ヤミラミと宝箱

窓から差し込む陽射しを受けて、きらりと眩い光を放つそれをそっと拾い上げれば、自然と口元に笑みが浮かぶ。それから慌てて口を引き締め、これは誰にも見つからないように、急いで隠してしまわないといけないな、と一人頷いた。

しかしそうは思いながらも、拾い上げたそれが、先程のように光を受けて光る様子がもう一度見たくなり、思わず拾い上げたそれを再び陽に翳す。すると、それはやはり美しく光を反射した。その様子に、先程引き締めたはずの口がまたも自然に緩む。さて、そろそろこれを隠しに行かないと、誰かに見つかる危険が―――

「……ヤミラミ?ビー玉を持って、何をしているの?」

が声をかけると、ビー玉を陽に翳していたヤミラミの肩が面白いくらいに跳ねた。それから、まるで錆び付いたような音が聞こえてきそうな程にぎこちなく、ヤミラミが振り返る。そんなヤミラミの様子に、は思わず苦笑いを浮かべた。

「廊下を掃除してたら、この部屋の扉が空いてたから覗いてみたんだけど……」

驚かせちゃったみたいでごめんね、と苦笑するの手には、確かに掃除機がある。それをちらりと見てから、安堵したようにヤミラミは溜め息を吐いた。どうやら相当驚いたらしい。それからに駆け寄り、自分の指を口の前で立てると、シーッ、と「静かに」という動作をした。

「どうしたの?」

声の大きさを落としてが尋ねると、ヤミラミはの横を擦り抜け、扉から廊下の様子を伺った。それをは、一体どうしたのだろうかと不思議そうに見つめる。とヤミラミがいた部屋は、ムウマージがよく弾いているピアノが元あった部屋だ。ピアノがあった頃はまだムウマージが使っていたのだが、ピアノを運び出してからは誰もこの部屋を使うことがなく、この部屋はただの物置と変わらなくなっていた。

廊下に誰もいないことを確認したヤミラミは、部屋の中へ戻ると、部屋の隅へと向かった。そこには古い棚が置いてあるのだが、ヤミラミは棚に備え付けられた引き出しに用があるらしく、がたがたと音を立てながら引き出しを開けようとしている。

ヤミラミが引き出しを引く度に、棚に乱雑に積まれた埃塗れの本やら小物が音を立てて揺れるので、が掃除機を置き、咄嗟に棚を抑えると引き出しが漸く開いた。そして開いた引き出しの中に、ヤミラミが両手を差し入れる。それからヤミラミは引き出しの中を漁り、何かを取り出した。

「……箱?」

ヤミラミが取り出した物は、元は何か、菓子でも入っていたと思われる箱だった。パッケージの外装はボロボロで、大分古びている。ヤミラミはそれを持ったまま床に座り、もその隣にしゃがみ込んだ。ヤミラミはが隣にしゃがみ込んだのを確認し、それから箱の蓋をそっと開けた。

「わぁ……」

ヤミラミが開けた箱の中には、色取り取りの沢山の物が詰め込まれていた。青や黄色の何かの欠片、それから大小様々なおはじき、何かの鉱石の破片に小さな貝殻、そして地中深くから見つかることがあるという、白玉に金剛玉までもが小さいながらも入っている。

それらを、ヤミラミはに嬉しそうに見せてくれた。の口から、凄いなあ、と感心した言葉が思わず漏れる。そしてヤミラミは、箱に先程のビー玉を入れた。窓から差し込む陽の光を受けて、箱の中でビー玉は青く美しく透き通る。どうやらこの箱は、ヤミラミの宝箱のようだ。

はヤミラミと暫くの間、この宝箱の中を眺めていたが、そろそろお昼にしようか、と立ち上がった。ヤミラミもそれに頷き、箱にそっと蓋をする。それからまたあの引き出しに入れ、ヤミラミは引き出しを閉めた。

「宝箱、見せてくれてありがとう」

掃除機を持ちながら、はヤミラミと並んで廊下を歩く。そしてヤミラミは、の言葉に得意気な顔をして見せた。

それからは、自分がいつも寝室として使っている客室の隣の洋室に入った。ヤミラミもその後にゆっくりとついて来る。そしてすぐそこの玄関ホールからは、ムウマージのピアノの音が聞こえ始めた。どうやら今日はムウマージ以外の誰かが、一緒になって弾いているらしい。所々に、跳ねるような調子の外れた音が聞こえるのだ。それが何だか可笑しくて、は目を細めながら、この部屋のクローゼットに掃除機をしまった。

「さ、皆の所に行こうか」

そう言って部屋を出ようとした所で、ヤミラミがの足をつついた。どうしたの、とがヤミラミを見遣ると、ヤミラミは口元に弧を描き、それから手を差し出す。ヤミラミが差し出した手には、先程あの宝箱の中に入っていた筈の、何かの鉱石の欠片が乗っていた。ヤミラミの手の上で、その欠片は不思議な光を放っている。

「え、……私に?」

驚いてが自分を指差すと、ヤミラミは頷いた。どうやらヤミラミは、自分の宝物の一つをにくれるらしい。

「ヤミラミ、ありがとう」

思わずが頬を緩めそれを受け取ると、ヤミラミは先程の部屋でやったように指を口の前で立て、シーッ、と言った。

「みんなには秘密、ってことね」

がそう言うとヤミラミは頷き、それから二人は部屋を出た。玄関ホールではいつも通りの光景が繰り広げられている。そしてムウマージとピアノを弾いていたのは、どうやらゴーストだったようだ。ピアノを奏でるムウマージの横で、ゴーストは何だか険しい顔で首を傾げ、それをゲンガーがげらげらと笑っている。

ヤミラミはジュペッタやヌケニン達の元に駆け寄ってゆき、はキッチンのある食堂へと向かった。すると、の後を階段で昼寝をしていたチルタリスがついて来る。どうやら昼ご飯の催促のようだ。

ちょっと待ってね、そう言ってが一旦、先程ヤミラミに貰った鉱石の欠片をキッチンの棚に置くと、それを見たチルタリスが興味津々といった様子で鉱石の欠片を見つめた。それから、にこれはどうしたのかと尋ねるように首を傾げる。それに対し、秘密、とが笑うと、チルタリスはの服を嘴で引っ張った。

「だめだめ、秘密なんだから」

そう笑ってから、ほら、とが切ったパンを一切れ差し出すと、チルタリスは頬を膨らませてからそれを啣える。そんな二人の後ろで、欠片は静かに優しく、美しい光を放っていた。


前のお話 | 次のお話
戻る