草むらを歩くロコン、地面の巣穴から顔を出したホルビーに、花の周りでくるくる踊るスボミーたち。昼下がりのこもれび林は賑やかだ。
野生のポケモンたちを眺めることに夢中になってしまって、木の枝の先、よく熟れたきのみに伸ばしかけていた手が止まる。そうしてぼんやりと野生のポケモンたちを眺めていると、トン、と背中に軽い衝撃があった。
驚いて振り返ると、相棒のハッサムが眉間にしわを寄せて立っていた。どうやら先程の衝撃は、ハッサムにハサミで背中をつつかれたらしい。
金色の瞳にはほんの少しだけ不満そうな色が浮かんでいる。今日こもれび林に来たのは「きのみを集めに行きたい」と私が言い出したからなのに、先程からその作業があまり進んでいないからだろう。
「いろんなポケモンがいて、つい。ごめんね」
呆れたような視線を受け止めながら、今度こそモモンの実に手を伸ばす。食べ頃なのがよく分かる、つやつやでずっしりとした重さのモモンのみだ。すなおな性格のハッサムは特にこれといって味に好みはないけれど、どうせならより美味しいきのみを食べてほしい。そんなことを思いながら、もういくつかのモモンのみを採った。
「こんなものかなあ。そろそろ帰ろうか」
モモンのみにクラボのみ、チーゴのみとカゴのみ。いろんな種類のきのみがこれだけあれば、カレーだけでなくお菓子を作っても余るくらいだ。赤いハサミに引っかけるようにして提げられたトートバッグの中は、殆どハッサムが集めてくれたきのみでいっぱいになっている。私の言葉に同意するようにハッサムも頷いた。
木々の葉の隙間を縫うようにして落ちてきた水の珠が、私とハッサム、二人の頭の上で跳ねたのはその時だった。
「うわっ、何? ……え、雨?」
ハッサムも驚いたのか目を丸くしている。慌てて緑の重なりの隙間から空を覗くと、いつの間にか空には灰色の重たい雨雲が広がっていた。
「えっ、嘘でしょ? 天気予報では晴れだったのに!」
二人で顔を見合わせる。ワイルドエリアの天候は変わりやすい。だからこそ家を出る前に天気予報はしっかり確認したし、ワイルドエリアに着いてからもスマホロトムにこもれび林は当分の間晴れであることを確認してもらっていた。
それなのにまた一つ、二つと雨粒が落ちてくる。再び雨粒が頭の上で跳ねたところで、少し遠くで間延びした声が聞こえた。
「ああ、分かった……。ペリッパーかあ……」
こもれび林の隣、うららか草原には野生のペリッパーが棲息している。そしてペリッパーには時々、雨雲を呼ぶ個体がいるのだ。どうやら、今日は偶然にもとくせいが「あめふらし」の子がこもれび林の近くにいたらしい。
ペリッパーが呼んだ雨雲が、うららか草原から隣のこもれび林にまで流れてきたのだろう。こればかりはさすがに天気予報でも予測できない。
「少し待てば止むはずだから、ここで待っていようか……」
無理に雨の中を急いで帰る必要はない。そう判断して、トートバッグの中のきのみの奥底から折り畳みの傘を引っ張り出す。二人で入るには少し小さいけれど、無いよりはマシだろう。
「念のため持ってきておいてよかった」
そんなことを口にしながら傘を開く。手招きすると、ハッサムは少し屈むようにして大人しく傘の下に収まった。
突然の雨に驚いたのか、野生のポケモンたちの姿は一切見えなくなっていた。
あの賑やかさはどこへやら、静まり返ったこもれび林には雨粒が木々の葉や傘に当たって弾けていく音だけが響いている。
小さな傘の下、ハッサムと身を寄せあったまま遠くを眺める。何だか二人きりになってしまったみたいだなあ、なんて思いながらハッサムに目を向けると、金色の目と目が合った。
「早く止むといいね」
傘を持ったまま、すぐ隣のハッサムに少しだけ寄りかかる。ハッサムは微かに驚いたようだった。しかしすぐに、頭の上から短いけれどやわらかな声が降ってくる。自然と頬が緩んだ。
早く雨が止むといい。そう思ったことに嘘はない。けれど今はまだ、もう少しこの二人だけの世界にとどまっていたい。そう思ってしまったこともまた、本当だった。
(ハッサムと雨宿り/20210901)
野生のポケモンたちを眺めることに夢中になってしまって、木の枝の先、よく熟れたきのみに伸ばしかけていた手が止まる。そうしてぼんやりと野生のポケモンたちを眺めていると、トン、と背中に軽い衝撃があった。
驚いて振り返ると、相棒のハッサムが眉間にしわを寄せて立っていた。どうやら先程の衝撃は、ハッサムにハサミで背中をつつかれたらしい。
金色の瞳にはほんの少しだけ不満そうな色が浮かんでいる。今日こもれび林に来たのは「きのみを集めに行きたい」と私が言い出したからなのに、先程からその作業があまり進んでいないからだろう。
「いろんなポケモンがいて、つい。ごめんね」
呆れたような視線を受け止めながら、今度こそモモンの実に手を伸ばす。食べ頃なのがよく分かる、つやつやでずっしりとした重さのモモンのみだ。すなおな性格のハッサムは特にこれといって味に好みはないけれど、どうせならより美味しいきのみを食べてほしい。そんなことを思いながら、もういくつかのモモンのみを採った。
「こんなものかなあ。そろそろ帰ろうか」
モモンのみにクラボのみ、チーゴのみとカゴのみ。いろんな種類のきのみがこれだけあれば、カレーだけでなくお菓子を作っても余るくらいだ。赤いハサミに引っかけるようにして提げられたトートバッグの中は、殆どハッサムが集めてくれたきのみでいっぱいになっている。私の言葉に同意するようにハッサムも頷いた。
木々の葉の隙間を縫うようにして落ちてきた水の珠が、私とハッサム、二人の頭の上で跳ねたのはその時だった。
「うわっ、何? ……え、雨?」
ハッサムも驚いたのか目を丸くしている。慌てて緑の重なりの隙間から空を覗くと、いつの間にか空には灰色の重たい雨雲が広がっていた。
「えっ、嘘でしょ? 天気予報では晴れだったのに!」
二人で顔を見合わせる。ワイルドエリアの天候は変わりやすい。だからこそ家を出る前に天気予報はしっかり確認したし、ワイルドエリアに着いてからもスマホロトムにこもれび林は当分の間晴れであることを確認してもらっていた。
それなのにまた一つ、二つと雨粒が落ちてくる。再び雨粒が頭の上で跳ねたところで、少し遠くで間延びした声が聞こえた。
「ああ、分かった……。ペリッパーかあ……」
こもれび林の隣、うららか草原には野生のペリッパーが棲息している。そしてペリッパーには時々、雨雲を呼ぶ個体がいるのだ。どうやら、今日は偶然にもとくせいが「あめふらし」の子がこもれび林の近くにいたらしい。
ペリッパーが呼んだ雨雲が、うららか草原から隣のこもれび林にまで流れてきたのだろう。こればかりはさすがに天気予報でも予測できない。
「少し待てば止むはずだから、ここで待っていようか……」
無理に雨の中を急いで帰る必要はない。そう判断して、トートバッグの中のきのみの奥底から折り畳みの傘を引っ張り出す。二人で入るには少し小さいけれど、無いよりはマシだろう。
「念のため持ってきておいてよかった」
そんなことを口にしながら傘を開く。手招きすると、ハッサムは少し屈むようにして大人しく傘の下に収まった。
突然の雨に驚いたのか、野生のポケモンたちの姿は一切見えなくなっていた。
あの賑やかさはどこへやら、静まり返ったこもれび林には雨粒が木々の葉や傘に当たって弾けていく音だけが響いている。
小さな傘の下、ハッサムと身を寄せあったまま遠くを眺める。何だか二人きりになってしまったみたいだなあ、なんて思いながらハッサムに目を向けると、金色の目と目が合った。
「早く止むといいね」
傘を持ったまま、すぐ隣のハッサムに少しだけ寄りかかる。ハッサムは微かに驚いたようだった。しかしすぐに、頭の上から短いけれどやわらかな声が降ってくる。自然と頬が緩んだ。
早く雨が止むといい。そう思ったことに嘘はない。けれど今はまだ、もう少しこの二人だけの世界にとどまっていたい。そう思ってしまったこともまた、本当だった。
(ハッサムと雨宿り/20210901)