※「あの夢の続きを追いかけて」の続き
昼をとうに過ぎた平日のカフェは随分と空いている。
ざっと数えてみても利用客は数組しかおらず、そんなカフェの一番奥のボックス席は、今、最も人目につかない席であった。
テーブルには二種類のデザートとパイルジュースの注がれたグラスが二個置かれている。ひとりソファに座るハッサムは、二種類のデザートのうち、自分の目の前にある方――ヒメリタルトへ視線を落とした。
タルトを飾るヒメリのコンポートは、「さあ、食べなさい」と誘うかの如くつややかな輝きを放っている。宝石のように美しくきらめくそれを暫し観察したハッサムは、ううんと首を捻った。
このヒメリタルトをどうやって食べるべきなのか、いくら考えても分からなかったからだ。
これがタルトじゃなくてただのヒメリのみであったなら、ハッサムは鋼鉄のはさみで難なく口へ運ぶことができただろう。
硬いと言えど力加減もせずに自慢の武器で挟んでしまえば粉々になってしまうヒメリのみだが、以前「やさしく触れる」練習をしたことがあるからだ。
しかし、目の前にあるのはただのヒメリのみではない。
瑞々しいコンポートは見るからにヒメリのみよりもやわそうであった。力加減も分からないままに触れたら、あっという間にぺしゃんこになってしまうだろう。
コンポートよりも多少は硬そうに見えるタルト生地も、タルトを口にしたことがないハッサムには実際どの程度の硬度なのか予想もつかない。それに、大切な武器であるはさみがベタつくのは正直なところ避けたいことであった。
ヒメリタルトの横には銀の小さなフォークが置かれているが、はさむよりも砕く方が得意なはさみでそれを扱えるわけもなく。
ハッサムはむむ、と眉間にしわを寄せた。
そうして難敵と睨み合いを続けるハッサムに、やわらかな声がかかった。
仕事先からの急な電話に出るため席を外していたが戻ってきたのだ。
「おまたせ」
睨み合いを先に放棄することは、自身の負けを認めるようなものである。
そのためワイルドエリアで暮らしていた頃のハッサムはどんな強敵相手だろうと一度足りともしたことがないが、耳へ届いた最愛のこいびとの声に睨み合いをあっさりと放棄した。
「せっかくのお休みだっていうのに、連絡してくるとか勘弁してほしいなあ」
口を尖らせたが仕事への不満を呟く。だが、すぐに笑顔を浮かべると「隣、座るね」と言ってハッサムの隣へ腰を下ろした。ウールーの綿毛のようにやわらかなソファが少しだけ沈む。
周りの数少ない利用客を見るに、この場所――カフェではこいびと同士は向かい合って座るものだと思っていたハッサムは少し面食らったものの、向かい合って座るよりもふたりの距離がずっと近くなるので目を細めた。
「……それで、難しい顔をしてたみたいだけど。どうしたの?」
ヒメリタルトとハッサムを交互に見遣ったが不思議そうな表情を浮かべた。
今日、ふたりがナックルシティにあるこのカフェを訪れているのはがハッサムをデートに誘ったからだった。
いつものように家でのんびり過ごすのもいいけれど、たまには外へデートに行くのはどう? と。
「あ、デートっていうのはつまり、一緒にお出かけしようってことね」
少し照れたように笑うの提案にハッサムは迷うことなく頷いて、それから今しがた意味を知った「デート」という言葉を頭の中で何度も繰り返した。
とデート。何とも心の弾む響きに、ハッサムはつるぎのまいのひとつでも舞いたい気分だった。
それからふたり仲良く並んでカフェへとやって来て、「私はヒメリタルトが好きでよく頼むんだよね」というの言葉にじゃあそれでとメニューを決めたのだが、この時のことをハッサムは反省している。
――すっかり浮かれていたために、ヒメリタルトがどんなものかを確認しなかった。その結果、今こうしてタルトの食べ方なんて些細なことで躓いているのだから。
ハッサムが目の前のなやみのタネを見遣ると、それを追いかけるようにの視線もそちらへ向いた。
「ヒメリタルト、やっぱり気分じゃなくなっちゃった? 私が頼んだワッフルと交換する?」
ヒメリタルトも好きだし、構わないよー。なんて言いながらがもう一方の皿へ手を伸ばす。
が頼んだワッフルはミツハニーのはちみつワッフルといって、ミツハニーの姿を模した六角形のワッフルにチョコレートのアイスと甘酸っぱいベリーが添えられているものだ。
甘いはちみつがたっぷりかけられているそれは曰く数日前から登場した新メニューであり、今日彼女がカフェへ行きたがった理由でもある。
そうじゃないのだとハッサムは首を横に振った。
ただ、せっかくが誘ってくれたデートだし、こいびとのお気に入りのメニューを食べるくらいそつなくこなしたかったのだけど。
肩を落としたハッサムが小さなフォークをはさみで指し示すと、は目を瞬かせた。
「……ええっと、もしかして」
ハッサムの指し示した先を見たが、赤い鋼鉄のはさみにやさしく触れる。
「フォークが持てなくて困ってたり……する?」
フォークが持てないからというよりも、せっかくが勧めてくれたタルトをどうあがいても上手く食べられそうになくて困っているのだが、その仔細を伝えることはどうにも難しい。悩んだ末にハッサムが頷くと、は小さな銀のフォークを手に取った。
「確かにこのフォークだとハッサムには小さすぎるかなあ。私が食べさせてあげるつもりだったから、特に何も言わなかったんだけど……言えば良かったね」
私が食べさせてあげるつもりだった、というの発言にハッサムは目を見張る。その様子には二、三度ほど瞬きをした。
「……あれ、ええっと。嫌だった?」
嫌じゃない。むしろ、是非お願いしますと言いたいところだが――焦ったハッサムが目を泳がせると、ただ照れただけだということがにはすぐ伝わったらしい。
安堵したように微笑んだが、手にしていたフォークでヒメリタルトの端を切り取った。
そわそわと落ち着きのない様子でいるハッサムの目の前へ、つややかに輝く宝石の欠片の乗ったフォークが差し出される。
「はい。あーん」
ハッサムは過去にワイルドエリアで野生のバンギラスと戦闘になったことがある。
苛烈を増す戦いの中で、バンギラスの放ったストーンエッジによる尖った岩の塊が羽と頬を掠めた、なんてことがあったが、その時とは比べ物にならないほど大きく心臓が跳ねた。
最愛のこいびとの微笑み付きで差し出されたそれをハッサムは凝視する。
それから、いつだったかにタポルのみのクッキーを食べさせてもらった時のことを思い出した。
あの時も動揺はしたが、まだ平静を装うことができた。けれど、あの時よりもふたりの距離がずっと近く、自身を映す目に確かな愛情が滲んでいるのがはっきりと分かる今は、とてもじゃないが平静を装うなんてことはできそうにない。
照れたハッサムはそのまましばらく固まっていたが、意を決するとヒメリタルトの欠片を恐る恐る口に含んだ。
口に入れた瞬間まず感じたのは、ほんのりとした辛さだった。しかしそれはすぐに甘酸っぱいものへと変わっていく。
ヒメリのみはいろいろな味がぎゅっと詰まっているのが特徴だが、それを更に濃縮させた味だ。
「どう? ……美味しい?」
自分の好きなものは気に入ってもらえるだろうか。そんな僅かな不安と期待が混じり合った眼差しをに向けられる。
好きだと思うのは辛い味だ。けれどこの辛みのあとにくる甘酸っぱさも美味しいと思えるのは、が食べさせてくれるからだろうか。ハッサムが頷いて肯定の意を示すと、は花が綻ぶように笑った。
「そっか。よかった」
口にあって嬉しいと微笑むに釣られてハッサムも目を細めた。まるで春風に吹かれたかのように、奥底からじんわりと胸が温まっていく。
ハッサムが幸せを噛み締めている間に、がもう一度タルトの端を切り取った。
はい、どうぞ。その言葉と共に再び差し出されたそれを、今度は固まってしまうことなく口に含んだ。
ハッサムへヒメリタルトを差し出す合間にはワッフルを小さく切り分けて、少しずつ食べていく。
ヒメリタルトは残すところあと一口、というところでが「こっちも食べてみる?」と切り分けた小さなワッフルを差し出した。その上には丁寧にチョコレートアイスも乗せられている。
先ほどと比べて緊張が解けていたハッサムは、差し出されたそれを惑うことなく口にした。
ミツハニーのはちみつワッフルは、チョコレートアイスが添えられていたこともあって随分と甘い味だった。がくれたあのタポルのみのクッキーでさえも甘いなあと思ったが、それよりも何倍も甘い味にハッサムは目を瞬かせる。
それでもやっぱりが食べさせてくれるだけで美味しいと思えるのだから不思議だった。
穏やかに時間は過ぎていく。
ヒメリタルトとミツハニーのはちみつワッフルを食べ終えて、パイルジュースのグラスも空にしたあと。
美味しかったね。そう満足げに微笑んだの顔を見たハッサムは「おや?」と思った。
の唇の端がつややかに光っていたからだ。どうやらワッフルにたっぷりとかかっていたあまいミツがついてしまっているようだった。
視線に気がついたが、口を拭うために紙ナプキンを手に取った。その顔をハッサムが覗き込むと、ほんの少しだけ身を引いたがどうしたの? と手を止める。
タルトの食べ方は分からなかったが、今、目の前で「さあ、食べなさい」と誘うかの如くつややかに輝いているこの宝石の食べ方は分かる。
だからハッサムは迷うことなく身を乗り出すと、目をまるくするの唇へ口づけを落とした。そのまま口の端のあまいミツをやさしく舐め取ると、が小さな悲鳴を上げる。
「なっ……」
何か不味いことをしただろうか。きょとんとした表情でハッサムが首を傾げると、は力が抜けたように鋼鉄の体へもたれかかって長い溜息を吐いた。
「……そういうことは、人前でやらないで」
見られたら恥ずかしいから! それに、いきなりされると心臓にも悪いのだと言ってうらめしそうに見上げてくるの顔が真っ赤になっていたものだから、ハッサムは金色の目を細めて笑ってしまった。
てっきりこのデートは自分ばかりが胸を高鳴らせてしまうものだと思っていたけれど、どうやらそうでもないようだ、と。
(宝石の食べ方/20231220)
お題箱のハッサムのお話の続き関連より。
数が多かったので引用は省略させていただきます。ありがとうございました!
昼をとうに過ぎた平日のカフェは随分と空いている。
ざっと数えてみても利用客は数組しかおらず、そんなカフェの一番奥のボックス席は、今、最も人目につかない席であった。
テーブルには二種類のデザートとパイルジュースの注がれたグラスが二個置かれている。ひとりソファに座るハッサムは、二種類のデザートのうち、自分の目の前にある方――ヒメリタルトへ視線を落とした。
タルトを飾るヒメリのコンポートは、「さあ、食べなさい」と誘うかの如くつややかな輝きを放っている。宝石のように美しくきらめくそれを暫し観察したハッサムは、ううんと首を捻った。
このヒメリタルトをどうやって食べるべきなのか、いくら考えても分からなかったからだ。
これがタルトじゃなくてただのヒメリのみであったなら、ハッサムは鋼鉄のはさみで難なく口へ運ぶことができただろう。
硬いと言えど力加減もせずに自慢の武器で挟んでしまえば粉々になってしまうヒメリのみだが、以前「やさしく触れる」練習をしたことがあるからだ。
しかし、目の前にあるのはただのヒメリのみではない。
瑞々しいコンポートは見るからにヒメリのみよりもやわそうであった。力加減も分からないままに触れたら、あっという間にぺしゃんこになってしまうだろう。
コンポートよりも多少は硬そうに見えるタルト生地も、タルトを口にしたことがないハッサムには実際どの程度の硬度なのか予想もつかない。それに、大切な武器であるはさみがベタつくのは正直なところ避けたいことであった。
ヒメリタルトの横には銀の小さなフォークが置かれているが、はさむよりも砕く方が得意なはさみでそれを扱えるわけもなく。
ハッサムはむむ、と眉間にしわを寄せた。
そうして難敵と睨み合いを続けるハッサムに、やわらかな声がかかった。
仕事先からの急な電話に出るため席を外していたが戻ってきたのだ。
「おまたせ」
睨み合いを先に放棄することは、自身の負けを認めるようなものである。
そのためワイルドエリアで暮らしていた頃のハッサムはどんな強敵相手だろうと一度足りともしたことがないが、耳へ届いた最愛のこいびとの声に睨み合いをあっさりと放棄した。
「せっかくのお休みだっていうのに、連絡してくるとか勘弁してほしいなあ」
口を尖らせたが仕事への不満を呟く。だが、すぐに笑顔を浮かべると「隣、座るね」と言ってハッサムの隣へ腰を下ろした。ウールーの綿毛のようにやわらかなソファが少しだけ沈む。
周りの数少ない利用客を見るに、この場所――カフェではこいびと同士は向かい合って座るものだと思っていたハッサムは少し面食らったものの、向かい合って座るよりもふたりの距離がずっと近くなるので目を細めた。
「……それで、難しい顔をしてたみたいだけど。どうしたの?」
ヒメリタルトとハッサムを交互に見遣ったが不思議そうな表情を浮かべた。
今日、ふたりがナックルシティにあるこのカフェを訪れているのはがハッサムをデートに誘ったからだった。
いつものように家でのんびり過ごすのもいいけれど、たまには外へデートに行くのはどう? と。
「あ、デートっていうのはつまり、一緒にお出かけしようってことね」
少し照れたように笑うの提案にハッサムは迷うことなく頷いて、それから今しがた意味を知った「デート」という言葉を頭の中で何度も繰り返した。
とデート。何とも心の弾む響きに、ハッサムはつるぎのまいのひとつでも舞いたい気分だった。
それからふたり仲良く並んでカフェへとやって来て、「私はヒメリタルトが好きでよく頼むんだよね」というの言葉にじゃあそれでとメニューを決めたのだが、この時のことをハッサムは反省している。
――すっかり浮かれていたために、ヒメリタルトがどんなものかを確認しなかった。その結果、今こうしてタルトの食べ方なんて些細なことで躓いているのだから。
ハッサムが目の前のなやみのタネを見遣ると、それを追いかけるようにの視線もそちらへ向いた。
「ヒメリタルト、やっぱり気分じゃなくなっちゃった? 私が頼んだワッフルと交換する?」
ヒメリタルトも好きだし、構わないよー。なんて言いながらがもう一方の皿へ手を伸ばす。
が頼んだワッフルはミツハニーのはちみつワッフルといって、ミツハニーの姿を模した六角形のワッフルにチョコレートのアイスと甘酸っぱいベリーが添えられているものだ。
甘いはちみつがたっぷりかけられているそれは曰く数日前から登場した新メニューであり、今日彼女がカフェへ行きたがった理由でもある。
そうじゃないのだとハッサムは首を横に振った。
ただ、せっかくが誘ってくれたデートだし、こいびとのお気に入りのメニューを食べるくらいそつなくこなしたかったのだけど。
肩を落としたハッサムが小さなフォークをはさみで指し示すと、は目を瞬かせた。
「……ええっと、もしかして」
ハッサムの指し示した先を見たが、赤い鋼鉄のはさみにやさしく触れる。
「フォークが持てなくて困ってたり……する?」
フォークが持てないからというよりも、せっかくが勧めてくれたタルトをどうあがいても上手く食べられそうになくて困っているのだが、その仔細を伝えることはどうにも難しい。悩んだ末にハッサムが頷くと、は小さな銀のフォークを手に取った。
「確かにこのフォークだとハッサムには小さすぎるかなあ。私が食べさせてあげるつもりだったから、特に何も言わなかったんだけど……言えば良かったね」
私が食べさせてあげるつもりだった、というの発言にハッサムは目を見張る。その様子には二、三度ほど瞬きをした。
「……あれ、ええっと。嫌だった?」
嫌じゃない。むしろ、是非お願いしますと言いたいところだが――焦ったハッサムが目を泳がせると、ただ照れただけだということがにはすぐ伝わったらしい。
安堵したように微笑んだが、手にしていたフォークでヒメリタルトの端を切り取った。
そわそわと落ち着きのない様子でいるハッサムの目の前へ、つややかに輝く宝石の欠片の乗ったフォークが差し出される。
「はい。あーん」
ハッサムは過去にワイルドエリアで野生のバンギラスと戦闘になったことがある。
苛烈を増す戦いの中で、バンギラスの放ったストーンエッジによる尖った岩の塊が羽と頬を掠めた、なんてことがあったが、その時とは比べ物にならないほど大きく心臓が跳ねた。
最愛のこいびとの微笑み付きで差し出されたそれをハッサムは凝視する。
それから、いつだったかにタポルのみのクッキーを食べさせてもらった時のことを思い出した。
あの時も動揺はしたが、まだ平静を装うことができた。けれど、あの時よりもふたりの距離がずっと近く、自身を映す目に確かな愛情が滲んでいるのがはっきりと分かる今は、とてもじゃないが平静を装うなんてことはできそうにない。
照れたハッサムはそのまましばらく固まっていたが、意を決するとヒメリタルトの欠片を恐る恐る口に含んだ。
口に入れた瞬間まず感じたのは、ほんのりとした辛さだった。しかしそれはすぐに甘酸っぱいものへと変わっていく。
ヒメリのみはいろいろな味がぎゅっと詰まっているのが特徴だが、それを更に濃縮させた味だ。
「どう? ……美味しい?」
自分の好きなものは気に入ってもらえるだろうか。そんな僅かな不安と期待が混じり合った眼差しをに向けられる。
好きだと思うのは辛い味だ。けれどこの辛みのあとにくる甘酸っぱさも美味しいと思えるのは、が食べさせてくれるからだろうか。ハッサムが頷いて肯定の意を示すと、は花が綻ぶように笑った。
「そっか。よかった」
口にあって嬉しいと微笑むに釣られてハッサムも目を細めた。まるで春風に吹かれたかのように、奥底からじんわりと胸が温まっていく。
ハッサムが幸せを噛み締めている間に、がもう一度タルトの端を切り取った。
はい、どうぞ。その言葉と共に再び差し出されたそれを、今度は固まってしまうことなく口に含んだ。
ハッサムへヒメリタルトを差し出す合間にはワッフルを小さく切り分けて、少しずつ食べていく。
ヒメリタルトは残すところあと一口、というところでが「こっちも食べてみる?」と切り分けた小さなワッフルを差し出した。その上には丁寧にチョコレートアイスも乗せられている。
先ほどと比べて緊張が解けていたハッサムは、差し出されたそれを惑うことなく口にした。
ミツハニーのはちみつワッフルは、チョコレートアイスが添えられていたこともあって随分と甘い味だった。がくれたあのタポルのみのクッキーでさえも甘いなあと思ったが、それよりも何倍も甘い味にハッサムは目を瞬かせる。
それでもやっぱりが食べさせてくれるだけで美味しいと思えるのだから不思議だった。
穏やかに時間は過ぎていく。
ヒメリタルトとミツハニーのはちみつワッフルを食べ終えて、パイルジュースのグラスも空にしたあと。
美味しかったね。そう満足げに微笑んだの顔を見たハッサムは「おや?」と思った。
の唇の端がつややかに光っていたからだ。どうやらワッフルにたっぷりとかかっていたあまいミツがついてしまっているようだった。
視線に気がついたが、口を拭うために紙ナプキンを手に取った。その顔をハッサムが覗き込むと、ほんの少しだけ身を引いたがどうしたの? と手を止める。
タルトの食べ方は分からなかったが、今、目の前で「さあ、食べなさい」と誘うかの如くつややかに輝いているこの宝石の食べ方は分かる。
だからハッサムは迷うことなく身を乗り出すと、目をまるくするの唇へ口づけを落とした。そのまま口の端のあまいミツをやさしく舐め取ると、が小さな悲鳴を上げる。
「なっ……」
何か不味いことをしただろうか。きょとんとした表情でハッサムが首を傾げると、は力が抜けたように鋼鉄の体へもたれかかって長い溜息を吐いた。
「……そういうことは、人前でやらないで」
見られたら恥ずかしいから! それに、いきなりされると心臓にも悪いのだと言ってうらめしそうに見上げてくるの顔が真っ赤になっていたものだから、ハッサムは金色の目を細めて笑ってしまった。
てっきりこのデートは自分ばかりが胸を高鳴らせてしまうものだと思っていたけれど、どうやらそうでもないようだ、と。
(宝石の食べ方/20231220)
お題箱のハッサムのお話の続き関連より。
数が多かったので引用は省略させていただきます。ありがとうございました!