Hanada
私は人の手によって作り出された人工のポケモンです。名前は……そうですね。種族名で表すのならばポリゴンZ、それが私の名前です。

私の生まれた場所は、とある大きな工場でした。その大きな工場には、私以外にも沢山のポリゴンZがおりました。どうしてその工場にはそんなにも沢山のポリゴンZがいたのかと申しますと、その工場はとある研究のために私達を大量生産したのです。

その工場は異次元の世界、つまりは現実の世界とは異なるバーチャルな世界で、私達を活躍させる研究をしておりました。ポリゴンを大量に捕まえてきては、ポリゴン達をせっせとアップグレードし、そのポリゴン達がポリゴン2に進化をすれば、今度はそのポリゴン2達に怪しげなパッチを与えておりました。その結果生まれたのが、私達ポリゴンZなのです。

どうやら工場にいた研究員達の予想では、私達は異次元の世界で素晴らしい活躍をするに違い無かったようなのですが、実際にはそうはいきませんでした。ポリゴン2からポリゴンZへと進化したものの中に、可笑しな行動をとるものがちらほら現れたのです。それは最初はほんの数匹でした。しかしその数は徐々に増え、やがてほとんどのポリゴンZが異常行動をとるようになったのです。

機械のプログラムに侵入しては、そのプログラムを少しずつ書き換えてしまうもの、プログラムを消してしまうもの。試しに戦いに出れば味方と敵の区別がつかないもの、技を全く覚えられないものに、生き物と無生物の違いが分からないものや何も動かないもの。それは本当に様々でした。ただ一つ共通するならば、それらのポリゴンZは必ずどこか異常だったのです。

さて、その異常であるポリゴンZを大量に生産してしまった工場は一体どうなったのでしょうか。……工場は、結論から申しますと跡形も無く消えてしまいました。破壊的衝動に駆られて止まない、やはり異常なポリゴンZ達が暴れ、工場を破壊してしまったのです。沢山の研究員やポリゴンZ達が瓦礫に埋もれてゆく中で、奇跡的に難を逃れたポリゴンZはほんの僅かでした。私もそのうちの一匹だったのです。そして幸にも、……自ら申すのもおかしいですが、私は未だに異常な行動を起こしてはおりませんでした。

そして工場がただの瓦礫と化した日、私はその場をひっそりと離れました。他の奇跡的に難を逃れた仲間達も、散り散りになって姿を消したようでした。私達は、もうこの場にいても無意味であると判断したのです。それから流れに流れて私はとある街に着くと、その街の隅の廃材置き場に何となく惹かれ、雨の中をぼうっと何もせずに棄てられた廃材を眺めておりました。

暫くすると、私のすぐ横を一匹のニャルマーが駆け抜けてゆきました。続いて地面に溜まった雨水を跳ねながら駆ける足音が聞こえました。何の気無しにそちらへくるりと頭を向けますと、そこには一人の人間が立っておりました。身長、顔立ち、服装、全ての要素から、私の頭に詰め込まれたAI、つまり人工知能は、それが淡い色の傘を差した人間の女であると判断しました。

「もう……!どこに行ったんだか……」

人間の女は、先程のニャルマーを探しているようでした。恐らく素早いニャルマーに、泥棒でもされたのでしょう。そして人間の女は辺りを見回した後、私の姿を見つけると酷く驚いた様子で目を止めました。

「……ぽ、ポリゴンZ!?」

女は私の目の前で足を止めると傘を差したまましゃがみ込み、そして私を見つめました。

「トレーナーはいないの?ずぶ濡れじゃない!」

そう言うが否や女は自分の着ていたパーカーで私を包むと、私の体重は重かったでしょうに、私を抱えて走り出したのです。これが私と、の出会いでありました。

ポケモンセンターは中々凄い所でした。人工に作られたポケモンである私も、手慣れた手つきで治療してしまったのです。長い時間雨に打たれていた私は身体の熱が下がり切り、体力も残り僅かだったのですが、どうやら無事のようでした。つくづく運が良いと思います。

そして私の治療が終わりあの女の元へと帰された時、あの人間の女は心底安心したような顔を見せました。私とあなたは赤の他人でしょうに、変わった人間だなあとこの時私は思ったのです。



「私は。君、見たところ野生だよね」

私を家へと連れ帰ると、女……はそう言いました。私がそれに頷くと、は「君の家は、今日からここだよ」ときっぱりと言いました。どうやら私には拒否権が無いようです。まあ、いざとなればこの家を出ることなど造作も無いことなので、気にはなりませんでした。



さて、月日の流れというものは早く、の元で暮らすようになってから暫くが経ちました。私、ポリゴンZは人工のポケモンでありますので、先程申しましたように人工知能といったものが備えられております。この私達ポリゴンZというポケモンに備えられたAI、つまり人工知能は、新しい感情や仕種を一人で覚えてゆくプログラムを搭載しておりました。の元で暮らすようになってから、私はこのプログラムがいつか故障するのではないかと思うようになりました。何せ、との暮らしは目新しいものばかりなので、いつだってこのプログラムがフル稼動をしているのです。

しかしいくら喜怒哀楽という感情を覚えても、私には“アイ”というものが理解出来ませんでした。それは科学的な力で表現するには、あまりにも難しかったのです。ローマ字読みをすれば同じ読み方の出来る、“AI”というものなら理解出来るのですが……。AI、正しい読み方はアイではありません。エーアイです。つまりartificial intelligence、アーティフィシャル・インテリジェンス。先程から何度か私に備えられていると申した、人工知能のことであります。

これを説明しろと言われれば、難しい数式や図を用いてAIのプログラムでも説明すれば良いのですが、“愛”というものにはそういった数式などがありません。

なので私は、ある時の友人がの家を訪ねて来た時、その友人が連れていたワカシャモに、「君はこの人のこと、好き?」とを指差して尋ねられても、ただ首を傾げるしか無かったのです。その様子を見て、ワカシャモは私が人工のポケモンであることを思い出したようでした。

その後ワカシャモは、自分のトレーナーでもあるの友人に抱き着き、頭を撫でられておりました。その行動に何の意味が有るかは解りませんが、気持ち良さそうに眼を細めるワカシャモを見て、何となく羨ましいような気持ちになったのとは覚えております。


はたして、私にとって不可解で仕方ない“アイ”というものを理解出来る日はくるのでしょうか。そう考えて私は、「今日の献立」について悩むを見て覚えた、「首を傾げる」動作をしたのでした。