Hanada
※「きっと世界は温かい」の続き


 家に常備しているキズぐすりのストックがなくなりそうだったので、フレンドリィショップへ行った帰り道のことだ。
 手袋を忘れてしまったのは失敗だったな。そんなことを考えながら、冷たくなった指先で首に巻いたマフラーを少しだけ引き上げたは口を開いた。

「荷物を持ってくれて――」

 ありがとう。でも、疲れてない? そう言葉を続けようとしたは、隣にいるはずの赤い姿が見えないことに気がついて足を止めた。

「るっ、ルチャブル?」

 つい先程まで隣にいたのに!? 慌てたが振り返ると、数メートル後ろの地点でルチャブルは佇んでいた。すぐにルチャブルを見つけられたことに安堵しながら、は来た道を引き返す。
 ルチャブルは通りに面した小さな店のガラスを食い入るように見つめていて、うっかり置いていかれてしまったことも、が慌てて引き返してきたことにもまだ気がついていないようだった。

「……何を見てるの?」

 あと数歩のところでは声をかける。すると赤色の肩が分かりやすいほどに跳ねた。
 出会ったばかりの頃のような怯えからくるものではなくて、単に目の前のものへ夢中になっているところに声がかかったから驚いただけ。
 それを分かっているは、アワアワしているルチャブルの隣に並ぶと同じようにガラスの向こうへ目を向けた。

 そこには小さな瓶がずらりと並んでいた。瓶の中には正方形で小粒のお菓子がぎっしりと詰められていて、赤や黄、緑に青と色ごとに分けられている。その様を見たは手芸屋で売られているビーズを思い出した。

「へえー。ここにポロック屋さんなんてできたんだ」

 フレンドリィショップへ行くときは違う道を通ったし、先ほどこの店を前を通った時のは歩道に沿って植えられたイチョウの黄金色に目を奪われていたので気がつかなかったのだ。
 そういえばルチャブルに喜んでほしくて色んなお菓子を買ったり作ったりしたけれど、ポロックはないかも。そう考えたは、ルチャブルの手にあるキズぐすりの入った袋をサッと持ちながら「お店に入ろうか」と店の扉を開いた。

 店に入ったふたりは、入口から一番近い棚の前で足を止めた。
 そこには赤色のポロックだけが詰められた瓶がいくつも並んでいて、それぞれの瓶に「クラボ」「フィラ」「マトマ」「ノワキ」というようにきのみの名前の書かれたポップが貼られていた。よく見るときのみごとに赤の濃淡が少しずつ違っていて、美しい赤色のグラデーションが作られている。
 ルチャブルは瓶をしげしげと眺めたあと、の服の裾を遠慮がちに引いて首を傾げた。
 屈んだは左手でフレンドリィショップの袋を持ち直すと、右手の手のひらでルチャブルの赤色の頭を撫でてやった。

「ポロックはきのみから作られたお菓子だよ」

 出会った頃よりも随分と毛艶のよくなった赤い羽毛を手のひらで堪能する。ルチャブルはそれがくすぐったいようで、あまいミツのような色の目をとろりと細めた。

「ここにあるのは辛い味ばかりだね。そっちにあるのが苦い味かな?」

 ルチャブルが好きな味は苦い味なのだ。ルチャブルの頭を撫でるのをやめたは、赤いポロックの瓶が並ぶ棚のふたつ隣の棚を指さした。
 そこには同じようにたくさんの瓶が並んでいて、やはり少しずつ濃淡の違う緑色でグラデーションが作られている。その棚を捉えた途端にルチャブルの目がキラキラと輝いたので、はふっと息を吐いて笑ってしまった。

「おやつを買って帰ろうか」



 いろんなきのみで作られた苦い味のポロックをそれぞれ少しずつ買ったふたりは、一休みするべく帰路の途中にある公園へ立ち寄った。広くはないものの、冬の寒さで紅葉した木々が立ち並ぶ美しい公園だ。
 陽の当たるベンチに腰を下ろしたはポロック屋の紙袋を開く。その隣にちょこんと座るルチャブルは初めてのポロックがよほど待ちきれないらしく、身を乗り出すとの持つ紙袋の中を覗き込んだ。
 ポロックは透明な袋で味ごとに分けられている。最初に指先へ触れた透明の袋を取り出したは、そこに書かれたきのみの名前を読み上げた。

「えーっと、これはチーゴのみで作られたポロックだって」

 袋からポロックを摘まみ上げたは、それを紅葉した木々の葉のように赤い手の上にそっと乗せる。ルチャブルは嬉しそうに鳴き声を上げて、の顔とポロックを交互に見遣った。

「食べてみて」

 は促すように、エメラルドグリーンと赤がジグザグに交わる頬を指先でくすぐった。きゅう、と喉を鳴らしたルチャブルが、何度か瞬きをしてからポロックを口に入れる。数秒後、白い口がもごもごと動いたかと思えばその顔はすぐに綻んだ。
 どうやらルチャブルは初めてのポロックを気に入ったらしい。

 ――と出逢ったばかりの頃のルチャブルは自分に自信がなく、常に何かに怯えているようだった。
 彼女の一挙一動に大きく反応を示していたし、表情だって困ったような、泣きそうなものばかりを浮かべていた。
 それが今では体に触れられれば心地よさそうに身を委ねるようになったし、見せる表情も随分と明るくなった。
 ルチャブルの過去に何があったのかをは知らない。それでも心を開いてくれていることは確かなことで、ルチャブルの見せた幸せそうな表情にも釣られて顔を綻ばせた。

 チーゴのみのポロックの袋の口を閉じ、代わりにバンジのみのポロックを取り出して差し出すと、ルチャブルはポロックを受け取りながらも不思議そうな表情を浮かべた。どうしてが笑っているのか気になったようだった。

「ルチャブルが気に入ってくれてよかったなあって思ったんだよ」

 はルチャブルの口の端についたポロックの欠片をハンカチで拭いながら言う。ルチャブルはぱちぱちと目を瞬かせてからふにゃりと笑った。



 チーゴにバンジ、ラブタにドリ。いろんなきのみの苦い味のポロックをルチャブルがひとつずつ食べたあと。はフレンドリィショップの袋を、ルチャブルはポロック屋の紙袋をそれぞれ持って並んで歩いていた。

「陽の当たるところは暖かいんだけど、日陰はさすがにちょっと」

 寒いねえ。そう続けようとしたは堪えきれずにくしゃみをする。ルチャブルに心配そうな眼差しを向けられて、ずび、と鼻を鳴らしたは「大丈夫」と言いながらマフラーを引き上げた。
 それでもルチャブルは安心できないようで、オロオロしながら不安そうな声で鳴いた。

「心配してくれてありがとう。帰ったら温かいエネココアでも飲もうかな」

 ルチャブルもどう? そう続けようとしたは、驚いてその言葉を口にすることができなかった。
 ルチャブルがポロック屋の紙袋を片手で抱え直し、そうして空いた方の手での空いている手を握ってきたからだ。
 日々を重ねる内にからルチャブルへ触れる回数はぐっと増えたが、ルチャブルから彼女へ触れることはほとんどなかった。あったとしても、今日のポロック屋でのように服の裾を引くだとか、精々その程度のことだけだ。
 だから、まさかルチャブルからこうして手を繋いでくれると思わなかったは思わず足を止めてしまった。

「……温かいや」

 赤くて小さくて、けれどとても温かい手のひらをぎゅっと握り返すとルチャブルは嬉しそうに目を細めて鳴いた。
 手袋を忘れてしまったのは正解だったな、なんて思いながらはゆっくり歩きだす。
 しっかり繋いだ手と、胸の内からじんわりと温まる冬の午後だった。


 
(ふたりの世界の温度/20231210)

お題箱の「ルチャブルのきっと世界は温かい、の続きをぜひ…!」「いつかルチャブルのお話の続きが読みたいです……!」「もし宜しければきっと世界は温かいのルチャブルと仲良くなったその後が~」より。