遠い遠い昔のことです。イッシュという地方の片隅にぽつんと存在する小さな町の傍の森には、時々大きなドラゴンが姿を現しました。そのドラゴンは秋に色付いた森の木々の葉が枯れる頃になると姿を現し、何より全身が氷で覆われていたので、町の人々からは冬を告げるドラゴンだとか、更には冬の寒さの化身などと呼ばれていました。しかしそのドラゴンは何をするでも無く、ただひっそりと姿を現してはまたひっそりと姿を消してゆくので、町の人達もドラゴンが森に姿を現そうと、ああ、今年も冬が来たんだなあ。と思うだけで、ドラゴンには何もせずにいました。
そんなある冬のことです。いつものように町の傍の森にひっそりとドラゴンが姿を現すと、その町の一人の子供がドラゴンを捕まえるなどと言い出して、森の奥に姿を消したドラゴンの後を追って森へと姿を消してしまいました。そのことに気が付いた親や、町の人々は大慌てで森へと入りましたが、子供は見付かりません。何しろその森はとても広く、その上冬で枯れているとはいえ、たくさんの木々が生えているので視界も悪いのです。結局たくさんの人々が森へと子供を探しに行きましたが、三日三晩探し続けても、子供は見付かりませんでした。
子供が見付かったのは、一週間後のことでした。森の入口に、大きなドラゴンの足跡と共にすっかり冷たくなってしまった子供が寝かされていたのです。それを最初に見つけた親は、悲しみのあまりに「あのドラゴンが子供を殺した」のだと言いました。町の傍の森に姿を現したのも、子供達の様子を伺う為だったに違いない、と。町の人々も最初はあのドラゴンがまさか、と思いました。何しろドラゴンは大人しく、町の傍の森に姿を現すこと以外は何もしないからです。しかし子供の親があまりにも熱心にそう言い触らすので、段々と子供はドラゴンに殺されたのだと思う人々が現れ始めます。
その話を信じる人は軈て増え、ついには森に姿を現したドラゴンを、逆に殺してしまおうと考える人までもが現れました。そしてその年の冬のある日、その日も森にドラゴンが姿を現すと、大人数の人々が森へと乗り込んで、ドラゴンに自分達のポケモンを嗾けました。
ドラゴンは自分に向かってくるたくさんのポケモンを眼にすると、全てを悟ったかのように眼を伏せ、それから甲高く鳴きました。それはまるで冬の厳しさを伝える北風のような声色です。そしてそれを聞いた、ドラゴンに向かっていった全てのポケモン達は途端に動けなくなりました。体の全てが凍ってしまったかのように、いうことを聞かなくなってしまったのです。
それを見た人々は、漸くこのドラゴンには手を出してはいけないのだと知ります。そして、人々は項垂れながらドラゴンにこう言いました。
「お前が子供を殺していなくとも、お前が恐ろしいと言って町の者達は怯えている。だから、森へはもう姿を現さないでくれないか。私達ももうこの森へは近付かないから、どうか、頼む」
それを聞いたドラゴンは、顔を真っ青にして震える町の人々をじっと見詰め、静かに森の奥へと姿を消しました。ドラゴンはそれから、一度も姿を現すことはありませんでした。
本当の所、あの子供はドラゴンを追って森に入り、そのまま道に迷って寒さに倒れたのです。それに気が付いたドラゴンが、このままでは可哀相だと子供を哀れに思い、森の入口まで運んでやったのです。しかし、町の人々にはその真実を知る術がありませんでした。
それから町の人々は二度とこんなことが無いようにと、代々ある言葉を言い聞かせるになります。それは、こんな言葉です。
”森の奥には大きな深い穴があって、そこへ近付くと、お化けに食べられてしまうから、決して近付いてはいけないよ”
この話を聞いた子供達はその恐ろしさに身体を震わせ、決して森には近付かない、と誓うそうです。
*******
その洞窟は、何時まで経っても冬のままだった。洞窟にただ一つある入口は、夏でも溶けることのない分厚い氷で凍てつき、洞窟の内部までもが氷に覆われているのだ。そんな洞窟に棲むのが、全身氷に覆われているドラゴン──キュレムだった。キュレムは何をする訳でも無く、時折氷の壁が軋む音に耳を傾けたり、洞窟内にある小さな湖に口を付けたりするだけで、外の世界と隔離されたようなこの洞窟でひっそりと過ごしている。
そんなある日のこと、キュレムはぼんやりと、今は一体いつなのだろうかと考えた。あまりにも長いことこの狭く隔離された洞窟にいるので、もう今の季節が分からなかったのだ。外の世界はもう春なのか、それとも夏か、秋か、ここと同じように冬なのか。キュレムはそこまで考えて、どうせここはずっと冬なのだから、別にどうでもいいかと考えるのを止めた。そうしてまたいつものように、氷の壁が軋む音に耳を傾けた時だった。
「……、……!」
一瞬気のせいかと思ってしまう程の、微かな誰かの声が聞こえたのだ。掠れた氷の壁の軋む音に混じり、確かにそれはキュレムの耳に届いた。誰かが、キュレムのいるこの洞窟の外にいるのだ。
「……?……」
声は先程よりも少し大きくなり、続いて入口を塞ぐ氷の壁を叩くような鈍い音が響く。それを聞いたキュレムは、珍しいこともあるものだ、と眼を丸くした。森の奥にあるこの洞窟は、遠くから来た人間はまず知らないし、何よりこの洞窟を知る、近くの町の人間は代々語り継がれる「言い伝え」により誰も近付かないのだ。それならばこの洞窟に近付くのは一体誰だろうか、ふとそんな興味を持ったキュレムは、入口を覆う氷にそっと息を吹き掛けた。すると、入口を塞ぐ氷の壁がゆっくりと溶けてゆく。そして氷の壁が溶けると同時に、一人の人間が洞窟の内部に転がり込むように姿を現した。その人間は女で、どうやら氷の壁を押そうとした瞬間に氷の壁が溶けたらしく、その勢いで転んだらしい。
「……あ」
その人間は、キュレムを眼にすると驚いた声を漏らした。それから立ち上がると、洞窟の内部をゆっくりと見回し、再びキュレムへと視線を戻す。そして少しの間を置くと、口を開いた。
「あの、その……初めまして。あなたが、冬を告げるっていうドラゴン……?」
そう尋ねられたキュレムは、そういえば、昔にはそう呼ばれたこともあった、などと思い出しながら僅かに頷いた。それを見た人間は、優しげな笑みを口元に浮かべる。
「ああ、やっぱり!身体が全身氷に覆われているから、何となくそうかなって」
そう言って眼を細めた女の意図が理解出来ず、キュレムは訝しく思いながら首を傾げた。そんなキュレムの様子に、女は言葉を続ける。
「私は、。一週間前に近くにあるカゴメタウンにやって来たの。それで、町の人達にいろいろ話を聞いていたら、興味深い言い伝えを聞いたから、ここに来てみたんだ」
そうキュレムに説明した女──曰く、興味深い言い伝えとは例の「森の奥には大きな穴があり、そこに近付くとお化けに食べられてしまう」というものだった。
「まあ、実際にはお化けじゃなくて、あなたがいた訳だけれど」
そう言っては一人納得するように頷く。キュレムはそんなを見詰めながら、長い間閉ざされていた為に久しぶりである外の匂いを嗅いだ。それから、微かに甘い匂いがする、と、キュレムは思った。頻りに外を気にするキュレムの様子には気が付いたらしく、キュレムへと臆することなく数歩近付く。
「そういえばここの洞窟の入口は塞がれていたけれど……閉じ込められていたって訳でも無さそうだし、あなたは外へ出たりしないの?」
それを聞いたキュレムは、そっと眼を伏せ、それから首を振った。そして遠い昔の、人間とのやり取りを思い出す。
”お前が恐ろしいと言って町の者達は怯えている。だから、森へはもう姿を現さないでくれないか”
その言葉を実際に言われたのは遠い昔のことだが、キュレムは、まるでたった今言われたかのように鮮明に思い出すことが出来た。しかしキュレムの複雑な心境を知らないは、キュレムに更に近付くと、キュレムの手を取った。ひやりと冷たいキュレムの体温と、温かいの体温が入り混じる。
「あなたの手、冷たいね。本当に冬そのものみたい」
そう笑いながら、はキュレムの手を引く。しかしキュレムとの体格差から、がいくらキュレムの手を引こうとも、キュレムはびくともしない。そうして暫くはがキュレムの手を引っ張っていたが、軈て諦めたかのようにキュレムの手を引くのを止めた。
「どうしてあなたが外へ出ないのかを私は知らないし、嫌なら無理にとも言わないけれど……外に出てみたらびっくりすると思う。だって外は、冬みたいなこことは反対に春なんだよ」
それを聞いたキュレムは、漸く外の季節を知る。冬しかないこの場所へ閉じこもってどれ程の年月が過ぎたのかは分からないが、この狭い冬の世界の外は春なのだ、と。
稍あって、キュレムは脚を踏み出した。今までは自分が再び外の世界に姿を現すことで、また人間達に怯えられるのだろう、と考えていたが、今、自分の眼の前にいる人間は怯える所か、自ら自分に触れてきたのだ。それが、キュレムは何と無く嬉しかった。そしてキュレムが脚を踏み出したのを見たはぱっと顔を輝かせ、キュレムの手を握り直すと歩き出す。そうして漸く洞窟の外に出たキュレムは、の言った通りに驚いた。
先程知ったばかりの人間であるに手を引かれて出た洞窟の外は、眩しいくらいに花が咲き乱れ、暖かな陽射しが降り注いでいたのだ。
「ほら、びっくりした?」
春の景色によく似合う、眩しい彼女の笑顔にキュレムは頷くと、辺りを見回した。赤、桃、黄、橙の鮮やかで数え切れ無い花が、緑の葉と共にそよ風に揺れている。
「そういえば、私あなたの名前を知らないや」
春の柔らかな風に吹かれ、花を眺めながら笑うに、キュレムは自分の名を告げるよりも先に、感謝の気持ちを伝えたかった。一人閉ざされたあの世界から踏み出せずにいた自分を、突然現れていとも簡単に連れ出してくれた彼女に、心からありがとう、と。
(そうして春が訪れる)
キュレム映画出演おめでとう!
そんなある冬のことです。いつものように町の傍の森にひっそりとドラゴンが姿を現すと、その町の一人の子供がドラゴンを捕まえるなどと言い出して、森の奥に姿を消したドラゴンの後を追って森へと姿を消してしまいました。そのことに気が付いた親や、町の人々は大慌てで森へと入りましたが、子供は見付かりません。何しろその森はとても広く、その上冬で枯れているとはいえ、たくさんの木々が生えているので視界も悪いのです。結局たくさんの人々が森へと子供を探しに行きましたが、三日三晩探し続けても、子供は見付かりませんでした。
子供が見付かったのは、一週間後のことでした。森の入口に、大きなドラゴンの足跡と共にすっかり冷たくなってしまった子供が寝かされていたのです。それを最初に見つけた親は、悲しみのあまりに「あのドラゴンが子供を殺した」のだと言いました。町の傍の森に姿を現したのも、子供達の様子を伺う為だったに違いない、と。町の人々も最初はあのドラゴンがまさか、と思いました。何しろドラゴンは大人しく、町の傍の森に姿を現すこと以外は何もしないからです。しかし子供の親があまりにも熱心にそう言い触らすので、段々と子供はドラゴンに殺されたのだと思う人々が現れ始めます。
その話を信じる人は軈て増え、ついには森に姿を現したドラゴンを、逆に殺してしまおうと考える人までもが現れました。そしてその年の冬のある日、その日も森にドラゴンが姿を現すと、大人数の人々が森へと乗り込んで、ドラゴンに自分達のポケモンを嗾けました。
ドラゴンは自分に向かってくるたくさんのポケモンを眼にすると、全てを悟ったかのように眼を伏せ、それから甲高く鳴きました。それはまるで冬の厳しさを伝える北風のような声色です。そしてそれを聞いた、ドラゴンに向かっていった全てのポケモン達は途端に動けなくなりました。体の全てが凍ってしまったかのように、いうことを聞かなくなってしまったのです。
それを見た人々は、漸くこのドラゴンには手を出してはいけないのだと知ります。そして、人々は項垂れながらドラゴンにこう言いました。
「お前が子供を殺していなくとも、お前が恐ろしいと言って町の者達は怯えている。だから、森へはもう姿を現さないでくれないか。私達ももうこの森へは近付かないから、どうか、頼む」
それを聞いたドラゴンは、顔を真っ青にして震える町の人々をじっと見詰め、静かに森の奥へと姿を消しました。ドラゴンはそれから、一度も姿を現すことはありませんでした。
本当の所、あの子供はドラゴンを追って森に入り、そのまま道に迷って寒さに倒れたのです。それに気が付いたドラゴンが、このままでは可哀相だと子供を哀れに思い、森の入口まで運んでやったのです。しかし、町の人々にはその真実を知る術がありませんでした。
それから町の人々は二度とこんなことが無いようにと、代々ある言葉を言い聞かせるになります。それは、こんな言葉です。
”森の奥には大きな深い穴があって、そこへ近付くと、お化けに食べられてしまうから、決して近付いてはいけないよ”
この話を聞いた子供達はその恐ろしさに身体を震わせ、決して森には近付かない、と誓うそうです。
その洞窟は、何時まで経っても冬のままだった。洞窟にただ一つある入口は、夏でも溶けることのない分厚い氷で凍てつき、洞窟の内部までもが氷に覆われているのだ。そんな洞窟に棲むのが、全身氷に覆われているドラゴン──キュレムだった。キュレムは何をする訳でも無く、時折氷の壁が軋む音に耳を傾けたり、洞窟内にある小さな湖に口を付けたりするだけで、外の世界と隔離されたようなこの洞窟でひっそりと過ごしている。
そんなある日のこと、キュレムはぼんやりと、今は一体いつなのだろうかと考えた。あまりにも長いことこの狭く隔離された洞窟にいるので、もう今の季節が分からなかったのだ。外の世界はもう春なのか、それとも夏か、秋か、ここと同じように冬なのか。キュレムはそこまで考えて、どうせここはずっと冬なのだから、別にどうでもいいかと考えるのを止めた。そうしてまたいつものように、氷の壁が軋む音に耳を傾けた時だった。
「……、……!」
一瞬気のせいかと思ってしまう程の、微かな誰かの声が聞こえたのだ。掠れた氷の壁の軋む音に混じり、確かにそれはキュレムの耳に届いた。誰かが、キュレムのいるこの洞窟の外にいるのだ。
「……?……」
声は先程よりも少し大きくなり、続いて入口を塞ぐ氷の壁を叩くような鈍い音が響く。それを聞いたキュレムは、珍しいこともあるものだ、と眼を丸くした。森の奥にあるこの洞窟は、遠くから来た人間はまず知らないし、何よりこの洞窟を知る、近くの町の人間は代々語り継がれる「言い伝え」により誰も近付かないのだ。それならばこの洞窟に近付くのは一体誰だろうか、ふとそんな興味を持ったキュレムは、入口を覆う氷にそっと息を吹き掛けた。すると、入口を塞ぐ氷の壁がゆっくりと溶けてゆく。そして氷の壁が溶けると同時に、一人の人間が洞窟の内部に転がり込むように姿を現した。その人間は女で、どうやら氷の壁を押そうとした瞬間に氷の壁が溶けたらしく、その勢いで転んだらしい。
「……あ」
その人間は、キュレムを眼にすると驚いた声を漏らした。それから立ち上がると、洞窟の内部をゆっくりと見回し、再びキュレムへと視線を戻す。そして少しの間を置くと、口を開いた。
「あの、その……初めまして。あなたが、冬を告げるっていうドラゴン……?」
そう尋ねられたキュレムは、そういえば、昔にはそう呼ばれたこともあった、などと思い出しながら僅かに頷いた。それを見た人間は、優しげな笑みを口元に浮かべる。
「ああ、やっぱり!身体が全身氷に覆われているから、何となくそうかなって」
そう言って眼を細めた女の意図が理解出来ず、キュレムは訝しく思いながら首を傾げた。そんなキュレムの様子に、女は言葉を続ける。
「私は、。一週間前に近くにあるカゴメタウンにやって来たの。それで、町の人達にいろいろ話を聞いていたら、興味深い言い伝えを聞いたから、ここに来てみたんだ」
そうキュレムに説明した女──曰く、興味深い言い伝えとは例の「森の奥には大きな穴があり、そこに近付くとお化けに食べられてしまう」というものだった。
「まあ、実際にはお化けじゃなくて、あなたがいた訳だけれど」
そう言っては一人納得するように頷く。キュレムはそんなを見詰めながら、長い間閉ざされていた為に久しぶりである外の匂いを嗅いだ。それから、微かに甘い匂いがする、と、キュレムは思った。頻りに外を気にするキュレムの様子には気が付いたらしく、キュレムへと臆することなく数歩近付く。
「そういえばここの洞窟の入口は塞がれていたけれど……閉じ込められていたって訳でも無さそうだし、あなたは外へ出たりしないの?」
それを聞いたキュレムは、そっと眼を伏せ、それから首を振った。そして遠い昔の、人間とのやり取りを思い出す。
”お前が恐ろしいと言って町の者達は怯えている。だから、森へはもう姿を現さないでくれないか”
その言葉を実際に言われたのは遠い昔のことだが、キュレムは、まるでたった今言われたかのように鮮明に思い出すことが出来た。しかしキュレムの複雑な心境を知らないは、キュレムに更に近付くと、キュレムの手を取った。ひやりと冷たいキュレムの体温と、温かいの体温が入り混じる。
「あなたの手、冷たいね。本当に冬そのものみたい」
そう笑いながら、はキュレムの手を引く。しかしキュレムとの体格差から、がいくらキュレムの手を引こうとも、キュレムはびくともしない。そうして暫くはがキュレムの手を引っ張っていたが、軈て諦めたかのようにキュレムの手を引くのを止めた。
「どうしてあなたが外へ出ないのかを私は知らないし、嫌なら無理にとも言わないけれど……外に出てみたらびっくりすると思う。だって外は、冬みたいなこことは反対に春なんだよ」
それを聞いたキュレムは、漸く外の季節を知る。冬しかないこの場所へ閉じこもってどれ程の年月が過ぎたのかは分からないが、この狭い冬の世界の外は春なのだ、と。
稍あって、キュレムは脚を踏み出した。今までは自分が再び外の世界に姿を現すことで、また人間達に怯えられるのだろう、と考えていたが、今、自分の眼の前にいる人間は怯える所か、自ら自分に触れてきたのだ。それが、キュレムは何と無く嬉しかった。そしてキュレムが脚を踏み出したのを見たはぱっと顔を輝かせ、キュレムの手を握り直すと歩き出す。そうして漸く洞窟の外に出たキュレムは、の言った通りに驚いた。
先程知ったばかりの人間であるに手を引かれて出た洞窟の外は、眩しいくらいに花が咲き乱れ、暖かな陽射しが降り注いでいたのだ。
「ほら、びっくりした?」
春の景色によく似合う、眩しい彼女の笑顔にキュレムは頷くと、辺りを見回した。赤、桃、黄、橙の鮮やかで数え切れ無い花が、緑の葉と共にそよ風に揺れている。
「そういえば、私あなたの名前を知らないや」
春の柔らかな風に吹かれ、花を眺めながら笑うに、キュレムは自分の名を告げるよりも先に、感謝の気持ちを伝えたかった。一人閉ざされたあの世界から踏み出せずにいた自分を、突然現れていとも簡単に連れ出してくれた彼女に、心からありがとう、と。
(そうして春が訪れる)
キュレム映画出演おめでとう!