「……風邪かな」
段々と寒くなってきたこの頃、くしゅん、とくしゃみをしたのはチルタリスだ。チルタリスの体温は普段、人間よりもやや高い。しかし、今日は額に手を当てるといつもよりも高いように感じる。は眉間にしわを寄せると、チルタリスの額から手を離した。
「冷たい床の上で昼寝ばっかりしてるから……」
いくら綿のように温かな羽毛があるからって、とが咎める様な視線を寄越すと、チルタリスはばつが悪そうに鳴いた。そしてまたくしゅん、とくしゃみをする。
「困ったなあ……」
そういえば前にポケモン用の風邪薬を買ったような気がする、とは食堂に向かった。それから救急箱のしまってある棚の引き出しを開け、小さな箱を取り出すと中を覗き込んだ。しかし、その箱の中身は空になっている。は仕方なく空箱をごみ箱に捨てると、チルタリスの元へと戻った。
「ちょっと薬を買いに行ってくるから、大人しくしててね。寝るなら床じゃなくてベッドじゃないと駄目だよ」
チルタリスは頷くと、が普段使っているベッドのある客室へと姿を消した。それを確認してからが玄関の扉へ向かおうとすると、何かに服の裾を引っ張られたので、は足を止める。一体何かとが振り返ると、そこにはヤミラミがいた。恐らく先程のチルタリスとの会話を聞いていたのだろう。
「チルタリスが風邪を引いたみたい。薬を買いに行くんだけど……ヤミラミ、ついて来てくれる?」
ヤミラミはの言葉に元気よく頷いた。屋敷の周りの森では、野生のポケモンと遭遇することが多々ある。チルタリスと街に行けない時は必ず屋敷の誰かについて来てもらうようにしているので、助かるよ、とが言うとヤミラミは白い歯を見せて笑った。そしてピアノに向かうムウマージや、燥ぎ回るゴースト達に街に行くことを告げ、とヤミラミは外へと出た。
外へと出ると庭にはヌケニンとフワンテがおり、とヤミラミを見てどうしたのかと近付いてくる。そこでがチルタリスが風邪を引いたことと、それで街に買い物に行くことを伝えると、フワンテがぷわ?と、首を傾げる。それに対しヤミラミが何かを説明すると、フワンテはふわふわと風に乗り、屋敷の屋根の上へと向かって姿を消してしまった。
「……どうしたのかな」
が不思議そうな顔をすると、ヤミラミはヌケニンと顔を見合わせ、先程のように白い歯を見せて笑うだけだ。が一体何なのだろうと考えていると、フワンテは数分もしないうちに戻ってきた。その際にフワンテの鳴き声が聞こえたのでは顔を上げたのだが、思わず目を見開いた。
「フワライド!」
何故なら屋根から降りてきたフワンテの後ろに、フワンテと同じようにフワライドがふわりと浮かんでいたのだ。フワライドとが会うのは、屋根の上で出逢って以来だった。フワンテはとヤミラミの前に浮かぶと、それからヤミラミに何かを告げたようだ。そしてフワンテに対し、ヤミラミは頷く。
「えーっと……?」
がヤミラミを見遣ると、ヤミラミはの足を後ろから押した。その先にはフワライドが浮かんでいる。
「……もしかして、フワライドが街まで連れていってくれるの?」
が尋ねると、フワンテより幾分低い声でフワライドが鳴いた。街に徒歩で行くには時間が掛かることを知っているヤミラミが、それを恐らくフワンテに告げ、フワンテがフワライドを連れてきてくれたのだろう。ありがとう、とが言うとフワライドはくりくりとした丸い眼を細めた。
「どうすれば良いの?」
がそう尋ねると、フワライドがの目の前で地面に降りたので、は恐る恐るフワライドの上に乗った。そしてヤミラミも助走をつけて跳び上がると、フワライドの頭の上に乗る。二人が乗ったことを確認すると、フワライドは静かに宙に浮かび上がった。ゆっくりと離れてゆく地上では、ヌケニンとフワンテが達を見上げている。フワライドは身体の中で作り出すガスで高さを調整すると、直ぐさま街へと向かう風の流れを捕らえ、そして風に乗った。
チルタリスの背に慣れているは、最初はフワライドの上でバランスをとることに苦労したが、それも最初の数分だけだった。今ではもう周りの景色を眺める余裕さえある。そして隣でフワライドの頭にしがみつくヤミラミと顔を見合わせると、は笑みを零した。フワライドは風に流されるだけという話を聞いたことがあるが、実際には僅かな量の風を的確に掴んでいるようで、フワライドはまっすぐ街へと向かっている。時折達を乗せたフワライドの横を、ムックルやポッポ達が通り過ぎていった。
街へと着くと、フワライドは街の中央にある広場で静かに高度を下げた。礼を言ってがフワライドの上から降りると、それにヤミラミも続く。そして三人はポケモン用の薬の取り扱いをしている薬局へと向かった。
薬の入った袋を手にしたと、ヤミラミ、フワライドが街の中央の広場へと戻って来ると、広場にはいくつかの屋台が出ていた。そのうちの一つにフワライドの黒く丸い眼と、ヤミラミのキラキラと輝く眼が釘付けになっている。屋台の看板には「ポロック」という文字が並んでいた。
「……ポロック?」
屋台に近付いてが首を傾げると、屋台の店員が笑顔で口を開いた。
「シンオウじゃあまり見掛けないけどね、ホウエンで人気のお菓子さ。木の実から作られているから、ポケモンが大好きなんだよ」
屋台に並ぶ瓶には、様々な色をした四角い角砂糖のようなものが詰められている。これを買って帰ったらきっと皆喜ぶだろう、そう考えたは、屋台で一番大きな透明な袋にポロックを詰めて貰った。
「ありがとよ!」
威勢の良い店主に礼を言い、屋台を離れるとは近くにあったベンチに座った。そしてポロックの袋を開けてヤミラミとフワライドにどれが良いかと尋ねると、ヤミラミは青いポロックを、フワライドは黄色のポロックを選んで口に放り込んだ。
「……どう?」
二匹は口元を緩めて機嫌よく鳴いた。どうやら気に入ったようだ。それからは今日のお礼、と近くの自販機でミックスオレを二本買ってから、再びフワライドの背に乗った。
帰りも行きと同様のゆったりとした飛行だった。の隣で、ヤミラミがのんびりとミックスオレを飲んでいる。フワライドもまた、達を頭に乗せながらミックスオレを飲んでいるようだ。
「チルタリスの風邪、早く治れば良いんだけど……」
が手にしていた薬局の袋を見つめながらぽつりと言うと、ヤミラミが首を傾げ、それからの言葉を肯定するように頷いた。そしてそれを聞いていたフワライドも、下からぷわわと鳴く。何となくそれが、大丈夫、と言われたような気がしたは、ありがとう、と目を細めた。
それからもゆっくりと風に乗る飛行を続けると、遠くに見慣れた屋敷が見えた。そしてどんどん屋敷に近付くと、玄関にヌケニンやフワンテ、更には珍しくカゲボウズ達がいるのが見える。
向こうもこちらに気が付いたらしく、こちらを見上げて騒いでいる。はヤミラミと顔を見合わせると、ただいま、と二人笑顔で大きく手を振った。