空にはどんよりとした鈍色の雲が垂れ込めている。ふと空を見上げたペンドラーは、拾い集めた木の実を大事そうに抱え直し、さっさと棲み処に戻ろうと一人頷いた。つい夢中になって木の実を拾ってしまったが、このままでは確実に雨に濡れてしまう。そう考えたペンドラーが脚を踏み出した瞬間、辺りが眩いフラッシュで照らしたように真っ白になると、続いて耳をつんざく様な激しい声で稲妻が鳴いた。更に間を置くことも無く、ばらばらと大きな雨粒が降り注ぐ。
そして雷鳴を聞いたペンドラーは眼を丸くしたかと思うと、持っていた木の実を全て投げ出して全速力で駆け出した。拾い集めた木の実の中には、ペンドラーの一番の好物であるカゴの実もあったが、それよりも今は雷が恐ろしい。そしてペンドラーは偶然にも運よく見付けた洞窟に飛び込むと、身体を出来るだけ小さく丸めて震えだした。外はまた白く眩く光り、稲妻が鳴いている。
「……誰?」
心がほんの少し落ち着いた頃、不意に洞窟の奥から声がしたので、ペンドラーはくらりと気を失いそうになった。ただでさえ雷が恐ろしいのに、突然誰かから声を掛けられて驚いたのだ。身体を丸く縮こまらせたまま洞窟の奥を恐る恐る見ると、そこには一人の人間が膝を抱えて座っていた。それを見たペンドラーは、人間は苦手だ、と内心溜め息を吐く。
しかしその瞬間再び雷鳴が響き、ペンドラーはぴゅう、と情けない叫び声を上げ、人間がいるにも関わらず、洞窟の奥の人間の傍へと逃げるように移動した。洞窟は狭く、人間のいる所が洞窟の最奥だったのだ。一方その人間は先程の雷鳴にもけろりとしており、それよりも丸く縮こまって震えるペンドラーに興味があるらしく、その人間はすぐ傍で震えるペンドラーに向かって声を掛けた。
「ねえ、……えーっと、あなたはペンドラー、だよね」
声を掛けられたペンドラーは、未だ唸るように響く雷鳴に眼を伏せながら、小さく頷いた。それを見た人間は、私は、と名乗りながら笑みを浮かべる。それから、雷が苦手なの?と、ペンドラーに尋ねた。ペンドラーはびくびくとした様子を見せながら再び頷く。それを見たは、そっか、と呟くと黙った。しかしすぐに口を開くと、ペンドラーへと声を掛ける。
「あなたは、人間が怖いと思う?」
その質問に、ペンドラーは少し驚いた様子を見せた。まさか人間から「人間が怖いか」と質問されるとは思わなかったのだ。しかし少しの間を置いて、ペンドラーは素直に頷いた。
「じゃあ、私と雷ならどっちが怖い?」
そう聞かれたペンドラーは、この人間──は何が言いたいのだろうと思いながら、首を傾げた。は「雷?」とペンドラーに尋ねる。彼女の質問の意図を掴めないまま、ペンドラーは雷と人間のどちらが恐ろしいかを考えようとした。正直な所、臆病な性格のペンドラーからしたらどちらも恐ろしい。しかし次の瞬間、またも洞窟の外が真っ白に光って雷鳴が轟くと、ペンドラーはの質問に勢いよく首を縦に振った。
「それなら、こっちにおいで」
ペンドラーは雷鳴に身体を震わせながら、の言葉に顔を上げる。それからペンドラーは一体どういうことだろう、と疑問に思いながら、確かにこのという人間は雷よりは恐ろしい雰囲気では無いし、この今尚鳴り響く雷鳴の恐ろしさから少しでも気を逸らせるなら、と、そっと彼女に近寄った。
「いい子ね」
そしてはそう笑うと、ペンドラーの頭に手を伸ばし、優しく撫で始めた。
「大丈夫、大丈夫」
ペンドラーは最初、が手を伸ばしたのを見てびくりと肩を跳ねさせたが、自分を安心させようとしてくれているのだと気が付くと、すぐに大人しくなった。そしてはペンドラーのすっかり元気が無くなって垂れ下がった触覚を見ると、雷は怖いよね、と笑う。
「今は平気だけど、私も昔は苦手だったの」
それを聞いたペンドラーは、自身を撫でるを見つめる。それから、こんな平気そうな顔をしてるのに、昔は苦手だったなんて嘘みたいだ、とひっそりと思った。不思議そうな顔をするペンドラーを見て、は本当だよ、と笑う。それから彼女はペンドラーを優しく撫で続け、それは外の雷雨が止むまで続いた。
雷が止み、雨が霧雨になる頃には、ペンドラーの身体の震えはすっかり治まっていた。
「雨、上がったね」
洞窟の外に出たがそう言うと、ペンドラーは頷いた。それから彼女は辺りをぐるりと見回す。
「雨が降るまでは木の実を集めてたんだけど……、今日は帰ろうかな」
二人がいた洞窟の外に広がる森は豊かな森で、木の実がたくさん成っている。その為、も雨が降る前はペンドラーと同じく木の実を集めていたらしい。そして彼女はペンドラーに、それじゃあ、と告げると歩き出そうとした。しかし、その足はすぐに止まる。の服の裾を、ペンドラーが掴んでいたのだ。
「ペンドラー?」
ペンドラーの顔をが見つめると、ペンドラーは自分のした行動が信じられない、とでも言うような表情を浮かべた。それからすぐに、困ったような、少し寂しそうにも見える顔をする。それを見たは不思議そうに首を傾げたが、何と無くペンドラーの伝えたいことを察すると、優しく顔を綻ばせた。
「……おいで」
その言葉を耳にして、ペンドラーは初めて彼女に笑顔を見せたのだった。
***
ペンドラーが毒を帯びた尾で野生のケンホロウを薙ぎ払うと、ケンホロウはくぐもった声を漏らして飛び去っていった。それを確認するとはペンドラーへと駆け寄り、勢いよく抱き着く。
「ペンドラー、頑張ったね!」
に抱き着かれたペンドラーは照れ臭そうに眼を細め、それから少し屈むと首の爪を彼女の髪に絡ませた。普段ならば武器となるペンドラーの首の鋭い爪も、に触れる時は彼女を傷付けることの無いように至極優しい。も同じように優しい手付きで暫くペンドラーの身体を撫でていたが、不意にあ、と、声を漏らした。
「……雨が降りそう」
に言われて、ペンドラーは空を見上げた。確かに、遠くの空に僅かではあるが鈍色の雲が広がっている。それを見たペンドラーが不安そうな顔をするので、は笑った。出逢った頃に比べてペンドラーは強くなったが、臆病な性格は相変わらずなのだ。
「雨が降らないうちに帰ろっか。雷も鳴りそう」
ペンドラーは頷くと、走り出したに並ぶ様に駆け出した。
遠くの鈍色の雲がちかちかと光ると、続いて稲妻が鳴くのが聞こえた。その雷鳴を聞いたペンドラーは、雷は未だに苦手だと一人苦笑したが、それでも雷のお陰でと出逢えたのもまた事実なので、雷もいつか平気になれたら、と、思うのだ。
(稲妻の声、彼女の手)
そして雷鳴を聞いたペンドラーは眼を丸くしたかと思うと、持っていた木の実を全て投げ出して全速力で駆け出した。拾い集めた木の実の中には、ペンドラーの一番の好物であるカゴの実もあったが、それよりも今は雷が恐ろしい。そしてペンドラーは偶然にも運よく見付けた洞窟に飛び込むと、身体を出来るだけ小さく丸めて震えだした。外はまた白く眩く光り、稲妻が鳴いている。
「……誰?」
心がほんの少し落ち着いた頃、不意に洞窟の奥から声がしたので、ペンドラーはくらりと気を失いそうになった。ただでさえ雷が恐ろしいのに、突然誰かから声を掛けられて驚いたのだ。身体を丸く縮こまらせたまま洞窟の奥を恐る恐る見ると、そこには一人の人間が膝を抱えて座っていた。それを見たペンドラーは、人間は苦手だ、と内心溜め息を吐く。
しかしその瞬間再び雷鳴が響き、ペンドラーはぴゅう、と情けない叫び声を上げ、人間がいるにも関わらず、洞窟の奥の人間の傍へと逃げるように移動した。洞窟は狭く、人間のいる所が洞窟の最奥だったのだ。一方その人間は先程の雷鳴にもけろりとしており、それよりも丸く縮こまって震えるペンドラーに興味があるらしく、その人間はすぐ傍で震えるペンドラーに向かって声を掛けた。
「ねえ、……えーっと、あなたはペンドラー、だよね」
声を掛けられたペンドラーは、未だ唸るように響く雷鳴に眼を伏せながら、小さく頷いた。それを見た人間は、私は、と名乗りながら笑みを浮かべる。それから、雷が苦手なの?と、ペンドラーに尋ねた。ペンドラーはびくびくとした様子を見せながら再び頷く。それを見たは、そっか、と呟くと黙った。しかしすぐに口を開くと、ペンドラーへと声を掛ける。
「あなたは、人間が怖いと思う?」
その質問に、ペンドラーは少し驚いた様子を見せた。まさか人間から「人間が怖いか」と質問されるとは思わなかったのだ。しかし少しの間を置いて、ペンドラーは素直に頷いた。
「じゃあ、私と雷ならどっちが怖い?」
そう聞かれたペンドラーは、この人間──は何が言いたいのだろうと思いながら、首を傾げた。は「雷?」とペンドラーに尋ねる。彼女の質問の意図を掴めないまま、ペンドラーは雷と人間のどちらが恐ろしいかを考えようとした。正直な所、臆病な性格のペンドラーからしたらどちらも恐ろしい。しかし次の瞬間、またも洞窟の外が真っ白に光って雷鳴が轟くと、ペンドラーはの質問に勢いよく首を縦に振った。
「それなら、こっちにおいで」
ペンドラーは雷鳴に身体を震わせながら、の言葉に顔を上げる。それからペンドラーは一体どういうことだろう、と疑問に思いながら、確かにこのという人間は雷よりは恐ろしい雰囲気では無いし、この今尚鳴り響く雷鳴の恐ろしさから少しでも気を逸らせるなら、と、そっと彼女に近寄った。
「いい子ね」
そしてはそう笑うと、ペンドラーの頭に手を伸ばし、優しく撫で始めた。
「大丈夫、大丈夫」
ペンドラーは最初、が手を伸ばしたのを見てびくりと肩を跳ねさせたが、自分を安心させようとしてくれているのだと気が付くと、すぐに大人しくなった。そしてはペンドラーのすっかり元気が無くなって垂れ下がった触覚を見ると、雷は怖いよね、と笑う。
「今は平気だけど、私も昔は苦手だったの」
それを聞いたペンドラーは、自身を撫でるを見つめる。それから、こんな平気そうな顔をしてるのに、昔は苦手だったなんて嘘みたいだ、とひっそりと思った。不思議そうな顔をするペンドラーを見て、は本当だよ、と笑う。それから彼女はペンドラーを優しく撫で続け、それは外の雷雨が止むまで続いた。
雷が止み、雨が霧雨になる頃には、ペンドラーの身体の震えはすっかり治まっていた。
「雨、上がったね」
洞窟の外に出たがそう言うと、ペンドラーは頷いた。それから彼女は辺りをぐるりと見回す。
「雨が降るまでは木の実を集めてたんだけど……、今日は帰ろうかな」
二人がいた洞窟の外に広がる森は豊かな森で、木の実がたくさん成っている。その為、も雨が降る前はペンドラーと同じく木の実を集めていたらしい。そして彼女はペンドラーに、それじゃあ、と告げると歩き出そうとした。しかし、その足はすぐに止まる。の服の裾を、ペンドラーが掴んでいたのだ。
「ペンドラー?」
ペンドラーの顔をが見つめると、ペンドラーは自分のした行動が信じられない、とでも言うような表情を浮かべた。それからすぐに、困ったような、少し寂しそうにも見える顔をする。それを見たは不思議そうに首を傾げたが、何と無くペンドラーの伝えたいことを察すると、優しく顔を綻ばせた。
「……おいで」
その言葉を耳にして、ペンドラーは初めて彼女に笑顔を見せたのだった。
ペンドラーが毒を帯びた尾で野生のケンホロウを薙ぎ払うと、ケンホロウはくぐもった声を漏らして飛び去っていった。それを確認するとはペンドラーへと駆け寄り、勢いよく抱き着く。
「ペンドラー、頑張ったね!」
に抱き着かれたペンドラーは照れ臭そうに眼を細め、それから少し屈むと首の爪を彼女の髪に絡ませた。普段ならば武器となるペンドラーの首の鋭い爪も、に触れる時は彼女を傷付けることの無いように至極優しい。も同じように優しい手付きで暫くペンドラーの身体を撫でていたが、不意にあ、と、声を漏らした。
「……雨が降りそう」
に言われて、ペンドラーは空を見上げた。確かに、遠くの空に僅かではあるが鈍色の雲が広がっている。それを見たペンドラーが不安そうな顔をするので、は笑った。出逢った頃に比べてペンドラーは強くなったが、臆病な性格は相変わらずなのだ。
「雨が降らないうちに帰ろっか。雷も鳴りそう」
ペンドラーは頷くと、走り出したに並ぶ様に駆け出した。
遠くの鈍色の雲がちかちかと光ると、続いて稲妻が鳴くのが聞こえた。その雷鳴を聞いたペンドラーは、雷は未だに苦手だと一人苦笑したが、それでも雷のお陰でと出逢えたのもまた事実なので、雷もいつか平気になれたら、と、思うのだ。
(稲妻の声、彼女の手)