梅雨も明けてこれからは晴天の毎日が続くのかと思いきや、その日は突然天気が崩れた。朝は真っ青な晴れ空が広がっていたのに、昼になる頃にはあっという間にどんよりとした重い雲が空を覆い尽くしてしまったのである。遠出をして野生のポケモンとバトルをしていたは、急な天候の変化に溜め息を吐いた。
「これじゃあ家に帰る途中で、雨に降られちゃうね」
そう言ってが振り返ると、ラグラージは鰭をぴくりと動かして怪訝そうな顔をし、それからの言葉に頷いた。ラグラージは鰭で僅かな空気の違いを感じ取ることが出来るので、このラグラージの様子からすると家に帰る途中所か、すぐにでも雨が降りそうだとは空を見上げる。すると正にその瞬間、の頬に冷たい雨粒が降ってきた。
「ラグラージ、何処かで雨宿りしよう!」
が慌てたように声を掛けると、ラグラージはの腕を引くや否や背に乗れというように身を屈める。が礼を言ってラグラージの背に乗ると、ラグラージは四本の足で力強く地を蹴った。遠くで雷鳴が響いている。
ラグラージがを乗せて辿り着いたのは、木々の陰に隠れるようにしてあった洞窟だった。普通ならば気が付かないような所にある洞窟だが、洞窟から流れ出る僅かな風の音と空気の流れをラグラージが逃すこと無く拾ってくれたのである。
洞窟に辿り着いた頃には、雨は霧雨になっていた。ラグラージの背から下りたがラグラージに改めて礼を言うと、ラグラージはぐるると喉を鳴らす。まだ小さなミズゴロウだった頃は抱き上げてあげる側だったのになあ、なんて思いながらはラグラージの頬を撫でた。
「この雨、これからどんどん酷くなるよね」
が洞窟の外を見上げると、ラグラージは鰭を頻りに動かしそれから頷く。はそれを見て洞窟の外を眺めるのを止めると、洞窟の入り口から少し離れた所に腰を下ろした。が声を掛けると、ラグラージもの隣へとやって来て腰を下ろす。洞窟の外では雷鳴が再び鳴り響いたかと思うと、薄暗くなった辺りを照らすように稲光が走った。
どれぐらいの間そうして身を寄せあっていただろうか。洞窟の外ではざあざあと先程よりも勢いを増した雨が降っている。雷鳴は時折鳴り響き、その度に昼間だというのに薄暗くなってしまった辺りを照らした。
そんな荒れる外の様子をとラグラージが並んで眺めていると、不意にの腹がぐう、と小さく音を立てた。そういえば朝ご飯を食べたきり何も口にしていないや、とが照れ隠しをするようにラグラージに向かって苦笑すると、ラグラージの腹も釣られるかのようにぐう、と音を立てる。一瞬顔を見合わせて二人はぽかんとしたが、すぐに笑い声を上げた。
「お腹が空いちゃったね。雨が止んだら家に帰って、すぐにお昼にしよう」
の言葉にラグラージも頷いたが、何かを思い出したかのようにはっとすると急に立ち上がった。一体どうしたのかと目を向けるに、ラグラージは少し待っててくれ、というようなジェスチャーをする。そしてラグラージは膝を抱えるようにして座っていたの肩をそっと押した。ラグラージによって背を洞窟の岩肌に預けるような体勢になったは、休んでろってこと?と首を傾げる。それにラグラージが頷くと、は礼を言って洞窟の入り口から出てゆくラグラージの背を見送った。
朝早くから家を出てその上雨に降られた疲れからだろうか、はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。雨の音は眠ってしまう前と変わらずざあざあと洞窟の内部にまで反響している。ラグラージはまだ帰って来ていないらしく、洞窟内にはだけだ。そして少し凝り固まった身体を解そうとが立ち上がった時だった。洞窟の入り口の方に背を向けて伸びをしたの背後から、影が差したのである。雨が降っていて薄暗いと言えど時刻はまだ昼で、入り口付近は明るいのだがふと洞窟内が暗さを増したのだ。
「ラグラージ?おかえ──」
おかえり、と言おうとして振り返った所で、の身体はぴたりと動きを止めた。洞窟の入り口に立つ「何か」は、逆光のためにその姿がシルエットとなってはっきりとは見えない。だが、どう見てもそれは見慣れたラグラージの姿では無かったのだ。石のように固まった足を無理矢理動かしてが僅かに後退りをすると、そのシルエットはぐるると低い唸り声を上げた。
「こっちに来ないで…」
か細い声でが言うと、そのシルエットが体勢を低くしてもう一度唸る。その際に僅かに洞窟の外の光がその姿を照らし、は息を飲んだ。──それは、野生のリングマだった。
リングマは突然の雨に苛立っているのか、はたまた腹を空かしているのか、を鋭い眼光の宿る瞳で睨み付ける。そしてじりじりと四つ足でに近付くと、あと数メートルという所で威嚇するように鋭い牙を鳴らした。
「……っ、ラグラージ!」
が助けを叫んだのと、リングマとは別の怒気を含んだ咆哮が洞窟内の空気を揺らしたのはほぼ同時のことだった。突然背後から聞こえた咆哮に、驚いたようにリングマが振り返る。するとそこにはラグラージが後ろ足で構えるように立っていた。そしてもう一度咆哮を上げると、それに応えるようにリングマも唸りを上げる。そしてリングマがその体躯からは想像できないような素早さで殴り掛かると、ラグラージは構えを崩さずにそのままリングマのパンチを受ける。その威力を物語るように、みしみしと重い音がラグラージの腕から鳴った。
思わずは小さく声にならない悲鳴を上げたが、ラグラージはにやりと笑うとそのままリングマの腹に冷気を宿した右手でパンチを喰らわせた。よろめいて数歩下がったリングマだったが、すぐに体勢を立て直すと再度ラグラージに殴り掛かる。ラグラージはそれを僅かな動きでかわすと、そのリングマが殴り掛かってきた勢いを利用してリングマを洞窟の壁に叩き付けた。そして見事にカウンターを決められたリングマは悔しそうに唸り声を上げていたが、軈てふらふらと洞窟から出ていったのだった。
「ラグラージ!」
が駆け寄ると、ラグラージはをぎゅうと抱き締めた。申し訳無さそうな表情を浮かべるラグラージには首を振る。
「助けてくれて、ありがとう」
そう言うとラグラージは未だ僅かに震えるを落ち着かせるように、の背をとんとんと優しく叩く。暫くの間そうされて漸く落ち着きを取り戻したが、それにしても一体何処に行っていたのかと尋ねると、ラグラージは洞窟の外を指差した。
「……もしかして、私の為に探して来てくれたの?」
ラグラージに促されて見た洞窟の外には、たくさんの木の実が散らばっていたのだ。雨が降り出す前、野生のポケモン達とバトルをしていた際にちらりと木の実が成っている木を眼にしていたラグラージは、洞窟からは幾分離れてしまっていたがそこへと木の実を採りに行っていたのである。しかしを一人にしたことでを危険な目に合わせてしまい、挙げ句リングマを追い払う為とは言え折角の木の実も泥塗れにしてしまったラグラージは項垂れた。
「ありがとう、ラグラージの気持ちが凄く嬉しい」
しかし、全ては自分の為にと行動してくれたラグラージの気持ちが何より嬉しかったは、そう言ってラグラージを抱き締める。ラグラージの身体は雨に濡れていた為に、その身体を抱き締めたの服も肌も雨粒に濡れたが、そんなことはどうでも良かった。もう一度ありがとう、とが囁くような声で言うと、ラグラージは漸く項垂れるのを止めて喉を鳴らす。そしてそっとの背に腕を回したのだった。
酷い雨も、もうすぐ降り止んで晴れるだろう。その証拠に、洞窟の外では雨が漸くその雨足を弱め、雷鳴もずっと向こうへと遠ざかっている。
(青空待ちの雨宿り/20130702
20140523加筆修正)
「これじゃあ家に帰る途中で、雨に降られちゃうね」
そう言ってが振り返ると、ラグラージは鰭をぴくりと動かして怪訝そうな顔をし、それからの言葉に頷いた。ラグラージは鰭で僅かな空気の違いを感じ取ることが出来るので、このラグラージの様子からすると家に帰る途中所か、すぐにでも雨が降りそうだとは空を見上げる。すると正にその瞬間、の頬に冷たい雨粒が降ってきた。
「ラグラージ、何処かで雨宿りしよう!」
が慌てたように声を掛けると、ラグラージはの腕を引くや否や背に乗れというように身を屈める。が礼を言ってラグラージの背に乗ると、ラグラージは四本の足で力強く地を蹴った。遠くで雷鳴が響いている。
ラグラージがを乗せて辿り着いたのは、木々の陰に隠れるようにしてあった洞窟だった。普通ならば気が付かないような所にある洞窟だが、洞窟から流れ出る僅かな風の音と空気の流れをラグラージが逃すこと無く拾ってくれたのである。
洞窟に辿り着いた頃には、雨は霧雨になっていた。ラグラージの背から下りたがラグラージに改めて礼を言うと、ラグラージはぐるると喉を鳴らす。まだ小さなミズゴロウだった頃は抱き上げてあげる側だったのになあ、なんて思いながらはラグラージの頬を撫でた。
「この雨、これからどんどん酷くなるよね」
が洞窟の外を見上げると、ラグラージは鰭を頻りに動かしそれから頷く。はそれを見て洞窟の外を眺めるのを止めると、洞窟の入り口から少し離れた所に腰を下ろした。が声を掛けると、ラグラージもの隣へとやって来て腰を下ろす。洞窟の外では雷鳴が再び鳴り響いたかと思うと、薄暗くなった辺りを照らすように稲光が走った。
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どれぐらいの間そうして身を寄せあっていただろうか。洞窟の外ではざあざあと先程よりも勢いを増した雨が降っている。雷鳴は時折鳴り響き、その度に昼間だというのに薄暗くなってしまった辺りを照らした。
そんな荒れる外の様子をとラグラージが並んで眺めていると、不意にの腹がぐう、と小さく音を立てた。そういえば朝ご飯を食べたきり何も口にしていないや、とが照れ隠しをするようにラグラージに向かって苦笑すると、ラグラージの腹も釣られるかのようにぐう、と音を立てる。一瞬顔を見合わせて二人はぽかんとしたが、すぐに笑い声を上げた。
「お腹が空いちゃったね。雨が止んだら家に帰って、すぐにお昼にしよう」
の言葉にラグラージも頷いたが、何かを思い出したかのようにはっとすると急に立ち上がった。一体どうしたのかと目を向けるに、ラグラージは少し待っててくれ、というようなジェスチャーをする。そしてラグラージは膝を抱えるようにして座っていたの肩をそっと押した。ラグラージによって背を洞窟の岩肌に預けるような体勢になったは、休んでろってこと?と首を傾げる。それにラグラージが頷くと、は礼を言って洞窟の入り口から出てゆくラグラージの背を見送った。
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朝早くから家を出てその上雨に降られた疲れからだろうか、はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。雨の音は眠ってしまう前と変わらずざあざあと洞窟の内部にまで反響している。ラグラージはまだ帰って来ていないらしく、洞窟内にはだけだ。そして少し凝り固まった身体を解そうとが立ち上がった時だった。洞窟の入り口の方に背を向けて伸びをしたの背後から、影が差したのである。雨が降っていて薄暗いと言えど時刻はまだ昼で、入り口付近は明るいのだがふと洞窟内が暗さを増したのだ。
「ラグラージ?おかえ──」
おかえり、と言おうとして振り返った所で、の身体はぴたりと動きを止めた。洞窟の入り口に立つ「何か」は、逆光のためにその姿がシルエットとなってはっきりとは見えない。だが、どう見てもそれは見慣れたラグラージの姿では無かったのだ。石のように固まった足を無理矢理動かしてが僅かに後退りをすると、そのシルエットはぐるると低い唸り声を上げた。
「こっちに来ないで…」
か細い声でが言うと、そのシルエットが体勢を低くしてもう一度唸る。その際に僅かに洞窟の外の光がその姿を照らし、は息を飲んだ。──それは、野生のリングマだった。
リングマは突然の雨に苛立っているのか、はたまた腹を空かしているのか、を鋭い眼光の宿る瞳で睨み付ける。そしてじりじりと四つ足でに近付くと、あと数メートルという所で威嚇するように鋭い牙を鳴らした。
「……っ、ラグラージ!」
が助けを叫んだのと、リングマとは別の怒気を含んだ咆哮が洞窟内の空気を揺らしたのはほぼ同時のことだった。突然背後から聞こえた咆哮に、驚いたようにリングマが振り返る。するとそこにはラグラージが後ろ足で構えるように立っていた。そしてもう一度咆哮を上げると、それに応えるようにリングマも唸りを上げる。そしてリングマがその体躯からは想像できないような素早さで殴り掛かると、ラグラージは構えを崩さずにそのままリングマのパンチを受ける。その威力を物語るように、みしみしと重い音がラグラージの腕から鳴った。
思わずは小さく声にならない悲鳴を上げたが、ラグラージはにやりと笑うとそのままリングマの腹に冷気を宿した右手でパンチを喰らわせた。よろめいて数歩下がったリングマだったが、すぐに体勢を立て直すと再度ラグラージに殴り掛かる。ラグラージはそれを僅かな動きでかわすと、そのリングマが殴り掛かってきた勢いを利用してリングマを洞窟の壁に叩き付けた。そして見事にカウンターを決められたリングマは悔しそうに唸り声を上げていたが、軈てふらふらと洞窟から出ていったのだった。
「ラグラージ!」
が駆け寄ると、ラグラージはをぎゅうと抱き締めた。申し訳無さそうな表情を浮かべるラグラージには首を振る。
「助けてくれて、ありがとう」
そう言うとラグラージは未だ僅かに震えるを落ち着かせるように、の背をとんとんと優しく叩く。暫くの間そうされて漸く落ち着きを取り戻したが、それにしても一体何処に行っていたのかと尋ねると、ラグラージは洞窟の外を指差した。
「……もしかして、私の為に探して来てくれたの?」
ラグラージに促されて見た洞窟の外には、たくさんの木の実が散らばっていたのだ。雨が降り出す前、野生のポケモン達とバトルをしていた際にちらりと木の実が成っている木を眼にしていたラグラージは、洞窟からは幾分離れてしまっていたがそこへと木の実を採りに行っていたのである。しかしを一人にしたことでを危険な目に合わせてしまい、挙げ句リングマを追い払う為とは言え折角の木の実も泥塗れにしてしまったラグラージは項垂れた。
「ありがとう、ラグラージの気持ちが凄く嬉しい」
しかし、全ては自分の為にと行動してくれたラグラージの気持ちが何より嬉しかったは、そう言ってラグラージを抱き締める。ラグラージの身体は雨に濡れていた為に、その身体を抱き締めたの服も肌も雨粒に濡れたが、そんなことはどうでも良かった。もう一度ありがとう、とが囁くような声で言うと、ラグラージは漸く項垂れるのを止めて喉を鳴らす。そしてそっとの背に腕を回したのだった。
酷い雨も、もうすぐ降り止んで晴れるだろう。その証拠に、洞窟の外では雨が漸くその雨足を弱め、雷鳴もずっと向こうへと遠ざかっている。
(青空待ちの雨宿り/20130702
20140523加筆修正)