のことを、ジグザグマは円らな瞳で真っ直ぐに見上げた。その足元には一つのキズぐすりがある。それに気がついたがキズぐすりの前にしゃがみ込むと、ジグザグマはへ差し出すように紫色の容器を鼻で押しやった。
「また拾ってきたの?」
が笑いながら尋ねると、しましま模様の尻尾が左右に機嫌良く揺れる。薄く開いた口からは小さく真っ赤な舌が覗いていて、何かを期待するように瞳を輝かせたジグザグマは、その舌でぺろりと自分の口の回りを舐めた。そんなジグザグマの様子に笑みを浮かべると、は少し固い毛並みの頭に手を伸ばす。
「よしよし。えらい、えらい」
左手でキズぐすりを手に取り、右手でジグザグマの頭を撫でると、ジグザグマは待っていましたと言うかのようにきゅうきゅうと喉を鳴らした。それからその場でくるりと回ると、の手のひらにぐいぐいと頭を押し付ける。それがもっと褒めて、と催促されているようで、はジグザグマが満足するまで撫でてやった。
がジグザグマと出逢ったのはいつだったか、よく晴れた日の朝のことだった。
朝起きたが花に水でも遣ろうかと庭に出た所、どこからか迷い込んだのか、庭の隅にこのジグザグマが傷だらけになって倒れていたのだ。
驚いたが慌てて駆け寄ると、眼を閉じていたジグザグマが重たそうに瞼を持ち上げる。ジグザグマは短く苦しそうに呼吸を繰り返していた。
野生のポチエナにでも襲われたのだろうか。そう思いながら、ジグザグマの様子に思わずは顔をしかめる。
それからどうしたものか、キズぐすりはまだ鞄の中にあったっけ。などと考えて家の中に戻ろうとしたは、ジグザグマの体の下に何かがあることに気がついた。
「ちょっと、ごめんね」
ジグザグマが聞いているかは分からないが、そう声を掛けてからジグザグマの体を少し持ち上げる。すると、そこにあったのは泥塗れになったいいキズぐすりだった。
ジグザグマの特性の一つに「ものひろい」があるが、どうやらこのジグザグマは特性がその「ものひろい」で、このいいキズぐすりをどこかで拾っていたようだ。
丁度良かった、と、それを手に取ると、は手早くジグザグマの治療を始める。キズぐすりが吹きかけられる度にジグザグマは小さく声を漏らしたが、暫くして治療が終わると呼吸も落ち着き、やがて苦しそうに閉じていたまぶたを開いた。
「ああ、良かった。もう大丈夫みたいだね」
すっかり元気になったジグザグマにが安心したように笑うと、ジグザグマはきゅうんと鳴いて頭を持ち上げ、ゆっくりと首を傾げた。
「あなたが倒れていてとても驚いたけれど、あなたがいいキズぐすりを拾っていたお陰ですぐに治療ができたんだよ」
そう言いながら、空になったいいキズぐすりの容器を見せてジグザグマの頭を撫でると、ジグザグマは気持ち良さそうに口元を緩めた。それからきゃん、と声を上げる。先程までとはうって変わって元気なその様子に、自然との顔も綻んだ。
それ以来このジグザグマはに懐いてしまったようで、暇さえあれば何かを拾って彼女の元へと持ってくるようになったのだ。
撫でる手が止まっていたからか、ジグザグマが不服そうな声を漏らす。それに気がつくと、はごめんごめん、と笑いながら、ジグザグマが満足するまでその額を撫でてやった。
その次の日も、ジグザグマはの元へと何かを持ってきたらしい。朝の水遣りをしようとが庭に出たところ、庭の隅の柔らかな草の上には既にジグザグマがちょこんと座っていたのだ。が家の中から出てきたのを目にすると、尻尾を勢いよく左右に振って駆け寄ってくる。
「おはよう。ジグザグマも早起きだねえ」
膝をついてしゃがみ、駆け寄ってきたジグザグマに話しかける。それから朝露で濡れている鼻先を指で拭ってやった。ジグザグマはの手のひらにくわえていた物を押し付けるとくしゅんとくしゃみをし、それからふるりと体を震わせた。
「今日は何を持って来てくれたのかな」
そう言ってジグザグマから押し付けられたものに視線を落とすと、それはふしぎなアメだった。フレンドリィショップやデパートでは売っているのを見かけたことがないのでなかなか珍しいアイテムのはずなのだが、一体どこで拾ってきたのやら。そう思ったがジグザグマの顔を見つめると、ジグザグマは舌を出して得意げに鼻を鳴らした。
「ありがとう。……でも、私はふしぎなアメは食べられないから、気持ちだけもらっておくね」
が困ったように肩を竦めるとジグザグマは少しだけ残念そうに尻尾を垂れさせた。しかしそれもほんの一瞬で、からアメを受け取るとそれを地面に置き、前足で器用にアメの包みの両端を抑えて開くと、ぱくりと口に入れた。
「そういえばジグザグマは朝ご飯を食べたの?まさかそれが朝ご飯って訳じゃないよね?」
アメで片方の頬だけ膨らませているジグザグマの可愛らしい顔に吹き出してしまいそうになりながら尋ねると、ジグザグマはきゅうんと鳴いて首を傾げた。その様子から、どうやら朝ご飯も食べずにここへ遊びに来たようだと判断したは立ち上がる。
「ポケモンフーズがあるから、良かったら食べていく?」
ジグザグマはアメを口に入れているからか鳴きはせず、その代わりにぶんぶんと尻尾を振ってみせた。その様子を見たは、それじゃあ少し待っていてね。そう言って家の中へ戻ろうとしたのだが、その際くらりと眩暈がして思わず額に手を当てた。ジグザグマが足元へと駆け寄って、心配そうな眼を向ける。
「……うーん、昨日仕事で遅くまで起きていたから、少し疲れてたみたい」
もう眩暈は治まったから大丈夫、とが笑顔を見せると、ジグザグマは大きな瞳で様子を窺うように見つめた後に首を傾げた。
「大丈夫だって! ……ね?」
ジグザグマがあまり心配そうに見つめるので、申し訳なく思いながら慌ててポケモンフーズを取りに行って戻ってくると、何故かジグザグマは姿を消してしまっていた。
「……あれ? ジグザグマ? どこに行っちゃったの?」
ポケモンフーズの箱と平たい皿を手に呼ぶも、ジグザグマは姿を見せない。悪戯で隠れているのだろうかとも思ったが、暫く待ってもジグザグマは現れなかった。
困り果てたはジグザグマが戻ってきてもいいようにと皿にポケモンフーズを出して庭へと置いておいたが、日が落ちても結局ジグザグマは戻らず、皿に盛っていたポケモンフーズは野生のチョロネコが掻っ攫っていってしまったのだった。
ジグザグマが姿を現したのは、それから三日後のことだった。ジグザグマはどうしちゃったのだろう、そう思いながらが庭に水を遣ろうと出たところ、いつものように庭の隅にはジグザグマが座っていたのである。
「ジグザグマ!」
が呼ぶと、ジグザグマはきゃうんと鳴き声を上げて駆け寄ってくる。そしてしゃがんだ彼女の前までやって来ると、濡れた瞳での顔を見上げた。
「この前はどうしちゃったの? 急にいなくなるんだもん。心配したんだからね」
その言葉にジグザグマは困ったように舌を出したが、すぐにきらきらと眼を輝かせると、先程まで自分が座っていた方へと振り返る。釣られてジグザグマの視線の先を辿ったは、そこに何かがあることに気がついた。
一体何だろうと思いながら立ち上がり、は庭の隅へと向かう。ジグザグマはの隣を駆けていき、先に庭の隅に行くとまた元のように座った。
「これ……」
そうして庭の隅にある「何か」を目にしたは、驚いてしまった。何故なら庭の隅の草の上には、たくさんのげんきのかけらとなんでもなおし、すごいキズぐすりが集められていたのだ。
ジグザグマはその内の一つのげんきのかけらを口にくわえると、の手のひらにそっと当てた。続いて、どうだと尋ねるようにこてりと首を傾げる。
「私のために?」
ジグザグマは当然だと言うかのように頷いた。ジグザグマはあの三日前のの疲れた様子を見て、これらでが元気になれば、と集めてきてくれたのだ。そしてげんきのかけらの代わりに今度はなんでもなおしをくわえると、また同じようにの手のひらに押し当てる。
「……これはね、ポケモンに使う道具だから、人間の薬にはならないの」
ジグザグマの口にくわえられたなんでもなおしを手に取ったが言う。その言葉を耳にしたジグザグマはきょとんとした顔での顔を見つめた。どうやらこれらが人間には使えないものだとは知らなかったらしい。
しかしその言葉を理解したのか、がっかりした様子を浮かべるジグザグマに、は口を開く。
「人間には使えないはずなんだけど……不思議だね。疲れが吹き飛んじゃったみたい」
あなたのお陰だよ。そうがはにかむと、ジグザグマはすぐにぱっと顔を輝かせた。元気な声できゃんと鳴いて、はっはっと短く息を吐いて庭を駆け回る。その様子に、たまらずは声をあげて笑った。
早朝の涼やかな風が駆けていく。立ち上がり、ぐっと伸びをしたは、一緒に朝食でもどうかとジグザグマに尋ねた。ジグザグマの嬉しそうな声が朝の空気を震わせのは、そのすぐ後のことだ。
(ギフトパス!/20151006)
「また拾ってきたの?」
が笑いながら尋ねると、しましま模様の尻尾が左右に機嫌良く揺れる。薄く開いた口からは小さく真っ赤な舌が覗いていて、何かを期待するように瞳を輝かせたジグザグマは、その舌でぺろりと自分の口の回りを舐めた。そんなジグザグマの様子に笑みを浮かべると、は少し固い毛並みの頭に手を伸ばす。
「よしよし。えらい、えらい」
左手でキズぐすりを手に取り、右手でジグザグマの頭を撫でると、ジグザグマは待っていましたと言うかのようにきゅうきゅうと喉を鳴らした。それからその場でくるりと回ると、の手のひらにぐいぐいと頭を押し付ける。それがもっと褒めて、と催促されているようで、はジグザグマが満足するまで撫でてやった。
がジグザグマと出逢ったのはいつだったか、よく晴れた日の朝のことだった。
朝起きたが花に水でも遣ろうかと庭に出た所、どこからか迷い込んだのか、庭の隅にこのジグザグマが傷だらけになって倒れていたのだ。
驚いたが慌てて駆け寄ると、眼を閉じていたジグザグマが重たそうに瞼を持ち上げる。ジグザグマは短く苦しそうに呼吸を繰り返していた。
野生のポチエナにでも襲われたのだろうか。そう思いながら、ジグザグマの様子に思わずは顔をしかめる。
それからどうしたものか、キズぐすりはまだ鞄の中にあったっけ。などと考えて家の中に戻ろうとしたは、ジグザグマの体の下に何かがあることに気がついた。
「ちょっと、ごめんね」
ジグザグマが聞いているかは分からないが、そう声を掛けてからジグザグマの体を少し持ち上げる。すると、そこにあったのは泥塗れになったいいキズぐすりだった。
ジグザグマの特性の一つに「ものひろい」があるが、どうやらこのジグザグマは特性がその「ものひろい」で、このいいキズぐすりをどこかで拾っていたようだ。
丁度良かった、と、それを手に取ると、は手早くジグザグマの治療を始める。キズぐすりが吹きかけられる度にジグザグマは小さく声を漏らしたが、暫くして治療が終わると呼吸も落ち着き、やがて苦しそうに閉じていたまぶたを開いた。
「ああ、良かった。もう大丈夫みたいだね」
すっかり元気になったジグザグマにが安心したように笑うと、ジグザグマはきゅうんと鳴いて頭を持ち上げ、ゆっくりと首を傾げた。
「あなたが倒れていてとても驚いたけれど、あなたがいいキズぐすりを拾っていたお陰ですぐに治療ができたんだよ」
そう言いながら、空になったいいキズぐすりの容器を見せてジグザグマの頭を撫でると、ジグザグマは気持ち良さそうに口元を緩めた。それからきゃん、と声を上げる。先程までとはうって変わって元気なその様子に、自然との顔も綻んだ。
それ以来このジグザグマはに懐いてしまったようで、暇さえあれば何かを拾って彼女の元へと持ってくるようになったのだ。
撫でる手が止まっていたからか、ジグザグマが不服そうな声を漏らす。それに気がつくと、はごめんごめん、と笑いながら、ジグザグマが満足するまでその額を撫でてやった。
その次の日も、ジグザグマはの元へと何かを持ってきたらしい。朝の水遣りをしようとが庭に出たところ、庭の隅の柔らかな草の上には既にジグザグマがちょこんと座っていたのだ。が家の中から出てきたのを目にすると、尻尾を勢いよく左右に振って駆け寄ってくる。
「おはよう。ジグザグマも早起きだねえ」
膝をついてしゃがみ、駆け寄ってきたジグザグマに話しかける。それから朝露で濡れている鼻先を指で拭ってやった。ジグザグマはの手のひらにくわえていた物を押し付けるとくしゅんとくしゃみをし、それからふるりと体を震わせた。
「今日は何を持って来てくれたのかな」
そう言ってジグザグマから押し付けられたものに視線を落とすと、それはふしぎなアメだった。フレンドリィショップやデパートでは売っているのを見かけたことがないのでなかなか珍しいアイテムのはずなのだが、一体どこで拾ってきたのやら。そう思ったがジグザグマの顔を見つめると、ジグザグマは舌を出して得意げに鼻を鳴らした。
「ありがとう。……でも、私はふしぎなアメは食べられないから、気持ちだけもらっておくね」
が困ったように肩を竦めるとジグザグマは少しだけ残念そうに尻尾を垂れさせた。しかしそれもほんの一瞬で、からアメを受け取るとそれを地面に置き、前足で器用にアメの包みの両端を抑えて開くと、ぱくりと口に入れた。
「そういえばジグザグマは朝ご飯を食べたの?まさかそれが朝ご飯って訳じゃないよね?」
アメで片方の頬だけ膨らませているジグザグマの可愛らしい顔に吹き出してしまいそうになりながら尋ねると、ジグザグマはきゅうんと鳴いて首を傾げた。その様子から、どうやら朝ご飯も食べずにここへ遊びに来たようだと判断したは立ち上がる。
「ポケモンフーズがあるから、良かったら食べていく?」
ジグザグマはアメを口に入れているからか鳴きはせず、その代わりにぶんぶんと尻尾を振ってみせた。その様子を見たは、それじゃあ少し待っていてね。そう言って家の中へ戻ろうとしたのだが、その際くらりと眩暈がして思わず額に手を当てた。ジグザグマが足元へと駆け寄って、心配そうな眼を向ける。
「……うーん、昨日仕事で遅くまで起きていたから、少し疲れてたみたい」
もう眩暈は治まったから大丈夫、とが笑顔を見せると、ジグザグマは大きな瞳で様子を窺うように見つめた後に首を傾げた。
「大丈夫だって! ……ね?」
ジグザグマがあまり心配そうに見つめるので、申し訳なく思いながら慌ててポケモンフーズを取りに行って戻ってくると、何故かジグザグマは姿を消してしまっていた。
「……あれ? ジグザグマ? どこに行っちゃったの?」
ポケモンフーズの箱と平たい皿を手に呼ぶも、ジグザグマは姿を見せない。悪戯で隠れているのだろうかとも思ったが、暫く待ってもジグザグマは現れなかった。
困り果てたはジグザグマが戻ってきてもいいようにと皿にポケモンフーズを出して庭へと置いておいたが、日が落ちても結局ジグザグマは戻らず、皿に盛っていたポケモンフーズは野生のチョロネコが掻っ攫っていってしまったのだった。
ジグザグマが姿を現したのは、それから三日後のことだった。ジグザグマはどうしちゃったのだろう、そう思いながらが庭に水を遣ろうと出たところ、いつものように庭の隅にはジグザグマが座っていたのである。
「ジグザグマ!」
が呼ぶと、ジグザグマはきゃうんと鳴き声を上げて駆け寄ってくる。そしてしゃがんだ彼女の前までやって来ると、濡れた瞳での顔を見上げた。
「この前はどうしちゃったの? 急にいなくなるんだもん。心配したんだからね」
その言葉にジグザグマは困ったように舌を出したが、すぐにきらきらと眼を輝かせると、先程まで自分が座っていた方へと振り返る。釣られてジグザグマの視線の先を辿ったは、そこに何かがあることに気がついた。
一体何だろうと思いながら立ち上がり、は庭の隅へと向かう。ジグザグマはの隣を駆けていき、先に庭の隅に行くとまた元のように座った。
「これ……」
そうして庭の隅にある「何か」を目にしたは、驚いてしまった。何故なら庭の隅の草の上には、たくさんのげんきのかけらとなんでもなおし、すごいキズぐすりが集められていたのだ。
ジグザグマはその内の一つのげんきのかけらを口にくわえると、の手のひらにそっと当てた。続いて、どうだと尋ねるようにこてりと首を傾げる。
「私のために?」
ジグザグマは当然だと言うかのように頷いた。ジグザグマはあの三日前のの疲れた様子を見て、これらでが元気になれば、と集めてきてくれたのだ。そしてげんきのかけらの代わりに今度はなんでもなおしをくわえると、また同じようにの手のひらに押し当てる。
「……これはね、ポケモンに使う道具だから、人間の薬にはならないの」
ジグザグマの口にくわえられたなんでもなおしを手に取ったが言う。その言葉を耳にしたジグザグマはきょとんとした顔での顔を見つめた。どうやらこれらが人間には使えないものだとは知らなかったらしい。
しかしその言葉を理解したのか、がっかりした様子を浮かべるジグザグマに、は口を開く。
「人間には使えないはずなんだけど……不思議だね。疲れが吹き飛んじゃったみたい」
あなたのお陰だよ。そうがはにかむと、ジグザグマはすぐにぱっと顔を輝かせた。元気な声できゃんと鳴いて、はっはっと短く息を吐いて庭を駆け回る。その様子に、たまらずは声をあげて笑った。
早朝の涼やかな風が駆けていく。立ち上がり、ぐっと伸びをしたは、一緒に朝食でもどうかとジグザグマに尋ねた。ジグザグマの嬉しそうな声が朝の空気を震わせのは、そのすぐ後のことだ。
(ギフトパス!/20151006)