静かに風が駆ける草原で、ミュウツーは一人静かに空を眺めていた。以前己が棲み処としていたハナダの洞窟からは見ることのできなかった眩い星が、そこにあるのが当然だとでもいうかのように空の至る所で輝いている。それらの星をただ何をするでも無く眺めていたミュウツーは、不意に踵を返すとふわりと宙へと浮かび上がった。そしてほんの一瞬、体に僅かな力を込める。するとたちまち辺りの景色は姿を変えた。
テレポートによって場所を移動したミュウツーは、移動した先にあった小さな家へと入った。そこが、彼の今の「棲み処」だ。
小さな家へと入ったミュウツーは、白いテーブルに置かれた四角い小さなデジタル時計に眼をやった。時刻は午前二時を表示している。ミュウツーは、思わず溜め息を吐いた。ぼんやりと外を眺めていたとは言え、いつの間にかこんな時間になっていたのかと思ったのだ。
それからミュウツーは僅かに眉間に皺を寄せたまま、足音を立てないように寝室へと向かった。寝室に置かれたベッドでは、この家の主が布団をベッドの下に追いやって眠っている。ここの所気温が上がってきているので、どうやら布団が暑いらしい。その追いやられて丸まった布団を摘み上げると、呼吸に合わせて僅かに身体を上下させる家の主に声を掛けた。
「おい、。ちゃんと布団を掛けろ。身体が冷える」
ミュウツーが声を掛けると、この家の主――がううん、と声を漏らした。
「おい」
「……ん」
はゆっくりと重そうに瞼を数回瞬かせると、ミュウツーへと目を向けた。これは寝ぼけているな、と判断したミュウツーは、仕方のない奴だと溜め息を吐く。それから摘み上げた布団を広げると、彼女の身体に掛けてやった。の手が、掛けられた布団の端を無意識に掴む。
「う、ん……」
「布団を掛けないで寝ると身体が冷える、と前に言っていたのはお前だ」
そう小さく文句を言うも、ミュウツーの口は心なしか緩んでいる。そして稍あってからミュウツーが寝室を出ようとから離れると、彼女が口を開いた。
「ミュウツー……、行っちゃうの?」
ミュウツーはが眠ったと思ったが、どうやら彼女は目を覚ましたらしい。眠そうに目を細めながらその目をミュウツーへと向けている。
「……ここにいてよ」
が小さくベッドの端を叩くと、柔らかなベッドはぽすんと音を立てる。ミュウツーは再び眠りに就こうとしているを見つめてから、やれやれと苦笑して彼女の元へと近付いた。それからベッドに横になるの身体の傍に腰掛ける。
は意識の殆どが眠りに就きながらもミュウツーが傍に来たのが分かったのか、小さく口元に笑みを浮かべた。それを見たミュウツーがの頭を撫でると、彼女は擽ったそうに身じろいだ。
昔の自分だったならば、他者にこうして優しく触れることは出来なかっただろうと、ミュウツーは不意に思った。触れるもの全てを傷付けることが、昔のミュウツーの在り方だったのだ。
何より、自分は一生他者に優しくなど出来ないだろうと思っていた。しかし、そうじゃない、他者に優しく触れることは自分にだって出来る、と、数年前のある日、ハナダの洞窟にやって来た、まだほんの少しだけ幼さの残る一人の少女が教えてくれたのだ。それが、このだった。
「……ミュウツーが撫でてくれるの、好きだな」
先程眠りについたと思ったのに、再び目を覚ましたらしいが小さく呟いた。それを聞いたミュウツーが起こしてしまったか、と尋ねると、は首を振る。
「いいの。それより、撫でるのはもうおしまい?」
数年前のあの日、ハナダの洞窟で出逢った時よりも大人びたが子供のように強請るのが何だか可笑しくて、ミュウツーも釣られるように笑った。
「は甘えただな」
「……駄目?」
「……いや、」
そう言葉を漏らしたミュウツーがの髪に指を通し、再び頭を撫でるとは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「……には、たくさんのことを教わったからな。構わないさ」
「たくさんのこと?」
ミュウツーに頭を撫でられ、目を閉じながらは尋ねる。
「……たくさんのことって、私、ミュウツーに何かそんなに教えたっけ?」
「ああ」
「そうだったかなあ。ねえ、何?」
「何だろうな」
ミュウツーがそう言うとは少し考える素振りを見せたが、まあいいか、と笑った。それに釣られるように、ミュウツーも、ふ、と笑みを零す。
ミュウツーの穏やかな笑みや、の頭を撫でる優しい指先を、ハナダの洞窟でミュウツーと戦ったことのあるトレーナーが見たら酷く驚くだろう。あの恐ろしいミュウツーが、こんなにも穏やかで優しい手つきで他者に触れることが出来るのか、と。だが、ミュウツーがに優しく触れられるのは、それは当然と言えば当然のことだった。
眠る前には「おやすみ」、感謝を伝えるために「ありがとう」と言うこと、手を繋いだら温かいこと、自分の触れるもの全てを傷付けていたこの両手が、優しさというものを持って他者に触れられること、誰かを大切に想うこと。これら全てを教えてくれたへの、ありがとうという言葉だけでは足りないこの温かい気持ちが、ミュウツーの彼女へと触れる指先の全てに込められているのだから。
優しさを紡ぐ指/20120714
加筆修正/2014121
テレポートによって場所を移動したミュウツーは、移動した先にあった小さな家へと入った。そこが、彼の今の「棲み処」だ。
小さな家へと入ったミュウツーは、白いテーブルに置かれた四角い小さなデジタル時計に眼をやった。時刻は午前二時を表示している。ミュウツーは、思わず溜め息を吐いた。ぼんやりと外を眺めていたとは言え、いつの間にかこんな時間になっていたのかと思ったのだ。
それからミュウツーは僅かに眉間に皺を寄せたまま、足音を立てないように寝室へと向かった。寝室に置かれたベッドでは、この家の主が布団をベッドの下に追いやって眠っている。ここの所気温が上がってきているので、どうやら布団が暑いらしい。その追いやられて丸まった布団を摘み上げると、呼吸に合わせて僅かに身体を上下させる家の主に声を掛けた。
「おい、。ちゃんと布団を掛けろ。身体が冷える」
ミュウツーが声を掛けると、この家の主――がううん、と声を漏らした。
「おい」
「……ん」
はゆっくりと重そうに瞼を数回瞬かせると、ミュウツーへと目を向けた。これは寝ぼけているな、と判断したミュウツーは、仕方のない奴だと溜め息を吐く。それから摘み上げた布団を広げると、彼女の身体に掛けてやった。の手が、掛けられた布団の端を無意識に掴む。
「う、ん……」
「布団を掛けないで寝ると身体が冷える、と前に言っていたのはお前だ」
そう小さく文句を言うも、ミュウツーの口は心なしか緩んでいる。そして稍あってからミュウツーが寝室を出ようとから離れると、彼女が口を開いた。
「ミュウツー……、行っちゃうの?」
ミュウツーはが眠ったと思ったが、どうやら彼女は目を覚ましたらしい。眠そうに目を細めながらその目をミュウツーへと向けている。
「……ここにいてよ」
が小さくベッドの端を叩くと、柔らかなベッドはぽすんと音を立てる。ミュウツーは再び眠りに就こうとしているを見つめてから、やれやれと苦笑して彼女の元へと近付いた。それからベッドに横になるの身体の傍に腰掛ける。
は意識の殆どが眠りに就きながらもミュウツーが傍に来たのが分かったのか、小さく口元に笑みを浮かべた。それを見たミュウツーがの頭を撫でると、彼女は擽ったそうに身じろいだ。
昔の自分だったならば、他者にこうして優しく触れることは出来なかっただろうと、ミュウツーは不意に思った。触れるもの全てを傷付けることが、昔のミュウツーの在り方だったのだ。
何より、自分は一生他者に優しくなど出来ないだろうと思っていた。しかし、そうじゃない、他者に優しく触れることは自分にだって出来る、と、数年前のある日、ハナダの洞窟にやって来た、まだほんの少しだけ幼さの残る一人の少女が教えてくれたのだ。それが、このだった。
「……ミュウツーが撫でてくれるの、好きだな」
先程眠りについたと思ったのに、再び目を覚ましたらしいが小さく呟いた。それを聞いたミュウツーが起こしてしまったか、と尋ねると、は首を振る。
「いいの。それより、撫でるのはもうおしまい?」
数年前のあの日、ハナダの洞窟で出逢った時よりも大人びたが子供のように強請るのが何だか可笑しくて、ミュウツーも釣られるように笑った。
「は甘えただな」
「……駄目?」
「……いや、」
そう言葉を漏らしたミュウツーがの髪に指を通し、再び頭を撫でるとは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「……には、たくさんのことを教わったからな。構わないさ」
「たくさんのこと?」
ミュウツーに頭を撫でられ、目を閉じながらは尋ねる。
「……たくさんのことって、私、ミュウツーに何かそんなに教えたっけ?」
「ああ」
「そうだったかなあ。ねえ、何?」
「何だろうな」
ミュウツーがそう言うとは少し考える素振りを見せたが、まあいいか、と笑った。それに釣られるように、ミュウツーも、ふ、と笑みを零す。
ミュウツーの穏やかな笑みや、の頭を撫でる優しい指先を、ハナダの洞窟でミュウツーと戦ったことのあるトレーナーが見たら酷く驚くだろう。あの恐ろしいミュウツーが、こんなにも穏やかで優しい手つきで他者に触れることが出来るのか、と。だが、ミュウツーがに優しく触れられるのは、それは当然と言えば当然のことだった。
眠る前には「おやすみ」、感謝を伝えるために「ありがとう」と言うこと、手を繋いだら温かいこと、自分の触れるもの全てを傷付けていたこの両手が、優しさというものを持って他者に触れられること、誰かを大切に想うこと。これら全てを教えてくれたへの、ありがとうという言葉だけでは足りないこの温かい気持ちが、ミュウツーの彼女へと触れる指先の全てに込められているのだから。
優しさを紡ぐ指/20120714
加筆修正/2014121