月日の流れとは早いもので、がこの屋敷で暮らすようになってから二年が経った。この二年で変わったことと言えば、二年前にはパンジーしか咲いていなかった屋敷の大きな庭も、今ではすっかり色取り取りの美しい花が咲き乱れるようになったこと、そしてギラティナが以前よりも頻繁に姿を現すようになったこと、ユキメノコが平仮名以外にも片仮名を書けるようになり、サマヨールがを手伝ううちにお菓子作りが上手になったくらいだ。
あれだけのポケモンがいれば、誰かしら進化をするなりしてもいいようにも思えるのだが、屋敷の仲間達は元からの性格は勿論のこと、やチルタリスとの穏やかな暮らしの影響もあってかバトルをあまり好まない。そのため特に経験値を積んでレベルが上がることも無いので、姿形は二年前から変わっていないのだ。
そしてこの日も、いつものように玄関ホールで騒がしく追いかけっこを展開するゴース達をとチルタリス、ヤミラミにジュペッタが眺めていた時だ。屋敷の玄関の扉が開いたかと思うと、そっとムウマとフワンテが顔を覗かせた。それからするりと屋敷の中に入り込むと、二匹は階段に座るの元に向かい、の座る段より一つ程下の段にふわりと浮かんだ。
「どうしたの?」
達がどうしたのかと目を向けると、フワンテは細い足をに差し出した。その足には、一枚の封筒がある。
「ありがとう」
どうやらフワンテとムウマが外にいた所、丁度手紙が届いたらしく、それを二匹が届けに来てくれたらしい。は礼を言って二匹をそれぞれ撫でると、フワンテから手紙を受け取った。そして薄っぺらい手紙の封を開けるの手元をチルタリス達が何だ何だと覗き込むと、は手元が見えないと言って笑い、上に翳すようにしながら残りの封を開ける。中に入っていたのは、一枚の手紙だった。
「あー……」
手紙を読んだは、思わず呻いた。それを聞いたヤミラミとジュペッタが、揃って不思議そうに鳴く。チルタリスにムウマ、フワンテは首を傾げた。
「ああ、うん。親戚からの手紙だよ」
は手紙を封筒と重ねて溜め息を吐いた。
「親戚でちょっとした集まりがあるみたい。だから、私も来いって」
それを聞いたチルタリス達は、納得したように頷いた。はこの屋敷の前の管理人である老夫婦とは仲が良いのだが、その他の親戚がどうも苦手なのだ。今でこそはこの屋敷に来て良かったと心から思えるが、この屋敷の管理人を決める際に面倒だからとお互いに擦り付け合い、老夫婦とは一番遠い親戚と言っても過言では無い自分に半ば強引に押し付けた親戚が好きになれなかったのである。
「集まりは二週間後、イッシュ地方ライモンシティ三八の六……イッシュ地方なんて、行ったことないのになあ」
手紙の最後を再度見返して苦笑すると、チルタリスも苦笑した。それを見て、ヤミラミ達はも大変だな、と、やれやれという動作をして見せる。
「イッシュ地方ね……」
とチルタリスがもう一度漏らした溜め息を掻き消すように、ゴース達の燥ぐ声が重なった。
***
「そういう訳で、私は一週間程ここを留守にするね。イッシュには船で三日程で着くみたいだから、大体八日後に出発かな」
夕食時、食堂で屋敷の仲間達と揃って食事を取っていたが手紙のことを説明すると、ただでさえ騒がしかった食堂は更に騒がしくなった。その様子に、は慌てて付け加える。
「用事が終わったらすぐ帰ってくるし、大丈夫だよ」
それを聞いて、食堂は僅かに落ち着きを取り戻す。しかし今度は、ゲンガーが食堂のテーブルをばん、と叩いた。どうしたのかとが目を向けると、何やらきらきらと輝くような瞳でゲンガーはを見つめる。それを見たは、すぐにゲンガーの言いたいことが分かった。
「イッシュには、私とチルタリスだけで行ってくるよ」
途端に、ゲンガーが不満そうな声を漏らした。
「本当はイッシュなんて行ったことの無い場所、みんなと行きたいけれど……親戚の集まりの用事で行く訳だから、さすがにこの大所帯で行くのはね……かと言って、誰かだけ、なんてことも出来ないし」
ゲンガーは頬を膨らませたが、ヨノワールがうんうんと頷きながら宥めるようにゲンガーの背を軽く叩いた。
「だから、みんなには留守の間この屋敷をお願いしたいの。……良いかな?」
のお願いに、屋敷の仲間達は揃って笑顔で頷く。ゲンガーも最後にはケッ、とふて腐れながら、仕方ない、と言うように頷いた。
「ありがとう。安心して行けるよ」
頼もしい仲間達のお陰で、留守の間も特に心配しなくて大丈夫そうだ、と、はほっと息を漏らす。それから、寧ろイッシュに向かう自分が大丈夫かとは心配になったが、すぐに、長年の付き合いであるチルタリスというこれまた頼もしい相棒がいるのだから大丈夫だろう、と頷いた。
***
とチルタリスが出発する日、屋敷の仲間達は総出でとチルタリスを見送った。本当ならば街まで見送りをしたい所だが、流石にこの数では、という判断で屋敷の外までの見送りとなったが、とチルタリスはそれでも嬉しかった。更に庭には顔を出しに来たギラティナもおり、ヨノワールやムウマージから事情を聞いて一緒に見送ってくれたのだ。
「イッシュ地方、どんな所だろうね」
街にあるイッシュ地方行きの定期船が泊まる波止場まで向かう途中、チルタリスの背に乗りながらは呟いた。綿のような翼を羽ばたかせながらチルタリスは振り返る。そして、想像もつかないや、と言うように首を傾げた。
「良い所だといいね。みんなにお土産を買って帰ろうか」
笑顔を浮かべてそんな呑気なことを話しながら、とチルタリスは街に向かったのだった。