が二階にある洋室の一部屋を片付けていると、部屋にある棚の上に何か分厚い本のようなものを見つけた。紅梅色の表紙をしたそれを何だろうかと思いつつ、はそっと手に取り埃を払う。それからその表紙を捲ると、中にはたくさんの写真が並んでいた。どうやらこれは、以前ここに住んでいた老夫婦のアルバムのようだ。
アルバムの中に並ぶ写真はどれもセピア色で、どこか懐かしさを感じさせる。そして所狭しと並ぶ写真の被写体は、たくさんの様々なものだった。玄関から見上げた屋敷や、庭に咲き誇る向日葵の群れだったり、老夫婦の笑顔であったりと、どれもが優しい温もりに溢れている。その写真の、幸せそのものを写したような温かさに、の口元には自然と柔らかな笑みが浮かんだ。
ぱらぱらとアルバムのページをが捲っていると、不意に部屋の扉が音を立てて開いた。その扉の開く音を聞いたは、誰だろうと思い、ページを捲る手を止めて顔を上げる。すると部屋の入口には、ヨマワルとここのところよく姿を見せるようになったサマヨールの二匹が佇んでいた。サマヨールは以前から極稀に屋敷の中でも見掛けることはあったが、あのヨマワルが屋根への出入口を教えてくれた日に出会ってから、屋敷の中でよく姿を見掛けるようになったのだ。
「あれ、ヨマワルにサマヨール……どうしたの?」
が尋ねるとヨマワルとサマヨールの二匹は顔を見合わせ、それから首を傾げた。この様子だと、どうやら特に用は無いらしい。そこでがそれならアルバムを一緒に見ようと声をかけると、二匹は揃っての元へと近付いた。
「この写真に写っているのは、前にこの屋敷を管理してた人だよ」
が床に座り、アルバムに並ぶ写真を指差しながら説明をすると、ヨマワルやサマヨールは興味深そうにその写真を見つめる。それから様々な写真を三人で眺めていると、開いたままにされていた部屋の入口から、ゴースが顔を覗かせた。どうやらヨマワル達を呼びに来たらしい。
丁度アルバムの最後のページを見終えた所だったので、はアルバムを閉じるとヨマワルとサマヨールに「行っておいで」と声を掛けた。それに頷いて顔を見合わせた二匹はゴースの元へと向かったので、はアルバムを手にしたまま立ち上がる。はアルバムの表紙をもう一度見つめると、それから元の場所に戻した。
「アルバム、か……」
がぼうっとしていると、今度は入口からチルタリスが顔を覗かせた。その顔は少々不機嫌そうである。そういえば、昼過ぎにチルタリスと買い物に行く約束をしていたのだということを思い出したは、慌ててチルタリスの元へと駆け寄った。
「待たせてごめんね。買い物に行こうか」
の言葉に、チルタリスはやれやれといった顔ではあるが頷いてくれたので、はほっと息を吐いた。
街に着いてから必要な物の買い物を済ませ、それからがとある店に向かうと、チルタリスは不思議そうに首を傾げた。はそのチルタリスの様子に、くすりと笑みを零す。
「みんなの写真を撮ろうと思って」
とチルタリスの目の前にある建物は、写真屋だった。の言葉に納得したように頷いたチルタリスは、ガラス戸から興味深そうに店内を覗いている。はそんなチルタリスを促して、写真屋の店内へと入った。
写真屋の中でが購入したのは、使い捨てのカメラを二つと、真っ白なアルバムだ。しかしこれらを購入するまでに二人でどのアルバムにするかを散々悩んだので、二人が屋敷に着いた時はもう夕暮れになっていた。そして屋敷の中に入ると、いつも通りピアノの周りにいたムウマにムウマージ、ホールで遊んでいたゴース達がとチルタリスのことを出迎えてくれる。
買った物を粗方キッチンにしまうと、はいつもの様にピアノを弾きはじめたムウマージや、ホールで遊ぶことを再開したゴース達を眺めた。それから思い出したように、先程購入した使い捨てカメラを買い物袋から取り出し、封を破るとムウマージ達にそれを向け、は迷うこと無くシャッターを切る。そしてホールにいたムウマやムウマージ、ゴースにゴーストとヨマワル、ジュペッタを写真に写した所で誰かがの肩を叩いた。はカメラのフィルムを巻きつつ、ゆっくりと振り返る。の後ろにいたのは、サマヨールだった。
「サマヨール、どうしたの?」
が問い掛けると、サマヨールはの手にあるカメラを指差した。どうやらサマヨールは、カメラが気になるらしい。そこでが撮ってみるかと尋ねてカメラを差し出すと、サマヨールはカメラを手に取った。
「ここがシャッターで、フィルムを巻く時はこっちね」
が指を指して教えると、サマヨールは成る程、と頷いた。それからカメラをに向けたかと思うと、サマヨールはシャッターボタンを押す。カシャ、と音がすると、は驚いた顔をした。
「私を撮ったの?……まあ、いいや。そのカメラ、良ければあげるよ」
使い捨てのカメラはあと一つあるし、何よりサマヨールがカメラを気に入ったようだったのでがそう提案すると、サマヨールは嬉しそうに一つ眼を細める。
「フィルムが無くなったら、渡してね。現像して、このアルバムに飾るから」
そう笑っては白いアルバムをサマヨールに見せる。それからもう一つのカメラを取り出すと、それじゃ、とサマヨールに声を掛け、屋敷内を撮るためには玄関ホールへと向かった。
サマヨールもが立ち去った後、カメラを手にや他の仲間達がいる玄関ホールへとやって来た。上手く撮れているかは分からないが、歩きながら屋敷の中を写すのはなかなか楽しいものだとサマヨールは一人頷く。そしてふと玄関ホールの中央を見れば、の持つカメラが珍しいのかゴースやゴーストだけで無く、いつの間にか姿を現したゲンガーやカゲボウズ達がの周りに集まっていた。はそんなゲンガー達にカメラの説明をしているようだ。
サマヨールはピアノを弾くムウマージとその傍にいるムウマとヌケニンにカメラを向けると、シャッターを切った。続いて駆け回るジュペッタと、その後を追うチルタリスをカメラに収める。そして最後に、ゲンガーやゴースト達、そしてカメラを手に笑うを写真に撮ると、サマヨールはフィルムの数を見た。夢中になっていて気が付かなかったが、フィルムの数はいつの間にか半分になっている。
フィルムの数を確認してから、サマヨールは再度カメラを構えた。レンズの中には屋敷の玄関ホールが広がっている。そしてシャッターボタンを押すと、丁度写真を撮るサマヨールに気が付いてやって来たゲンガーの顔がフラッシュに照らされた。唖然とするサマヨールを、ゲンガーは指を指してけらけらと笑う。そんなゲンガーに溜め息を吐いてから、サマヨールはふと先程が見せてくれた白いアルバムを思い出した。
が見せてくれたのは、真っ白い今はまだ何も無いアルバムだ。だがきっと数日後には、あのアルバムの幾つかのページに写真が並ぶのだろう。そこに並ぶ写真はきっと、どれもがあの紅梅色のアルバムの写真の様に温かに違いない。何故なら、今ここにいる皆が笑顔なのだから。
サマヨールは己の手にあるカメラをそっと見つめ、それからカメラを構えるとシャッターを切る。レンズ越しに屋敷の仲間達を見つめるサマヨールの一つ眼は、知らず知らずのうちに優しく細められていた。