賑やかな場所には様々なものが惹かれてやってくるらしい。それは所謂幽霊と言われるようなものだったり、悪戯好きのポケモンだったり、そしてその賑やかさを羨む寂しがりな何かだったりと様々であるようだ。果たして、今の目の前に佇む存在は一体どれに当て嵌まるものなのだろうか―――。
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「帰りたい」
幾度目になるのか分からない同じ言葉をが静かに呟くと、の目の前に佇む影はゆっくりと首を振った。その様子に、思わずは困ったように眉を潜める。は膝を抱えて座っていたが、それを崩すと自分の足先に視線を向けた。此処に来てから一体どれ程の時間が経ったのか、には検討もつかない。何故ならの周りの景色には、空や太陽のように、時間を知ることのできるものは何一つ無かったのだ。
「みんなどうしてるかな……」
の呟きは、静まり返った空気に溶けていった。事の始まりは、数時間前に遡る。
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屋敷から離れた場所に、木々に囲まれて空からはよく見えない湖がある。その湖を見つけたのは、フワンテとフワライドだった。何でも森の中の散歩中に見つけたらしく、散歩から帰ってきたフワンテ達が、湖を見つけたことを丁度玄関にいたゴースやゲンガー達に話すと、ゲンガー達がそこに行こうと騒いだので、今日は屋敷の仲間達とその湖を訪れていたのだ。
「水が澄んでいて綺麗だね」
湖の岸に立ち、が湖を眺めながらそう言うと、隣にいたユキメノコが頷いた。湖の水面は木々の隙間から差し込んだ太陽の光を、鏡のようにきらりと反射している。更にその光で水面が淡く神秘的に光り、まるでそこだけが別世界のように見えるのだ。そうして暫くの間は湖を眺め、屋敷の仲間達はそれぞれ好きなように過ごしていた。
「みんな楽しそうで良かった」
先程までいたユキメノコと入れ替わるように隣にやってきたチルタリスに、はそう話し掛けた。チルタリスはどうやら眠いらしく、目をぱちぱちと瞬きさせながら、の言葉にこくりと頷く。そんなチルタリスの様子には笑みを零し、昼寝をしようと眼を閉じたチルタリスの首筋をそっと撫でた。
近くの木の根元では、サマヨールやヨノワール、ムウマージが風に揺れながら何やら話しており、そのすぐ傍を屋敷の中でするようにゴースやゴースト、ゲンガーにジュペッタが駆けてゆく。少し離れた場所ではヌケニンとムウマが花を摘み、ミカルゲやヤミラミ、ヨマワルにカゲボウズは倒れた大木に寄り掛かって昼寝をしていた。フワンテやフワライドは辺りを散歩でもしているのだろう、姿は見えない。ユキメノコは湖の岸に座って眼を閉じ、その隣にはロトムがいる。いつもと変わらない、賑やかで、しかしそれでいて穏やかな光景だった。
それから暫く時間が経つと、ゴース達は遠くまで駆けていき、ヤミラミ達は木の実を採りに、という風に散り散りになっていた。そしてヌケニンとムウマと一緒に花摘みに行っていたが、恐らくヌケニンとムウマと作ったのであろう花冠を片手に一人で湖へと戻って来た時だ。
初めに異変に気が付いたのは、湖の岸に座っていたユキメノコだった。不意に、何かにじっと見つめられているような、そんな視線を感じたのだ。この視線は一体何なのだろう、とユキメノコは首を傾げる。恨みや憎しみなどが込められた、突き刺すような敵意ある視線では無く、強いて言うならば、何かを羨むような、そんな感じがするのだ。
ふとユキメノコが横を見れば、同じく異変に気が付いたらしいロトムが、困ったようにユキメノコを見つめていた。ロトムが誰かに見られているような気がしないか、と尋ねたので、ユキメノコは静かに頷く。すると、さらにロトムは嫌な予感がする、と続けた。それは何となく、ユキメノコも感じていたことである。そのためユキメノコはロトムのその言葉に、何も起こらないと良いんだけれど、と返すと溜め息を吐いた。
「二人してどうかしたの?」
ユキメノコの大きな溜め息が聞こえたのか、はユキメノコとロトムの方へと歩いてくると二匹の隣にしゃがみ込んだ。から離れた後ろの方で、チルタリスがうつらうつらとしているのが見える。ユキメノコとロトムは顔を見合わせると何でも無いのだと首を振り、それからロトムはユキメノコに、他のみんなを集めてくるよ、と告げてその場を離れた。
「なんだか元気が無いみたいだけれど……」
がそう尋ねると、ユキメノコはもう一度首を振る。決して元気が無い訳では無いのだ。ただ、この先程から感じる視線が気になって仕方が無かった。するとはそれなら良いんだけれど、と言い、ユキメノコの頭を撫でる。それから稍あって、は何かを閃いたように笑みを浮かべた。
「そういえばね、さっきヌケニンとムウマが花冠を作ってくれたの。ユキメノコも良かったら一緒に作らない?」
花冠を両手でユキメノコに見せながら、折角来たんだから遊ぼうよ、そうが口にした瞬間だった。
先程まで静かだった湖の水面に、突如波紋がいくつも広がったかと思うと、とユキメノコのいる岸の傍の水面が黒く色を変えた。それからごう、と暴風の吹き荒れる様な音がしたかと思うと、なんと信じられないことに、その黒く色を変えた水面に大きな裂け目が出来たのだ。
水面に裂け目が現れると同時に、そこへ向けてユキメノコは素早く両腕を翳した。するとユキメノコの指先から氷の礫が生まれ、その礫は水面で大きく口を開けた裂け目へと直撃する。しかし礫は音も無くその裂け目へと吸い込まれ、裂け目の周りの水面はほんの一瞬大きくゆらりと揺らめいただけであった。そして次の瞬間、裂け目から何か影のようなものが現れたかと思うと、驚くことにそれはの身体を引き寄せたのだ。
この騒ぎで疾うに眼を覚ましていたチルタリスは、叫び声を上げての服の裾を嘴で掴もうとした。ユキメノコも同じく手を伸ばしての腕を掴もうとしたが、それは空を切っただけである。
には、その瞬間の出来事が全てスローモーションの様に感じられた。自分を助けようとしたチルタリスの悲痛な叫び声が聞こえ、それからユキメノコの酷く焦る顔、そしてユキメノコの後ろの方に、ロトムが屋敷の仲間達を連れて来てくれたのが見える。
「チルタリス……!みんな……!」
は自分に向かって飛んで来たチルタリスに向かって手を伸ばしたが、それをの身体を引き寄せた影のようなものが遮り邪魔をする。そのため、の手はあと少しという所でチルタリスに届かない。
そして酷く慌てた様子のロトムに集められた屋敷の仲間達が見たものは、湖に現れた大きな水面の裂け目に消えるの姿だった。裂け目はを飲み込むと、何事も無かったかのように消える。の消えた水面には、先程までが手にしていた花冠がゆらゆらと静かに揺れていた。