わたしのゆめ
しょうらいのわたしのゆめは、りっぱなぽけもんとれーなーになって、せかいじゅうをたびすることです。



たまたま少し暇な時間があった為に部屋の掃除を始めた所、クローゼットに置かれた箱の中から、幼い頃にトレーナーズスクールで書いた懐かしい作文が出てきた。こんなものがまだあったのか、そう思いながらはその作文をぐしゃぐしゃに丸めるとごみ箱に放り投げる。

空っぽのごみ箱の中で、丸められた作文用紙が乾いた音を立てる。幼い頃、あの作文を無邪気に書いたのであろう自分の姿を思い出しながら、将来の夢か、そう小さく呟いてベッドに倒れこんだ。ぼんやりと部屋の天井を眺めていると、先程の作文が頭の中に浮かんだので、慌ててそれを打ち消すように頭を振る。それから大きな溜め息を吐くと、目を閉じた。





がまだ五歳だった頃、暇さえあれば近所に住む歳の近い子供達とそこらを駆け回って遊んでいたが、それが出来なくなったのはが六歳になり近所の子供達と揃ってトレーナーズスクールに通うようになった時からだ。

他の子供達がトレーナズスクールでの勉強を終えた後、門限まで今までのように自由に遊ぶ中、だけは親に決められたたくさんの習い事へと通うようになった。
の親は両親揃って厳しく、中でも一等教育面に関しては厳しかったのだ。その為、が習い事を始めた当初、それらを時々休んで他の子供達と遊びたいと頼んでも頑なにそれを許さず、他の子供達と遊ぶ機会はめっきりと減り、軈てはその忙しさから全くと言っていい程に無くなってしまったのである。



そのように教育面に厳しい両親は、がトレーナーズスクールのテストで満点を取っても当たり前といった態度で、には褒められた記憶は殆ど無い。
それ所か、いい所に行けるように頑張りなさい。あなたのためなのだから。と言い聞かせるのだ。

もそれが当然のことだと思うようになっていたので、十歳になる頃には習い事を休みたいということは一切無くなり、ただ淡々と言いつけられた事、与えられた課題をこなすようになっていたのである。


そしてその頃には一緒に遊んでいた子供達は親の手を借りてポケモンを捕まえたり、親からポケモンを貰って自分だけのポケモンを持つようになっており、そしてそのポケモンを連れて旅に出る子も珍しくは無かった。

自分のように旅には出ずに今より一層勉強をするという子はあまりおらず、けれどそういった子達でもポケモンは持っていたので、旅に出ることよりも、まず自分のポケモンを持っているということが羨ましかったは昔、一度だけ自分もポケモンが欲しいと頼んだことがある。
だが、の両親は、ポケモンや友達と遊ぶような時間があるのならその分勉強をしなさい。そう言ってに自分のポケモンを持つことを許さなかった。


この時だ。「将来ポケモントレーナーになって、世界中を旅して回りたい」というの夢が泡のようになって消えたのは。



●●●




どうやらベッドの上でいつの間にか眠ってしまっていたようで、は目を擦るとゆっくりと起き上がった。昔懐かしい夢を見ていたのを何となく思い出しながら窓の外を見ると、眠ってしまう前はまだ明るかった外が少し薄暗くなっているのが見える。それから今日も、いつも通り夕方から塾に行かなくてはいけなかったことを思い出すと、慌てて鞄を手に外へ飛び出した。



塾へと向かう道中の大きな公園に差し掛かった所でポケギアを開くと、今日は珍しく仕事が早く終わったらしい母親から着信が何件かあったことが表示されていた。どうせ、勉強はちゃんとしているのかとかそんなことだろう。と、は深い溜息を吐く。

昔から親の言う通りに全てをこなし、勉強や習い事でもトップの結果を出して今尚親の期待に応えているというのに。一体何をそんなに心配しているのだろう。

昔から自分のやりたいことを一つもできない毎日への苛立ちをぶつけるように、道端に転がっていた小さな石を蹴る。そして転がっていった石を何となく目で追うと、は薄暗い夜空の下、街灯に照らされて何かが光るのを見つけた。

何だろうかと不思議に思いながらそれを拾い上げると、それは誰かが落としたのであろう一つの空のモンスターボールだった。泥がついて、所々傷がついている。道端では時々誰かの落し物である道具を拾えることがあるが、は幼い頃から自分のポケモンを持つことを許されなかったため、しっかりとモンスターボールを持ったことが無かった。

「へえ、随分と軽いのね」

モンスターボールについていた泥が手のひらに付着したが、そんなことも気にせずには初めてしっかりと手にしたモンスターボールへの感動へ夢中になっていた。

これで自分だけのポケモンを捕まえることができたらどんなに良いだろうか。でも、もし自分がポケモンを捕まえたなんて親が知ったら、あの頑固な親ならきっと逃がせと言うだろう。そんなことを思い浮かべながら暫く佇んでいたは、手のひらに収まるモンスターボールをじっくりと見つめると、諦めたように笑う。それからポケモンを捕まえる時ってこんな感じなのだろうかと思いながらモンスターボールを適当に投げた。

の手から離れたそれは、大きく弧を描くと近くの池の傍に落ちる。それを見たは、ちゃんとごみ箱に捨ててから買い物に行こうと、モンスターボールが落ちた辺りへと向かって歩き出そうとした。しかしそれと同時に聞きなれないポン!という軽い音が聞こえたので、は慌ててボールが落ちた辺りへと駆け寄る。すると、驚いたことに何やら池の傍で、モンスターボールがかたかたと揺れているのが見えた。



「えっ……?いやいや、ない。ない」

自分が適当に投げたモンスターボールが、偶然そこにいたポケモンに当たった?いや、まさか。思わず目の前で起きた光景を否定するように独り言を言いながら、恐る恐るが池に近付くと丁度揺れていたモンスターボールが静かになる所だった。

それを見たは驚いた顔をした後に、さっと顔を青褪めさせる。物凄い偶然とはいえ、自分がポケモンを捕まえてしまうなんて。一体どうしたらいいのだろう。ひとまずこのままにする訳にはいかないし、とそっと静かになったモンスターボールを手に取った。

それにしてもポケモンを捕まえるには、弱らせないといけないってずっと昔にトレーナーズスクールで習ったような気がするんだけれど、適当に投げたボールで捕まってしまうポケモンって一体……。そう思いながらは、よく見えるように街灯の下まで移動すると、とりあえず自分は一体何を捕まえてしまったのかを確認するために、モンスターボールを放った。


ポン!という先程聞いたのと同じ音を響かせてモンスターボールが開くと、中からポケモンが姿を現した。そしてべちゃりという音を立てると、街灯の明かりの下、ぴちぴちと跳ね回る。そのポケモンの姿は、いつだったか本で見たことがあった。

「えーっと、ヒンバス……?」

呆気に取られながらもが呼ぶと、そのポケモンは跳ね回るのを止めて、地面に横になりながらひん、と小さく鳴いた。

が偶然にも捕まえたポケモンは、他の個体よりも少し体が小さいヒンバスだった。池の中で暮らしていたが、ちょっとした出来事がきっかけで池の外へと出てしまい、跳ね回っていた所に偶然の投げたモンスターボールが飛んできたのである。水の外で跳ね回っていたので抵抗する力も無く、あっさりと捕まってしまったのだ。

そんなことを知らないは、とりあえずヒンバスは水の中で暮らしているだろうし、このままでは可哀想だとモンスターボールにヒンバスを戻した。それから困惑した様子でモンスターボールを見つめる。

このヒンバス、一体どうしたら良いんだろう。逃がすべきか?いや、でも。そればかりが頭の中をぐるぐると回る。昔からポケモンを持つことに反対されてきたは初めて自分のポケモンを捕まえたからと言って、よし育てよう、とあっさりと決断することも、だからと言ってすぐに逃がすという決断も出来なかったのだ。


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