アオキノコに毒テングダケ。薬草に落陽草の花とメニーベリー。上竜骨とユニオン鉱石に、フルクライト鉱石。
日課である東カムナの高台での素材集めは上々の結果だった。採取した木の実や植物のいくつかは相棒のプケプケにつまみ食いをされたものの、それでも十分すぎる量がポーチに入っている。
途中でナルガクルガ亜種に追い回される、なんてハプニングもあったけれど、逃げた先でお宝の入った古びた宝箱を見つけられたので結果オーライ。そう、そこまではよかったのだ。
溜息を吐くと、すぐ隣で地面をつついていたプケプケが顔を上げた。それから私の顔をじっと見て、「何?」とでも言うかのように首を傾げる。
「雨が全然止みそうにないなって」
素材は十分に集まったし、そろそろマハナ村に帰ろう。そう思ったタイミングで運悪く雨が降ってきてしまったのはもう随分と前のことだ。
東カムナの高台──ハコロ島の東に位置する、高い崖の上に広がるフィールド。ここはモンスターの力を借りなければ訪れるのが難しい場所だ。
仮にモンスターの力を借りずに何とかたどり着いたとしても、帰りは危険な崖を下ることになる。その上採取した素材やモンスターとの戦闘による戦利品があったとしたら、それを抱えて下りなければならない。
そんな危険で手間のかかることをわざわざする人間はそういないだろう。私だってそうだ。ここを訪れる時にはいつもプケプケの背に乗せてもらっている。今日もそうしてもらったし、帰りも勿論プケプケの背に乗せてもらうつもりだったのだけど。
モンスターの背に乗せてもらって飛行する際、小雨程度ならなんてことはない。けれど遠くの景色が白くけぶってしまうほどの雨風となればそうもいかず、こうして大木の木陰でふたり並んで雨脚が弱まるのを待ち続けている。
雨が降る前はそこらでブナハブラやクンチュウを見かけたけれど、彼らもまた私たちと同じようにどこかへ身を潜めてこの雨を凌いでいるようで、今は一匹も姿を見かけない。
普段と違ってひっそりしている東カムナの高台にあるのは、雨が木々の葉や地面を打つ音とわたしたちの息遣いだけだ。
何層にも重なった緑の葉の隙間をくぐり抜けた雨粒がプケプケの鼻先で弾けて、元から大きな黄色の目が更に大きくまんまるになった。
鮮やかな色の鱗に覆われた鼻へ手を伸ばし、そこを指でそっと拭う。するとプケプケは「ンギャ」と声を漏らした後に体をふるりと震わせた。
「ああ、ごめんね。くすぐったかったかな」
私の言葉にもう一度体を震わせたプケプケは、おかえしのつもりなのか長い舌を伸ばして私の頬をべろりと舐めた。
「うえっ」
耐毒効果のある装備のお陰でプケプケと触れ合おうが毒に苦しむことはない。けれど、こうして思い切り舐められるとベトベトになるので勘弁してほしい。
手の甲で頬を拭う私を見て、プケプケは口の端を引き上げた。太い舌の先を見せてニヤニヤと笑っている。
「こいつめ」
プケプケの両頬に手を添えて、そこをむにむにと手のひらで押し潰す。それから顎の下を指先で掻いてやると、気持ちよさそうに目を閉じたプケプケは大きな欠伸をひとつこぼした。
朝早く起きて私をここまで運び、それから採取に戦闘とあれこれ手伝ってくれていたので疲れたようだ。
「私が見張ってるから、少し休んだら?」
携えていた武器を傍らに置いて腰を下ろし、隣の地面をポンポンと叩く。返事のつもりなのか「ギャ」と短く鳴いたプケプケは、辺りを念入りに見回してから大人しく私の隣で丸くなった。
視力、聴覚、嗅覚。各種の感覚器官が非常に発達しているプケプケは、周囲の様子を探ることに長けている。
そんなプケプケが大人しく眠ろうとしているのだから、すぐ傍にこれといった脅威はないと思っていいはず。そう判断した私は肩から力を抜くと、相も変わらず白くけぶる景色をぼんやりと見つめた。
暫く経って雨は幾分マシになったものの、吹き付ける風はまだ周囲を威圧するように唸り声を轟かせている。
呼吸に合わせて微かに上下する鮮やかな緑色の体。そこにそっと寄りかかる。するとプケプケが薄く瞼を開いて、のそのそと身動ぎした後に翼で私を抱え込んだ。鮮やかな緑色の体と翼の隙間にすっぽりと収められる。
少し苦しいなと思ったものの、プケプケの体と翼が吹き付ける風の殆どを遮ってくれていることに気がついた私は頬を緩めた。
「……ありがと」
そうっと囁いて、私を守る体にもう一度寄り添う。雨はまた少し弱まったようだった。
この様子なら、きっと直に止むだろう。
それからまた暫くした頃、私はプケプケの体を揺すり起こした。
「プケプケ、起きて」
すぐに目を覚ましたプケプケは翼を広げて私を解放すると、喉の奥まで見えそうなくらい大きな欠伸をした。立ち上がった私はぐっと伸びをしてから遠くの空を指し示す。
「ほら見て。雨が上がったよ。それに風も随分と弱まってる」
空には重たく分厚い灰色の雲が残っているが、それでも雨はすっかり止んでいた。風も濡れた木々の葉を静かに揺らすだけで、先程までの轟く唸り声が嘘のようだ。
緩慢な動作で立ち上がったプケプケは全身を小さく震わせて体の水滴を落とし、それから私の顔をじっと見つめた。プケプケの言いたいことは分かっている。頷いた私は口を開いた。
「うん、今のうちに帰っちゃおう」
装備の汚れを払って武器を背負い、鞄やポーチがちゃんとあることも確認する。準備が整ったところで「お願いしてもいい?」と尋ねると、プケプケは短く鳴いて屈んでくれた。鞍の持ち手をしっかりと掴んで、緑色の背に跨る。
顔を上げるといつの間にか姿を現したブナハブラやクンチュウが遠巻きにこちらを見ていることに気がついた。けれど、プケプケが咆哮を上げれば怯んだ様子を見せて散り散りになっていく。
「行けるよ」
背中をトントンと叩いて合図をする。二、三度程地面を踏み締めたプケプケは、大きく翼を広げると勢いよく飛び立った。
鞍の持ち手を握り直し、徐々に雨が降る前の活気を取り戻しつつある東カムナの高台を見下ろす。今はまだ小型モンスターの姿しか見えないけれど、その内ケチャワチャ亜種やクルペッコ亜種なんかの大型モンスターも姿を現すだろう。
プケプケは灰色の空を何度か旋回すると、マハナ村のある方角を定めて静かに滑空した。潮風が私たちを遠慮なく撫でていく。
やがて雲の切れ間から光芒が差して、ハコロ島の海を照らした。待ちわびた太陽の光をたっぷり溶かし込んだ海面は、空を照らし返すよう穏やかに揺れている。海だけじゃない。雨に濡れた大地も、光が降りた箇所から美しい金色に染まっていく。
光が満ちる、その幻想的な光景に思わず息を飲んだ。
「……プケプケ、大丈夫? 眩しくない?」
ちらりと振り返ったプケプケが平気だと言うように鳴いたので、そっと息を吐いた。
思わぬ雨に足止めを食らったことで、いつもよりも随分と時間がかかってしまった。それでも、こんな美しい景色を見られたのだからあの雨風も悪くはなかったと思える。
光に縁取られる相棒の背中をそっと撫でて前を向く。マハナ村まで、もうすぐだ。
(光の帰り道/20230131)
日課である東カムナの高台での素材集めは上々の結果だった。採取した木の実や植物のいくつかは相棒のプケプケにつまみ食いをされたものの、それでも十分すぎる量がポーチに入っている。
途中でナルガクルガ亜種に追い回される、なんてハプニングもあったけれど、逃げた先でお宝の入った古びた宝箱を見つけられたので結果オーライ。そう、そこまではよかったのだ。
溜息を吐くと、すぐ隣で地面をつついていたプケプケが顔を上げた。それから私の顔をじっと見て、「何?」とでも言うかのように首を傾げる。
「雨が全然止みそうにないなって」
素材は十分に集まったし、そろそろマハナ村に帰ろう。そう思ったタイミングで運悪く雨が降ってきてしまったのはもう随分と前のことだ。
東カムナの高台──ハコロ島の東に位置する、高い崖の上に広がるフィールド。ここはモンスターの力を借りなければ訪れるのが難しい場所だ。
仮にモンスターの力を借りずに何とかたどり着いたとしても、帰りは危険な崖を下ることになる。その上採取した素材やモンスターとの戦闘による戦利品があったとしたら、それを抱えて下りなければならない。
そんな危険で手間のかかることをわざわざする人間はそういないだろう。私だってそうだ。ここを訪れる時にはいつもプケプケの背に乗せてもらっている。今日もそうしてもらったし、帰りも勿論プケプケの背に乗せてもらうつもりだったのだけど。
モンスターの背に乗せてもらって飛行する際、小雨程度ならなんてことはない。けれど遠くの景色が白くけぶってしまうほどの雨風となればそうもいかず、こうして大木の木陰でふたり並んで雨脚が弱まるのを待ち続けている。
雨が降る前はそこらでブナハブラやクンチュウを見かけたけれど、彼らもまた私たちと同じようにどこかへ身を潜めてこの雨を凌いでいるようで、今は一匹も姿を見かけない。
普段と違ってひっそりしている東カムナの高台にあるのは、雨が木々の葉や地面を打つ音とわたしたちの息遣いだけだ。
何層にも重なった緑の葉の隙間をくぐり抜けた雨粒がプケプケの鼻先で弾けて、元から大きな黄色の目が更に大きくまんまるになった。
鮮やかな色の鱗に覆われた鼻へ手を伸ばし、そこを指でそっと拭う。するとプケプケは「ンギャ」と声を漏らした後に体をふるりと震わせた。
「ああ、ごめんね。くすぐったかったかな」
私の言葉にもう一度体を震わせたプケプケは、おかえしのつもりなのか長い舌を伸ばして私の頬をべろりと舐めた。
「うえっ」
耐毒効果のある装備のお陰でプケプケと触れ合おうが毒に苦しむことはない。けれど、こうして思い切り舐められるとベトベトになるので勘弁してほしい。
手の甲で頬を拭う私を見て、プケプケは口の端を引き上げた。太い舌の先を見せてニヤニヤと笑っている。
「こいつめ」
プケプケの両頬に手を添えて、そこをむにむにと手のひらで押し潰す。それから顎の下を指先で掻いてやると、気持ちよさそうに目を閉じたプケプケは大きな欠伸をひとつこぼした。
朝早く起きて私をここまで運び、それから採取に戦闘とあれこれ手伝ってくれていたので疲れたようだ。
「私が見張ってるから、少し休んだら?」
携えていた武器を傍らに置いて腰を下ろし、隣の地面をポンポンと叩く。返事のつもりなのか「ギャ」と短く鳴いたプケプケは、辺りを念入りに見回してから大人しく私の隣で丸くなった。
視力、聴覚、嗅覚。各種の感覚器官が非常に発達しているプケプケは、周囲の様子を探ることに長けている。
そんなプケプケが大人しく眠ろうとしているのだから、すぐ傍にこれといった脅威はないと思っていいはず。そう判断した私は肩から力を抜くと、相も変わらず白くけぶる景色をぼんやりと見つめた。
暫く経って雨は幾分マシになったものの、吹き付ける風はまだ周囲を威圧するように唸り声を轟かせている。
呼吸に合わせて微かに上下する鮮やかな緑色の体。そこにそっと寄りかかる。するとプケプケが薄く瞼を開いて、のそのそと身動ぎした後に翼で私を抱え込んだ。鮮やかな緑色の体と翼の隙間にすっぽりと収められる。
少し苦しいなと思ったものの、プケプケの体と翼が吹き付ける風の殆どを遮ってくれていることに気がついた私は頬を緩めた。
「……ありがと」
そうっと囁いて、私を守る体にもう一度寄り添う。雨はまた少し弱まったようだった。
この様子なら、きっと直に止むだろう。
それからまた暫くした頃、私はプケプケの体を揺すり起こした。
「プケプケ、起きて」
すぐに目を覚ましたプケプケは翼を広げて私を解放すると、喉の奥まで見えそうなくらい大きな欠伸をした。立ち上がった私はぐっと伸びをしてから遠くの空を指し示す。
「ほら見て。雨が上がったよ。それに風も随分と弱まってる」
空には重たく分厚い灰色の雲が残っているが、それでも雨はすっかり止んでいた。風も濡れた木々の葉を静かに揺らすだけで、先程までの轟く唸り声が嘘のようだ。
緩慢な動作で立ち上がったプケプケは全身を小さく震わせて体の水滴を落とし、それから私の顔をじっと見つめた。プケプケの言いたいことは分かっている。頷いた私は口を開いた。
「うん、今のうちに帰っちゃおう」
装備の汚れを払って武器を背負い、鞄やポーチがちゃんとあることも確認する。準備が整ったところで「お願いしてもいい?」と尋ねると、プケプケは短く鳴いて屈んでくれた。鞍の持ち手をしっかりと掴んで、緑色の背に跨る。
顔を上げるといつの間にか姿を現したブナハブラやクンチュウが遠巻きにこちらを見ていることに気がついた。けれど、プケプケが咆哮を上げれば怯んだ様子を見せて散り散りになっていく。
「行けるよ」
背中をトントンと叩いて合図をする。二、三度程地面を踏み締めたプケプケは、大きく翼を広げると勢いよく飛び立った。
鞍の持ち手を握り直し、徐々に雨が降る前の活気を取り戻しつつある東カムナの高台を見下ろす。今はまだ小型モンスターの姿しか見えないけれど、その内ケチャワチャ亜種やクルペッコ亜種なんかの大型モンスターも姿を現すだろう。
プケプケは灰色の空を何度か旋回すると、マハナ村のある方角を定めて静かに滑空した。潮風が私たちを遠慮なく撫でていく。
やがて雲の切れ間から光芒が差して、ハコロ島の海を照らした。待ちわびた太陽の光をたっぷり溶かし込んだ海面は、空を照らし返すよう穏やかに揺れている。海だけじゃない。雨に濡れた大地も、光が降りた箇所から美しい金色に染まっていく。
光が満ちる、その幻想的な光景に思わず息を飲んだ。
「……プケプケ、大丈夫? 眩しくない?」
ちらりと振り返ったプケプケが平気だと言うように鳴いたので、そっと息を吐いた。
思わぬ雨に足止めを食らったことで、いつもよりも随分と時間がかかってしまった。それでも、こんな美しい景色を見られたのだからあの雨風も悪くはなかったと思える。
光に縁取られる相棒の背中をそっと撫でて前を向く。マハナ村まで、もうすぐだ。
(光の帰り道/20230131)