ユキメノコと手紙

窓から陽がよく差し込むために、食堂は明るい。その食堂にあるテーブルの上に、白いレース柄が控え目にあしらわれた便箋を広げ、がああでもない、こうでもないと頭を悩ませていると、椅子に座るの服の裾を誰かが後ろからそっと引いた。それに気が付いたは、手にしていたペンを一旦置いて振り返る。の後ろに立っていたのは、ユキメノコだった。

「ユキメノコ、どうしたの?」

が尋ねると、ユキメノコはの隣の空いている椅子を引き、それからふわりとその椅子の上に移動した。どうやらの書いている手紙が気になるようで、テーブルに小さな手をつくと、ぐっと身を乗り出しての手元を覗き込んでいる。そこでがテーブルの上に広げていた他の便箋や封筒を、ユキメノコに見ていいよ、と渡すとユキメノコは嬉しそうに鳴いた後、そっと眼を細めた。

このユキメノコは、一週間程前にこの屋敷に棲むゴーストタイプのポケモンに仲間入りをしたポケモンだ。がチルタリスと買い物に行っていた間に、いつの間にかムウマージが連れてきてしまったのである。買い物から帰ってきた際、玄関に入ってユキメノコを目にした時はさすがにも驚いたが、今ではすっかり慣れてしまった。

「ユキメノコも手紙、書いてみる?」

まだ何も書かれていない真っ白な便箋二枚とペンをが差し出すと、ユキメノコは少し考え込む素振りを見せた後に頷いた。そうしてユキメノコはの手から便箋とペンを受け取ると、まじまじと便箋を見つめる。小さな手で便箋を明かりに透かしてみたり、裏返してみたりするユキメノコの様子が可愛らしい。しかし暫くすると、ユキメノコは便箋をテーブルの上に置いてをじっと見つめた。どうやら何を書いたら良いのか分からないようだ。

「何を書いても良いんだよ。文字は分かるかな」

は先程まで書いていた手紙をテーブルの端に除けると、別の便箋を用意した。ユキメノコはの手元をじっと見つめている。

「あ、い、う、え、お」

はそう発音しながら、ゆっくりと便箋に文字を書く。便箋には「あいうえお」と文字が並び、それを見たユキメノコは手をぱちぱちと叩いた。書いてごらん、とが言うと、ユキメノコはの書いた文字をお手本に見ながら、ゆっくりと「あいうえお」を書き始める。暫くすると、ユキメノコの便箋には少し曲がってはいるものの「あいうえお」の文字が並んだ。それを見たが褒めると、ユキメノコはにこにこと眼を細め、次の行にも「あいうえお」と書き始める。

「……はい、できた」

ユキメノコが五行目の「あいうえお」に突入した所で、が五十音を書いた便箋をユキメノコに渡すと、ユキメノコはぴゅーい、と高い声で鳴いた。それからすぐに新しく「か行」を書き始める。どうやら文字を書くことを気に入ったらしい。そんな様子のユキメノコには笑みを浮かべると、先程書いていた手紙の続きに取り掛かった。



が手紙を書き終え、手紙の綴られた三枚の便箋を二つ折りにし、便箋と同じく白いレース柄があしらわれた封筒にそれをしまっていると、ユキメノコがの手をつついた。何かと思いがユキメノコの見ると、ユキメノコは封筒を指指す。

「いいよ、封筒あげる」

ユキメノコは機嫌良く鳴くと、のように便箋を二つ折りにし、封筒にそれをしまった。封筒の口もしっかりと閉じる。そして口の閉じられた封筒を、暫くの間満足そうにユキメノコは眺めていた。



次の日チルタリスと一緒に街の郵便局へ手紙を出しに行ったは、屋敷へと帰ってくると屋敷の門の横にある小さなポストを開けた。そしてポストを覗き込んだは、思わず首を傾げる。いつもなら広告や葉書が入っているだけなのだが、この日は違っていたのだ。広告や葉書に混じり、一通の封筒が入っていたのである。しかしポストから出して見ると、それは白いレース柄があしらわれた封筒だったので、すぐには差出人が分かった。

屋敷の中に入り、いつも使っている洋室に入るとベッドに腰掛け封筒の封をそっと切る。中に入っていたのは、一枚の便箋だった。二つ折りにされたそれを開くと、は思わず笑みを零す。便箋にはペンで花の絵が書かれており、その真ん中には少し曲がった字で「あ、り、が、と、う」と書いてあったのだ。


次の日の朝、は一枚の封筒をこっそりとユキメノコに渡した。

「ユキメノコに手紙が届いてるよ」

それを聞いて、ユキメノコの顔がぱっと綻んだ。慎重な手つきでそっと封を開けると、ユキメノコは中に入っていた便箋を取り出す。その便箋にこう書かれていた。

「ゆきめのこ へ。おてがみありがとう。はなのえもじょうずで、おどろいちゃった。またかいてくれるとうれしいな。 より」

ユキメノコは手紙を読み終えると、それを元のように丁寧に封筒にしまう。それからに向かってにこりと笑いかけると、食堂へと姿を消した。恐らくユキメノコは、からの手紙の返事を書くのだろう。ユキメノコが向かった食堂のテーブルには、昨日の便箋や封筒がまだ置いてあるのだから。

さて、ユキメノコからまた手紙がきたら、次は一体どんな返事をしようかとは笑みを浮かべた。それから新しい便箋や封筒でも街に買いに行こうかと、はチルタリスに声を掛けたのである。


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