Hanada
 冬の太陽は、もうすぐ沈むだろう。遠くの空を、少し急いだ様子のマメパト達が横切るのが見えた。



 買い物を終えた帰り道。くしゅ、と控えめなくしゃみが聞こえたので、は足を止めるとすぐ隣に目を向ける。すると、タブンネが恥ずかしそうに両手で鼻を押さえていた。その様子に寒いの?とが尋ねると、タブンネは何かを言おうと口を開き、そしてまた慌てて鼻を押さえる。その瞬間、先程と同じ様にくしゅ、という控えめなくしゃみが響いた。

「風邪を引いたら大変。急いで帰ろう」

 は笑みを浮かべると、タブンネが自身の鼻を押さえていた手の片方を取って歩きだした。


 歩きだしてから暫くした頃、タブンネが何かに惹かれる様に突然足を止めた。の足も、自然と止まる。

「どうしたの?」

 タブンネが足を止めたのは、ある一軒の店の前だった。入口の扉に掛けられたメリープの形の看板には、「手芸」の文字が飾られている。店のウィンドウを見てみれば、ニャースやチョロネコが喜んで飛び付きそうな程に丸い毛糸が、いくつも籠に入れられているのが見えた。そしてその籠の隣には、それらの毛糸で編まれたのであろう、温かそうなマフラーや帽子が飾られている。

「温かそうだね」

 タブンネはショーウィンドウのガラスにべったりと張り付くようにしてそれらを見つめていたが、不意にくるりと振り返るとを見上げた。タブンネの言いたいことは、何となく分かっている。

「マフラー、編んであげるよ。これからどんどん寒くなるし、あった方がいいよね」

 その言葉に、タブンネは瞳を輝かせて踊るように跳ね回った。耳から伸びる、クリーム色の飾りもぴょこぴょこと揺れている。は微笑ましい気持ちになりながらタブンネの頭を撫でると、桃色の体の後ろからウィンドウを覗いた。

「タブンネは何色がいい?」

 が尋ねると、タブンネは困ったような表情を浮かべた。それからあたふたすると、何かを訴えるようにの服の裾を軽く引っ張る。どうやら「決められないから、選んで」ということらしい。

「私が決めちゃっていいの?」

 タブンネが勢いよく頷いて、それから顔を綻ばせる。それを見たは、この子には一体何色が似合うだろうかと首を傾げる。赤も青もいいけれど、何だか少し違うような気がするのだ。

 沈みかけの太陽の光がショーウィンドウにきらりと反射したのは、その時だった。が振り返ると、いつの間にかそのほぼ全てが紺色に染まった空が目に入った。地平線に近いところに、辛うじて橙色が残っている。

 冬の日没時間は短く、太陽はどんどん地平線の彼方に沈んでゆく。が太陽の行方を目で追っていると、タブンネもショーウィンドウから振り返った。瞬間、タブンネの顔を残り僅かな陽の光が照らし、更にはコバルトブルーの眼に映り込んだ。タブンネの瞳が、きらりと美しく星のように輝く。

 その一瞬の美しさに、は思わず目を見張った。

「……よし、毛糸の色は橙色にしよう。暖色で温かそうだし、タブンネによく似合うと思うの」

 どうかな。そうが笑うと、タブンネは勢いよく頷いた。

「決まりだね」



 暫くはマフラーを編むことで忙しくなりそうだ、とは思った。マフラーを編む自分の手元を、今か今かとタブンネが覗き込む様子も安易に想像出来る。それがあまりにもはっきりと想像出来たので、は思わず小さく笑みを零した。聴力の優れたパートナーがそれを聞き逃すはずは無く、タブンネはどうしたのかとを不思議そうに見つめる。

「何でもないよ。さ、毛糸を買わないとね」

 は嬉しそうにコバルトブルーの眼を細めたタブンネの手を引くと、店の扉を押した。

橙色の冬
加筆修正/20161207