みんなの飲みたい物を聞いてボタンを押してくれる?」

ヤミラミが頷いたのを確認すると、は自販機の前へと移動する。そしてお金を入れるとヤミラミはムウマージとフワライドの希望通りのボタンを押した。それからヤミラミが自分の分のボタンを押したのを確認すると、も自分の分のおいしいみずのボタンを押す。それからヤミラミにサイコソーダを渡し、ムウマージの分のおいしいみずとフワライドの分のミックスオレを手にベンチへと戻った。ベンチに再び座ったからよく冷えた缶を受け取ったムウマージとフワライドは礼を言うように鳴くと缶の蓋を開ける。ぷしゅ、という音は何だか心地が良いものだ。はおいしいみずを飲みながら、時折吹く潮風に目を閉じる。外は確かに暑いのだが、木陰の下で感じる潮風はひんやりと涼しい。

「潮騒が聞こえるね」

潮風に目を閉じていたが海の方へと目を向けると、ムウマージがおいしいみずの缶から口を離して頷いた。

「みんなは海を見たことがあるのかな?」

ふと感じた疑問を口にすると、三匹は揃って突然どうしたのかと首を傾げた。そもそも今は屋敷に棲み着いているが、前の管理人が屋敷に住んでいた頃はみんなはどこで暮らしていたのだろうか、とは首を捻る。海の傍に棲んでいたのであれば当然海は見たことがあるだろうし、逆に山奥の洞窟に棲んでいたのならば海なんて見たことがないだろう。そこまで考えて、は屋敷の彼等とは何だかんだ長い付き合いとなっているが、まだまだ知らないことばかりなのだと思った。

「帰ったらみんなに聞いてみようかな。それで、みんなで海に行きたいな」

フワライドがいいね、と賛成するようにぷわぷわと鳴くとヤミラミも白い歯を見せて笑った。ムウマージも眼を細めている。

「よし、一休みもしたし帰ろうか」

空になった空き缶をごみ箱に捨ててから置いていた荷物を手にすると、は来た時と同じようにフワライドに乗った。ヤミラミもの膝の上に座る。フワライドはとヤミラミが乗ったのを確認すると、僅かな風を掴んでムウマージと共に浮かび上がった。




昼下がりに屋敷へと達が帰ってくると、玄関の両開きの扉が開いてゴーストやジュペッタ、デスマスが飛び出して来た。がただいまと笑うと、ゴースト達もおかえり、と言うように鳴いてから笑う。はそんな彼等を一撫ですると、フワライドに礼を言って買った物をしまうために食堂へと向かった。


「ひゃっ!」

冷蔵庫に買った物をしまっていた所で急に首に冷たいものが触れたので、驚いたが悲鳴を上げるとげらげらと笑い声が聞こえた。犯人は分かっている。が振り返ると案の定ゲンガーが笑いながら床を転げ回っており、その側には長い舌を出して笑うゴースもいた。先程の冷たいものはゲンガーの手だったのだ。

「あーあ、せっかく良い物をあげようと思ったのになあ」

が態とらしく言うとゲンガーは慌てて飛び起き、ゴースも慌てて口を閉じる。がどうしようかなあ、と言うとゲンガーは焦ったようにの足をぺちぺちと叩いた。

「またやったら擽っちゃうからね」

うげっと声を漏らしたゲンガーに、は街で買ってきたポロックの袋を渡す。それを見たゴースの眼が分かり易い程に輝いた。

「二人占めしたら駄目だからね。ちゃんとみんなで食べるんだよ?いい?」

大人しく頷いたゲンガーとゴースに、はよし、と頷く。それを見たゲンガーとゴースは早速ポロックを一つ取り出して齧ると、言われた通りにする為他の仲間達が揃っているであろうホールのある方へと壁をすり抜けていった。それを見送ったは、早めに済ませておこうと夕食の下拵えに取り掛かる。

途中ポロックをいくつか持って現れたサマヨールとヨノワールの助けもあって夕食の下拵えを手早く終えたは、ホールへと向かった。さすがゴーストタイプと言うべきか、仲間達が集まっているホールは格段にひんやりとしている。がホールに姿を現すとムウマとプルリルがふわふわと漂いながら近付いてきたので、は二匹の頭をそれぞれ優しく撫でた。衝撃的な出逢いだったプルリルも少しずつに懐いてくれているようで、自身の頭をゆるりと撫でるの手のひらに眼を細めている。そうしているうちに少しずつ屋敷の仲間達が周りに集まりだしたので、はみんなは海に行ったことはあるの?と尋ねた。

するとプルリルは当然と言うべきか頷き、ヤミラミもポロックを頬張りながら頷いた。他に頷いたのはフワンテとフワライドだけだ。どうやら他の仲間達は見たことはあっても行ったことは無いらしい。すると何故そんなことを尋ねるのか、と言うようにポロックで頬を膨らませたチルタリスが首を傾げた。

「えーっと、みんなで海に行きたいなー……なんて」

が言うや否や、屋敷の仲間達は途端に騒ぎだした。慌ててが落ち着いて、と声を上げると僅かに騒ぎ声のトーンが小さくなる。

「あのね、行くって言っても夜だよ。暑過ぎると体調も悪くなりやすいし……」

暑い中燥いだりなんてしたら、少なからず誰かが倒れそうだと思いながらは言う。それに暑さが特に苦手なヌケニンやユキメノコが可哀想だ。が言うとわいわいと騒いでいた仲間達は顔を見合わせた後に納得したように頷き、それからまた騒ぎだしたのだった。



太陽が漸く沈んで涼しい夜風が吹くようになった頃、達は街の公園にいた。昼間、買い物帰りにやヤミラミ達が一休みしたあの公園だ。

「絶対に、煩くしすぎたら駄目だからね」

公園を抜けて防波堤沿いの道を歩き、砂浜へと続く階段を目指しながらが口にすると屋敷の仲間達は揃って頷く。そうしてわいわいと話しながら歩いていると軈て砂浜へと降りる階段へと着いた。途端にゴースにゴースト、ゲンガーとジュペッタがいつもの追いかけっこの調子で走り出す。

「さっき注意したばっかりなんだけどなあ」

が苦笑するとミカルゲが姿を隠しているかなめ石を念力で運んでいたヨノワールが困ったように頷いた。ムウマージもやれやれといった様子で砂浜を波打ち際目掛けて走るゴース達を見つめている。

「まあ、海を見たことがないらしいから仕方ないのかな」

そう言いながらはふとカゲボウズやムウマ、デスマスにヌケニンもそわそわとしているのに気が付いた。そこでが遊んでおいでと笑うとカゲボウズ達は嬉しそうに鳴いてゲンガー達の元へと向かってゆく。その後を少し遅れてロトムとサマヨールもついていった。そしてとヨノワール、ムウマージとデスカーンがのんびりと砂浜に到着し、一番最後にユキメノコとプルリル、ヨマワルが着いた所でヨノワールがかなめ石を砂浜に下ろす。すると達の傍に、突然夜の闇の中でも分かる程の大きな影が現れた。少し離れた所の波立たない静かな入り江から先に到着していたギラティナだ。海に行く前、庭に姿を現したギラティナにもは声を掛けていたのである。

「これでみんな揃ったね」

影から姿を変えて砂浜に静かに降り立ったギラティナに声を掛けるとギラティナも何処と無く嬉しそうに頷くと海を見つめ、砂浜に置かれたかなめ石からミカルゲも姿を現すと海を見て感嘆の声を漏らした。波打ち際で、ジュペッタやヤミラミが足の間から波に砂が浚われてゆく感覚にぎゃあぎゃあと笑い合っている。その様子を微笑ましく眺めていた所ではチルタリスに呼ばれた。チルタリスの元へが向かうと、チルタリスが嘴で何かを差し出す。手のひらでそれを受け取って見ると、それは小さく真っ白な貝殻だった。

「私にくれるの?ありがとう!」

チルタリスがソプラノの声で美しく鳴く。は口元に緩く弧を描きながらチルタリスの首を撫でると、波打ち際で何やら砂の山を作っているヌケニン達に目を向けた。そして、ふとある所に視線が釘付けになる。波打ち際でヌケニンといつの間にか追いかけっこを止めたゲンガーとジュペッタ、それにデスマスが砂をせっせと集めて山を作っているのだが、その中に混じって見たことの無いポケモンがいるのだ。大きなクラゲのような姿をしており、ふわふわとヌケニン達に混じって浮かんでいる。

「あれ、何だろうあのポケモン」

チルタリスは困ったように首を傾げる。その時少し強い波が寄せたかと思うと、ざばんと音を立ててヌケニン達に水飛沫が飛んだ。途端にゲンガーが砂山から離れて波をヌケニンやその見たことの無いポケモンに向かって蹴る。するとそのポケモンはゲンガーに対抗するように波を腕で掬ってゲンガーに掛けた。ゲンガーはゲゲ、と笑う。

「何だか仲良くなったみたい」

の言葉にチルタリスは頷くと、その見たことの無いポケモンの元へと近付いていった。どうやら水の掛け合いに参戦するようだ。はヨノワール達の元へと戻ると、見たことの無いポケモンがいるねと話し掛け、それから暫くの間水の掛け合いをするチルタリスやゲンガー、それに見たことの無いポケモンの様子を眺めていたのだった。


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