ジュペッタとぬいぐるみ

ゼニガメの形を摸して作られた如雨露で、パンジーの種が植えられた花壇に水を遣ると、小さな芽は気持ち良さそうに風に揺れる。その様子にとヌケニンは顔を見合わせると、目を細めた。花が咲くにはまだまだ時間は掛かりそうだが、この小さな芽は少しずつ、確かに成長をしている。

「暑いね」

は眩しさに目を細めながら、青空に浮かぶ太陽を見上げた。ヌケニンもそれに倣って空を見上げる。高く澄んだ青空を、陽射しを横切るようにムクバードが数羽飛んでいった。それを見送ってから、は如雨露を片付けると、ヌケニンに屋敷に戻ろうと声をかける。そして今日も平和で、きっといつも通りの一日になるだろうとは思いながら、屋敷の中にヌケニンと入った。

屋敷にとヌケニンが入ると、玄関ホールでいつも通り戯れ合い、駆け回っていたゴースやゴーストが近付いてきた。そこには珍しくジュペッタの姿が無く、は思わず首を傾げる。ジュペッタは屋敷に棲むポケモンの中でも、ゴースやゴーストと仲が良く、大抵は玄関ホールで遊んでいる筈なのだ。

「あれ、ジュペッタは?」

ゴース達は顔を見合わせると、分からない、と言いた気な顔をする。そっか、と返事を返したは、そのまま食堂へと向かった。食堂の窓には、三匹のカゲボウズが仲良く並んで浮かんでいる。カゲボウズは今日も仲が良いな、と笑みを浮かべながらは手を洗い、冷蔵庫から麦茶を出すと、それをコップに注いで飲み干した。

「ねえ、ジュペッタを見掛けなかった?」

コップを洗いながらが尋ねると、カゲボウズ達は揃って首を振った。どうやら、カゲボウズ達もジュペッタを見ていないらしい。いつもなら玄関ホールで遊んでいるか、箒で掃除をしているのを見掛けるが、今日はどうしたのだろう、とは思った。いつも通りでは無いことがあると、何かあったのではないかと気になってしまう。

食堂を後にすると、は書斎に向かった。書斎には玄関ホールにいなかったムウマにムウマージ、ヤミラミがおり、どうやらムウマージが二匹に本を読んでやっているようだ。それを見て、ここにもいないか、と溜め息を吐くとは書斎を後にした。ムウマージ達に声を掛けなかったのは、折角静かに読書をしている所を邪魔しては悪いと思ったからだ。

物置にしている部屋などを見て回り、寝室として使っている客室にいたチルタリスとゲンガーにも声をかけ、それから階段を上って二階へと上がり、少し廊下を進んだ所では足を止めた。何か、音のようなものが聞こえた気がしたのだ。そこでが耳を澄ませると、今度ははっきりと音が聞こえた。それは、何だか声の様にも聞こえるので、は眉を顰めながら、微かに聞こえる声のようなものを頼りに廊下を進む。二階の部屋は掃除こそしたものの、普段はあまり使っていないので、未だに部屋の配置は曖昧にしか記憶をしていなかった。

「……誰か、いるの?」
声のようなものが聞こえる部屋の前まで辿り着いたは、扉に向かって声を掛けた。すると、今まで聞こえていた声のようなものが、ぴたりと止んだ。そしてがドアノブに手を掛けると、扉はすんなりと開いた。

「うわ!?」

扉を開けると同時に、何かがの足にぶつかった。驚いたはその反動で尻餅をつく。それ程に、ぶつかった何かは凄い勢いで飛び出してきたのだ。

「……ジュペッタ!ど、どうしたの!?」

扉から飛び出してきたのは、が探していたジュペッタだった。尻餅をついたままの状態のに、ジュペッタはぎゅう、としがみつく。唖然としながらもがジュペッタの背に手を回すと、ジュペッタがぐす、と鼻を鳴らした。どうやら先程の音のようなものの原因は、ジュペッタだったらしい。訳が分からぬまま、とりあえずはジュペッタの頭を優しく撫でる。するとジュペッタはまたも、ぐす、と鼻を鳴らした。

それから暫くして、落ち着いた?とが尋ねると、ジュペッタは少し恥ずかしそうに頷く。そして何があったのかとが尋ねた所、ジュペッタは先程自分が飛び出してきた部屋へと、重い足取りで入っていったので、は服についた埃を払うと、ジュペッタの後を追った。

部屋の中に入ると、先ず目に入ったのは棚の前の床に散乱した幾つかのぬいぐるみだった。それをジュペッタはそっと拾い上げる。その様子を見つめながら、以前この部屋を掃除した時は、確かぬいぐるみは棚に並べた筈だ、とは思い出した。ぬいぐるみは元からこの棚にあり埃塗れだったのだが、よく出来ているなあと感心したが、丁寧に埃を落として再び並べたのである。

そして棚の前に散乱したぬいぐるみに混じり、乾いた雑巾が落ちていることに気が付いたは、もしかして、と呟いた。

「……掃除しようとしたの?」

の問いに、ジュペッタは酷く落ち込んだ様子で頷いた。掃除をしようとしてぬいぐるみを落としただけなら、そこまで落ち込まなくても良いと思うのだが、ジュペッタはやはり酷く落ち込んでいるようだ。不思議に思ったは、ジュペッタが拾い上げたぬいぐるみを、貸してね、と受け取った。

「あれ、解れちゃってる」

ジュペッタから受けとったぬいぐるみは腕の部分から糸が解れ、少し綿が覗いていた。よくよく見れば、他のぬいぐるみも何処かしら解れている。元より古いぬいぐるみだったので、ジュペッタが落とした際に脆くなっていた糸が切れてしまったのだろう。

「困ったなあ……私、裁縫はあまり得意じゃ無いんだよね」

がそう言うと、ジュペッタは悲しそうに俯いた。そんなジュペッタの様子を見て、そういえば、とは思い出す。ジュペッタといえば、捨てられたぬいぐるみから生まれたと伝えられるポケモンだ。その言い伝えを思い出し、それから目の前のボロボロになったぬいぐるみを見たは、得意だとか、そうじゃないのだとか言ってられないな、と頷いた。

「さっきも言ったけど、私あまり裁縫は得意じゃないんだよね。でも、精一杯やってみるよ」

だから元気出して、とが言うと、ジュペッタは漸く顔を上げる。が、あまり期待はしないでね、と苦笑すると、それでもジュペッタはにこりと嬉しそうに笑った。



そっとぬいぐるみを移動させたとジュペッタは、階段の陽が当たる段に座った。それから裁縫道具を持ってくると、は解れた部分を少しずつ縫い合わせてゆく。その隣で、ジュペッタはじっと大人しくしていた。どのぬいぐるみも、解れた部分が比較的小さかったため、あまり時間は掛からずに済んだ。解れていたぬいぐるみの最後の一つを直し終わる頃には、玄関ホールにいたゴースとゴーストが、不思議そうにの手元を見つめていた。

「はい、これで終わり」

がぐっ、と伸びをすると、ジュペッタは勢い良くに抱き着いた。出来は決して上手い訳では無いが、ジュペッタが喜んでくれたのだから良しとしよう、とはジュペッタの頭を撫でる。

「私がぬいぐるみを戻しておくから、ジュペッタはゴース達と遊んでおいで」

そうが言うと、ゴースとゴーストは揃って頷く。そしてジュペッタはに向かって一鳴きすると、先に階段を下りて行ったゴース達の後を追った。

すぐにいつも通り戯れ合いを始めた三匹を見て、やっぱりいつも通りが一番だと、は柔らかく笑みを浮かべた。


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