デスマスと迷子

次の日の朝、つまり親戚との集まりの日の前日に、とチルタリスとデスマスはライモンシティを散策していた。三人共ライモンシティは見たことが無かったので、 デスマスを古代の城へと送る前に観光することにしたのだ。はチルタリスを入れるボールしか持ち合わせていなかったが、幸いにもライモンシティにある遊園地や、ミュージカルホール、それからリトルコートなどはポケモンをボールから出したままでも入場することが出来た。そしてデスマスははしゃぎはするものの、周りに迷惑を掛けるようなことはしなかったので、は仲良くミュージカルを眺めるチルタリスとデスマスを眺めながら、良かった、と思わず安堵する。

「ミュージカル、楽しかった?」

ミュージカルの公演が終わった後、昼を過ぎたライモンシティの街を歩きながらが尋ねると、二匹は揃って頷いた。チルタリスとデスマスは、もうすっかり打ち解けたようだ。そんな二匹を見つめながら、は口を開いた。

「この後、デスマスは古代の城に帰らなきゃいけない訳だけど…」

デスマスの赤い瞳が、僅かに揺らぐ。チルタリスも、はっとしたような表情を浮かべた。どんなに楽しい時でも、いつかは終わりが来てしまうものなのだ。だが、はそんな二匹に向かって笑顔を浮かべると、二匹の前にしゃがみ込んだ。

「…デスマスは、古代の城に帰りたい?」

砂漠で迷子になっていた時、デスマスは棲み処に帰れなくなっていたから泣いていたよね。でも今のデスマスは、昨日のあの時と同じような泣きそうな顔をしてるから…素直な気持ちを、聞かせて欲しいの。そう言ってから、再度が「古代の城に帰りたいか」を優しく尋ねると、デスマスはふるふると首を振った。それから泣きそうな表情を浮かべたかと思うと、その黒い手で、チルタリスの柔らかな綿のような羽毛と、眼の前にしゃがみ込むの手を握ったのだ。

「…じゃあ、私達と一緒に来る?」

まるで縋るように弱々しく握ってきたデスマスの手を、は優しく握り返すとそう告げた。デスマスは俯いていたが、の言葉を聞くとぱっと顔を上げる。デスマスの赤い瞳は、相も変わらず揺らいでいた。

「私達ね、大きいお屋敷に住んでいるんだけど、そこにはデスマスみたいなゴーストタイプのポケモン達がたくさんいるんだ。みんなとってもいい子だから、きっとデスマスが来たら歓迎してくれるよ」

それを聞いたデスマスは、チルタリスの羽毛との手を握っていた手を離すと、の首にしがみついた。そんなデスマスの身体を、あやすようには撫でる。



自分の棲み処はたくさんの人間に荒らされる日が続き、それに驚いて砂漠に出れば迷ってしまい、と、不安なことばかりが続いていたデスマスにとって、出逢ってから間もないにも関わらず、自分を気遣って接してくれるとチルタリスの傍は何故か不思議と安心出来た。それなのに、自分はまたあのたくさんの人間に荒らされる棲み処に帰らないといけないのだと思っていたデスマスにとって、の言葉は嬉しいものだったのだ。

「みんな、新しい友達が出来るって喜ぶだろうね」

の言葉に、チルタリスも嬉しそうに頷いた。ポケモン同士ということもあって、よりも多くの言葉をデスマスと交わせるチルタリスは、デスマスを心配していたのだ。

「よし、じゃあこのままライモンシティを観光しちゃおう!」

そう言ってが立ち上がると、デスマスとチルタリスは賛成だというかのように鳴いた。そうして三人は、その日心行くまでライモンシティの観光を楽しんだのだ。


次の日の親戚との用事を終えた夜、達三人は帰りの船に乗っていた。は手帳から以前サマヨールが撮ってくれた屋敷の仲間達が写った写真を取り出すと、デスマスに手渡す。

「ほら、たくさんいるでしょう?みんなデスマスと一緒のゴーストタイプなの」

ここ二年程でイッシュ地方は勿論のこと、達が住む他の地方などは野生の生態系が変わった。そのためデスマスも古代の城でサンドパンやヤジロンなど、数年前には見られなかった他の地方のポケモン達を見掛けたりしたが、の見せてくれた写真のポケモン達は揃って見たことが無い。そのためデスマスが興味津々といった様子で写真を見つめると、「この船で三日後には着くから、そうしたら会えるよ」とは笑った。

そしてその三日後、は船を降りるとチルタリスの背に乗った。もちろん、デスマスも一緒だ。

「それじゃあ、チルタリス。よろしくね」

チルタリスは、任せてくれとでも言うかのように鋭く鳴く。そして力強く羽ばたくと、空へと舞い上がった。デスマスにとって見たことも無い街、見たことの無い緑の大きな森の風景が、ぐんぐん後ろへと遠ざかってゆく。それらをデスマスが見送っていると、不意にがデスマスを呼んだ。

「デスマス、ほら、見て」

が指差した方を見ると、森の木々の間、遠くの方に大きな屋敷の屋根が僅かに見えた。成る程、確かにこれは大きな屋敷だと頷くと、今度はがチルタリスに声を掛ける。

「ね、フワンテとフワライドがいる。気付くかな」

屋根の近くにふわふわと浮かんでいるポケモンがきっとその二匹なのだろうとデスマスが考えていると、がデスマスにあの二匹のポケモンがフワンテとフワライドなのだと教えてくれた。そしてそのフワンテとフワライドは達に気が付いたらしく、ふわりと風に乗ると達の方へと近付いてくる。軈て空中でとデスマスを乗せたチルタリスと、フワンテにフワライドが合流するとフワンテ達はぷわわと鳴いた。何となくそれがおかえりと言ってくれているのだと分かったは、ただいま、と笑う。それからに隠れるようにしていたデスマスをフワンテとフワライドに見えるように抱き上げた。途端にフワンテ達二匹は揃って興味津々といった様子でデスマスを見つめる。

「あのね、この子、デスマスっていうの。イッシュ地方のゴーストタイプのポケモンなんだ」


そこでがイッシュ地方での出来事を話すと、フワンテとフワライドはデスマスを歓迎するようににこりと笑った。みんなもきっと歓迎してくれるよね?とが言うと、二匹は元気よく頷く。そうして話しながらゆっくりと飛んでいる間に達は屋敷へと辿り着き、チルタリスは静かに高度を落とすと地面へと降り立った。

すると庭に出てきていたヌケニンとムウマ、三匹のカゲボウズ達がそれに気が付き、とチルタリスが帰ってきたと騒ぎながら屋敷の壁をすり抜けて姿を消した。にはポケモンの言葉が伝わるわけではないので、ヌケニン達が騒ぎながら姿を消したのを不思議そうに眺めるしかなかったが、数分もしないうちに屋敷が騒がしくなり、玄関の扉が勢いよく開いて屋敷の仲間達が雪崩れるように飛び出してくると、笑顔を浮かべた。

「みんな、ただいま!」

仲間達にぎゅうぎゅうと抱き付かれるを唖然とした様子でデスマスは見つめ、それから隣にいるチルタリスにいつもこんな感じなのかと尋ねた。それに対してチルタリスは大体こんな感じだよ、と笑いながら答える。それを聞いたデスマスは、これからの生活が楽しくなりそうだと同じく笑ったのだった。


それから屋敷の中に入ると、デスマスははによって屋敷の仲間達に紹介された。と出逢った経緯、そしてこの屋敷で暮らしたいのだということ、全てを話すと屋敷の仲間たちはわっと騒いだ。イッシュ地方の仲間が増えるなんて、とみんな大喜びをしたのである。誰一人反対することがない様子を見ては安心したようにほっと息を吐くと、だからみんな新しい友達ができるって喜ぶと思うよって言ったでしょう?とデスマスに笑った。の言葉に、デスマスは頷く。

「これからよろしくね、デスマス」

そしてがそう言って手を差し出すと、デスマスはきゅるると鳴いての手を握る。新しい場所、新しい棲み処、それがここで良かったと、デスマスは笑ったのだった。


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