穏やかなゆったりとした速度で、陸地の明かりは遠く見えなくなっていく。
陸地の明かりが一つ、また一つと見えなくなる度に、は頭上に広がる星空の星達が輝きを増すような錯覚を覚えた。騒がしい街の明かりに囲まれて見る星空と、こうして街の明かりから離れて見る星空とでは、決定的に美しさが違うのだ。
「……綺麗だね」
星空を見上げながらが呟くと、彼女を乗せて海を泳ぐダイケンキは静かに振り返った。その顔は、普段戦いの最中に見せる勇ましい表情からは想像もつかない程の、とても優しい表情を浮かべている。そしての言葉に、そうだろうとでも言うかのように頷いた。
はそんなダイケンキの様子に満足げに笑うと、再び前を向いたダイケンキの首を指先で優しく撫でる。
すると波の音に紛れて微かに聞こえる程度の大きさでダイケンキは喉を鳴らし、それからぴくりとその立派な髭を動かした。ダイケンキが喉を鳴らして髭を動かすのは、ダイケンキが嬉しい時のサインである。それを知っているは、ダイケンキが満足するまで首を撫でてやった。
それからダイケンキが暫く泳ぎ続けると、はもう陸地が見えないような沖へと着いた。人工的な明かりは一切無く、あるのは頭上に広がる星空と、周りに広がる吸い込まれそうな深い海だけだ。
夜の海は真っ暗で、は僅かに眉間に皺を寄せた。ほんの少しだけ、夜の海が怖いと思ったのである。ダイケンキがいなければ、夜の海は自分を飲み込んでしまいそうに見えた。
しかしそんなの気持ちをダイケンキは敏感に感じとったようだった。また先程のように振り返るとと眼を合わせ、力強く頷く。
ダイケンキの瞳は暗い夜の闇の中でも爛々と輝いており、はそれがまるで小さな星のようだと思った。
「……うん、大丈夫」
ダイケンキの心遣いにがそう言うと、ダイケンキは口角を上げた。頼もしいパートナーで助かるよ、とも笑う。
今、こうしてとダイケンキが海にいるのは、彼女が夜の海が見たい、と何の気無しに言ったからだ。それを快く引き受けてくれたダイケンキは、こうして先程からずっと夜の海を泳ぎ続けている。
しかしダイケンキは陸地が見えなくなっても、一向に泳ぐのを止めなかった。がここら辺で帰らないか、と尋ねても、首を横に振るのだ。
そうして夜の海をダイケンキが泳ぎ始めて大分長い時間が経った頃、彼は漸く泳ぐのを止めた。
不意に泳ぐのを止めたダイケンキにがどうしたのかと尋ねると、ダイケンキは僅かに振り返り、それから海面に視線を落とした。
「……何かあるの?」
が首を傾げると、ダイケンキは楽しげな表情で二、三度頷いた。そこでもダイケンキの背に乗ったまま、真っ暗な海を覗き込んだ。
真っ暗な夜の海を覗き込むのはダイケンキという頼もしいパートナーがいても少し恐ろしく、また勇気のいることだった。しかし海を覗き込んだは、やがてそんな恐ろしさを忘れて声を漏らした。
「あ……!」
最初、海の底はただ真っ暗なだけだったが、が覗き込んでから暫くすると、不思議なことにぼんやりと明かりが灯ったのだ。それはゆらゆらと揺れながら少しずつ数を増し、数分後には海の底は眩い光で溢れ返った。
「もしかして、ランターンの群れ……かな?」
の問い掛けに、ダイケンキは眼を細めて頷く。
そう、今正に達の遥か下で数を増してゆく星空のような眩い光は、ランターン達によるものだった。
ランターン達の発する光は遥か下の海底からでも海面に届く程明るく、深海の星と呼ばれる程である。この辺りはランターンの群れが棲みついており、大体この時間になると彼等が活発になることを知っていたダイケンキは、夜の海を見たいと言ったにこの美しい深海の星空を見せたかったのだ。
二人のいる海面からは海底など遥かに遠いものだが、溢れ返る眩い光で、にはすぐそこに海底があるように思えた。
はダイケンキの背に乗ったまま、海水を片手で掬い上げる。彼女の掬い上げた海水にすら、その眩い星の光は流れ込んだ。そしての指の隙間から、光を映しながら海水は落ちてゆく。
「ダイケンキ、ありがとう。とっても、素敵だね」
がダイケンキの首に抱き着くと、ダイケンキは喉を鳴らして髭をぴくりと動かした。そして穏やかな表情で笑う。の笑顔が見られることが、ダイケンキは何よりも嬉しいのだ。
そうしてとダイケンキが眺めている間にもランターンの群れはゆっくりと泳いでいるようで、ゆらゆらと瞬きながら少しずつ移動する光は、まるで星がスローモーションで流れているようだった。
その美しい光景を目に焼き付けながら、はダイケンキの首に頬を寄せ、ダイケンキもそれに応えるように、低い声で鳴く。
絶えることの無い深海の星の光は、とダイケンキの二人を照らすようにいつまでも眩しかった。
深海の流れ星/20120603
加筆修正/20160915
陸地の明かりが一つ、また一つと見えなくなる度に、は頭上に広がる星空の星達が輝きを増すような錯覚を覚えた。騒がしい街の明かりに囲まれて見る星空と、こうして街の明かりから離れて見る星空とでは、決定的に美しさが違うのだ。
「……綺麗だね」
星空を見上げながらが呟くと、彼女を乗せて海を泳ぐダイケンキは静かに振り返った。その顔は、普段戦いの最中に見せる勇ましい表情からは想像もつかない程の、とても優しい表情を浮かべている。そしての言葉に、そうだろうとでも言うかのように頷いた。
はそんなダイケンキの様子に満足げに笑うと、再び前を向いたダイケンキの首を指先で優しく撫でる。
すると波の音に紛れて微かに聞こえる程度の大きさでダイケンキは喉を鳴らし、それからぴくりとその立派な髭を動かした。ダイケンキが喉を鳴らして髭を動かすのは、ダイケンキが嬉しい時のサインである。それを知っているは、ダイケンキが満足するまで首を撫でてやった。
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それからダイケンキが暫く泳ぎ続けると、はもう陸地が見えないような沖へと着いた。人工的な明かりは一切無く、あるのは頭上に広がる星空と、周りに広がる吸い込まれそうな深い海だけだ。
夜の海は真っ暗で、は僅かに眉間に皺を寄せた。ほんの少しだけ、夜の海が怖いと思ったのである。ダイケンキがいなければ、夜の海は自分を飲み込んでしまいそうに見えた。
しかしそんなの気持ちをダイケンキは敏感に感じとったようだった。また先程のように振り返るとと眼を合わせ、力強く頷く。
ダイケンキの瞳は暗い夜の闇の中でも爛々と輝いており、はそれがまるで小さな星のようだと思った。
「……うん、大丈夫」
ダイケンキの心遣いにがそう言うと、ダイケンキは口角を上げた。頼もしいパートナーで助かるよ、とも笑う。
今、こうしてとダイケンキが海にいるのは、彼女が夜の海が見たい、と何の気無しに言ったからだ。それを快く引き受けてくれたダイケンキは、こうして先程からずっと夜の海を泳ぎ続けている。
しかしダイケンキは陸地が見えなくなっても、一向に泳ぐのを止めなかった。がここら辺で帰らないか、と尋ねても、首を横に振るのだ。
そうして夜の海をダイケンキが泳ぎ始めて大分長い時間が経った頃、彼は漸く泳ぐのを止めた。
不意に泳ぐのを止めたダイケンキにがどうしたのかと尋ねると、ダイケンキは僅かに振り返り、それから海面に視線を落とした。
「……何かあるの?」
が首を傾げると、ダイケンキは楽しげな表情で二、三度頷いた。そこでもダイケンキの背に乗ったまま、真っ暗な海を覗き込んだ。
真っ暗な夜の海を覗き込むのはダイケンキという頼もしいパートナーがいても少し恐ろしく、また勇気のいることだった。しかし海を覗き込んだは、やがてそんな恐ろしさを忘れて声を漏らした。
「あ……!」
最初、海の底はただ真っ暗なだけだったが、が覗き込んでから暫くすると、不思議なことにぼんやりと明かりが灯ったのだ。それはゆらゆらと揺れながら少しずつ数を増し、数分後には海の底は眩い光で溢れ返った。
「もしかして、ランターンの群れ……かな?」
の問い掛けに、ダイケンキは眼を細めて頷く。
そう、今正に達の遥か下で数を増してゆく星空のような眩い光は、ランターン達によるものだった。
ランターン達の発する光は遥か下の海底からでも海面に届く程明るく、深海の星と呼ばれる程である。この辺りはランターンの群れが棲みついており、大体この時間になると彼等が活発になることを知っていたダイケンキは、夜の海を見たいと言ったにこの美しい深海の星空を見せたかったのだ。
二人のいる海面からは海底など遥かに遠いものだが、溢れ返る眩い光で、にはすぐそこに海底があるように思えた。
はダイケンキの背に乗ったまま、海水を片手で掬い上げる。彼女の掬い上げた海水にすら、その眩い星の光は流れ込んだ。そしての指の隙間から、光を映しながら海水は落ちてゆく。
「ダイケンキ、ありがとう。とっても、素敵だね」
がダイケンキの首に抱き着くと、ダイケンキは喉を鳴らして髭をぴくりと動かした。そして穏やかな表情で笑う。の笑顔が見られることが、ダイケンキは何よりも嬉しいのだ。
そうしてとダイケンキが眺めている間にもランターンの群れはゆっくりと泳いでいるようで、ゆらゆらと瞬きながら少しずつ移動する光は、まるで星がスローモーションで流れているようだった。
その美しい光景を目に焼き付けながら、はダイケンキの首に頬を寄せ、ダイケンキもそれに応えるように、低い声で鳴く。
絶えることの無い深海の星の光は、とダイケンキの二人を照らすようにいつまでも眩しかった。
深海の流れ星/20120603
加筆修正/20160915