Hanada
「嘘でしょ……」

 朝起きたら、体のあちこちが痛かった。原因は分かっている。ここ最近運動不足だなあ、なんて思って昨日はストレッチをしたのだ。張り切っていきなり体を動かしたら筋肉痛になるだろう、と思っての軽めのストレッチだ。だというのに。今、私の体は見事に悲鳴を上げている。

「いたた……」

 唸りながらもぎこちない動きでベッドから起き上がると、先に起きていたバシャーモがひょこりと部屋の入り口から顔を覗かせた。私の声が聞こえたのか、その青い瞳には心配の色が滲んでいる。

「おはよう、バシャーモ。ああ、えっと……そんな心配しなくても大丈夫。ただの筋肉痛だから」

 眉間にしわを寄せたバシャーモが首をかしげる。そっか、バシャーモは筋肉痛なんて知らないよね……。そう思いつつ、それが何であるかを説明する。慣れない運動をした時だとか、普段使わない筋肉を使うと体が痛くなるんだよ。まあ、筋肉がびっくりしたようなものかな。私の言葉に耳を傾け、筋肉痛が何であるかを理解したバシャーモが、ふむ、と頷いた。それから「え?」という顔をする。
 バシャーモの言いたいことは分かっている。彼は昨日、私がストレッチをする姿を不思議そうに眺めていたからだ。原因があのストレッチだと思い当たったのだろう。
 えっ、あの程度の運動で……? 嘘だろ……? そう言いたげな表情に、私は苦笑いを浮かべることしかできない。

「……とりあえず、朝ご飯に」

 しようか、と言いかけて太ももの痛みに顔をしかめると、呆れた表情を浮かべたバシャーモが私の元にやってきた。二メートル近い身長の彼に目の前に立たれて見下ろされると、なかなかの威圧感がある。「な、なに?」思わずたじろぐと、バシャーモは両手で私をさっと抱え上げたのだった。

「……あ、あのねバシャーモ! 歩けない訳じゃないからね!?」

 突然のことに驚いて身を捩ると、体がまた悲鳴を上げた。堪らず唸り声を上げた私に、バシャーモの呆れた視線が突き刺さる。彼は筋肉痛が何であるかを理解しても、それがどの程度の痛みでどの程度動けるものかまでは知らないのだ。

 けれど今私が説明したところで、きっと聞いてくれはしないだろう。いいから大人しくしておけ。そんな顔をするに決まっている。説明することを放棄した私は、これからはちゃんと運動しようと誓いながら、赤いからだに大人しく身を寄せたのだった。


バシャーモと筋肉痛/20210512