Hanada
 ゆめから覚めたのは、聞き慣れない声が聞こえたからでした。
 わたしたちが発するものに似ているけれど、しかしどうやら違うようで、意味を、意思を、汲み取ることのできない、いのちの温度を感じられない声でした。

 一体誰の声かしら。まだまだゆめのせかいを漂っていたいところだけど、確かめなくっちゃ。
 ううんと起き上がったところで、そういえば、一緒にお昼寝をしていたはずのがいないことに気が付きました。部屋の隅々までもを見渡しても、の影もかたちもありません。

 ちりん、ちりん。と、わたしをゆめから覚ました声がまた、どこからか聞こえました。耳を澄ませると、扉の向こうの部屋から届いたのだと分かりました。
 もしかしたら、もそこにいるかもしれません。やわらかなベッドからぷかりと浮かび上がったわたしは、知らない声に導かれるように、部屋を出たのでした。


 廊下を抜けて、その向こうの部屋に辿り着くと、思っていた通りがいました。こちらへ背を向けて、この部屋一番の大きな窓の前に立っています。
 開け放たれた窓から差し込むやわらかなお日さまの光が、のからだを縁取って、キラキラと輝いています。
 を見つけてほっとしたわたしは、息をぷかぷかと吐きました。ちりりん。わたしの声を耳にしたが、ゆっくりと振り返りました。その顔は、微笑んでいます。わたしのいちばん好きな、の顔です。

「あら、チリーン。おはよう」

 おはよう、と挨拶をしながら近寄ると、がわたしの頬を指先でつつきました。こらこら、くすぐったいでしょう。わたしが思わず声を上げると、がおかしそうに笑いました。続けて、反対側の頬をつついてきます。
 イタズラが好きな困った指を尻尾で捕まえると、が口を開きました。

「そうそう。チリーンにこれを見てほしくって。……どう?」

 わたしの尻尾に捕まっていない方の手で、が窓を指差しました。見ると、そこには見慣れないものがぶら下がっていました。色は違うけれど、どことなく、わたしとすがたかたちが似ているような気がします。
 仲間、なのでしょうか。わたしが警戒した声を発すると、が目を細めたのが見えました。

「これはねー、風鈴」

 ふうりん?
 わたしがからだを傾けると、が「風鈴」ともう一度言いました。

「前に買ったんだけど、飾るの忘れてたんだよね。さっき思い出したから飾ってみたの」

 どうやら敵ではないということが分かったので、わたしは恐る恐る風鈴、とやらに近づいてみました。
 大きさはわたしよりも小さくて、からだは透明です。そこに、トサキントらしきすがたが二匹、描かれています。からだからは一本の白い糸が伸びていて、その先に紙で作られた尻尾がついていました。尻尾の色は、夕焼けの色をしています。

 それで、結局、風鈴とは一体。未知の物体をじっと見つめていると、窓からそよそよと風が遊びにやってきました。すると、風鈴がちりんと音を立てました。

「風が吹くと、こうして音が鳴るの。それを楽しむんだよ」

 ははあ、さっきのあれは声じゃなくて、音だったのか。どうりで、意味や意志が汲み取れないわけです。
 わたしがひとりでうんうんと頷いていると、が頬をゆるめて言いました。

「涼しげな音で、いいよね」

 ──わたしは少しだけ、本当に本当に少しだけ、むっとしました。
 自分とそっくりな風鈴が、に「いいよね」と褒められたことが、なんだか面白くないな、と思ってしまったのです。

 そんなわたしを他所に、窓からやって来る風を捕まえた風鈴が、ちりんと音を立てました。ひらひらと、夕焼け色の尻尾が揺れています。風鈴にいのちがあったのなら、「どうだ、いいだろう」なんて声が聞こえそうです。
 わたしは風鈴のとなりにぶら下がると、それくらい、わたしにもできますよ、と声を出しました。

 ちりん、ちりりん。重なったふたつの声が、部屋の中を満たします。窓から入る風も、カーテンと楽しそうに踊っています。
 風鈴に対抗して、もう一度声を出してから。を見ると、彼女はうっとりと目を閉じていました。その表情は、とてもしあわせそうなものです。

「……あれ、もうおしまい?」

 目を開いたが、わたしに笑い掛けました。

「チリーンの声、好き。もっと聞きたいなあ」

 たったそれだけのことばで、わたはしすっかり気分がよくなってしまいました。風鈴のとなりを離れると、ぷかぷか浮かんでの腕にするりと頬を寄せました。
 ちりん。声を上げたわたしのからだを、頭を、のてのひらがゆるやかに撫でます。見上げると、お日さまの光をたっぷり溶かし込んだ瞳と視線がぶつかりました。

 ねえ、。わたしも、だいすきです。

 が好きだと言ってくれたこの声で、ことばを紡ぐとそれはどうやら伝わったようでした。
 だって、わたしをやさしく抱きしめたの頬はほんのり赤く染まっていて、ふにゃふにゃと力の抜けた顔をしているのですから。


 わたしは胸いっぱいに息を吸い込むと、窓際でひとり揺れる風鈴に向かって、「どうだ、いいでしょう」と胸を張ったのでした。


(音にあいを込めて/20200906)
お題箱の「チリーンでほのぼのしたお話」より