何故そんな場所にいたのか。その理由はぼく自身の力にあった。ぼくは体内で無限のエネルギーを作り出すことができ、その上それを他者に分け与えることができる力を持っている。この強い力がいつしか「ビクティニを手にすればどんな勝負でも勝利できる」と噂になり、それを耳にした人間同士の争いが起きるようになった。
その争いは日を追うごとに激しさを増して絶えなくなってしまったため、ぼくは姿を隠すことにした。そうして追われながらも隠れ場所を探していた時、ある人間がぼくにあの地下室を与えてくれたのだ。
追われ続ける日々に、ぼくの身も心も少しずつ疲弊していく。ぼくにあの部屋を与えてくれた人間に出逢ったのは、そんな日々の中だった。
疲れ果てて草むらに倒れていたぼくは、誰かにそっと抱き上げられた。それが「ある人間」との出逢いだ。そしてそのまま連れていかれたのが、あのリバティガーデン島だった。
なんでも島を丸ごと買い取って、真ん中に建っていた灯台の下に地下室を作ったらしく、人間はぼくを部屋に入れるとここに隠れていなさいと言った。ここはきみを守ってくれる、とも。人間の言うことなんてと思いもしたけれど、争い事に何度も巻き込まれていたぼくは、その時抵抗する力もない程に弱っていて、その人間の言葉に素直に頷く他なかった。
『きっといつか、誰かがきみを見つけてくれる』
地下室の扉を閉める時、人間はそう言って少し悲しそうに、けれどとても穏やかに笑った。扉が音を立てて閉じられると、地下室はしんとした空気に包まれる。
初めは「この地下室はぼくを閉じ込めておくための罠で、その内誰かが捕まえに来るんじゃないか」なんて疑っていた。けれど、どれ程時間が過ぎても、誰一人としてこの場所へと訪れる人間はいなかった。
それからどれ程の月日が流れただろう。部屋ですることは何もなかったけれど、時間はたっぷりとあったお陰で、食事を摂らずとも傷ついた体はゆっくりと癒えていった。そうして傷が完全に癒えたある日のこと。ぼくはこの地下室を出ようと考えた。この場所を離れて、どこか遠く、誰もいない静かな森で暮らそう。そんな思いを胸に抱きながら、ぼくは地下室の扉を初めて開こうとした。
この地下室は罠なんかじゃなくて、本当にぼくを守るために作られていたのだと知ったのはこの時だ。どんなに力を込めて扉を押しても、ぶつかっても、サイコキネシスを放ったりしてみても、この場所を守るかのように決して扉は開かなかった。ひび一つ入らず、びくともしなかったのだ。
長いこと扉や壁と格闘したぼくはやがて部屋を出ることを諦めて、床に仰向けに倒れた。ここでの暮らしは、争い事に巻き込まれる心配とは無縁のものだった。けれど、あまりにも孤独すぎたのだ。それから、ここに匿ってくれた人間の最後の言葉を思い出す。きっといつか、誰かがきみを見つけてくれる──いつかっていつだろう。誰かって、誰のこと?そんなことを考えながら、ぼくは狭いこの地下室でいつかこの場所を訪れる、「誰か」のことを待ち続けるようになったのだ。
と出逢ったのは、ぼくがリバティガーデン島の灯台の地下室に入ってから、驚くことに二百年後のことだった。
長いこと何もせず、孤独に過ごしていたある時、物音一つしなかった部屋の外から微かな音が聞こえたのだ。それは、どうやら足音のようだった。部屋の隅で丸くなっていたぼくは、随分と久しぶりに聞いた「外からの物音」に弾かれたように飛び起きる。それから何度も耳を動かして、扉の向こうの様子を探った。足音はまっすぐにここへと向かってくる。それに比例して、胸がどきどきと高鳴っていく。
扉が開いた時、そこにいるのはどんな人間だろう。かつて争いをしていたような人間だったらどうしよう。そんなことを考えている間にも足音は近付いて、やがて扉の前で止まった。
あんなに開きそうになかった扉が、古びた音を立ててゆっくりと開いた。思わずぼくは息を飲む。そして聞こえたのは。
「見つけた」
はっとして飛び起きると、草むらの中で丸くなっていたぼくのことをが見下ろしていた。
「かくれんぼの途中で寝ちゃうなんて」
少し呆れたようにが笑う。そうだった。ぼくは公園でとかくれんぼをしていたのだ。草むらに隠れたはいいものの、葉っぱのベッドが気持ちよくていつの間にか眠ってしまったらしい。ぼくが眼を擦っていると、彼女に優しく体を抱き上げられた。
「まだ眠そうだね。何か夢でも見たの?」
抱き上げられたままぼうっとしていたからか、がぼくの頬を指先でつつきながら尋ねる。ぼくは何度か瞬きをすると、ややあってから頷いた。なんとも懐かしい夢だった。彼女が初めてぼくに「見つけた」と言った日の夢。
あの時、地下室の扉を開けたのがだった。
『見つけた』
扉を開けたの第一声。その言葉と同時に彼女が浮かべた、おひさまのような、やわらかであたたかい笑顔にあの時ぼくは無性に泣きたくなった。それと同時に直感する。二百年もの間、ぼくはきっときみのことを待っていたんだよって。そしてぼくは彼女の腕の中に飛び込んだのだ。
それからずっと、こうしてぼくはと共に過ごしている。
「ねえ。明日さ、ヒウンシティに行かない?ヒウンアイスが食べたいの」
公園からの帰り道、ぼくの頭を撫でながらが言った。以前彼女と一緒に食べたヒウンアイスを思い出して、ぼくは頷く。
「よし、決まり。ヒウンアイスを食べた後は、またどこかでかくれんぼでもして遊ぶ?」
ビクティニってかくれんぼが好きだよね、とが微笑んだ。よく、ぼくは彼女にかくれんぼをしたいとせがむ。だからはぼくがその遊びが好きなのだと思っているらしい。ぼくはまた、同意するように頷く。それから、きっと明日もぼくはに見つけられるのだろうと思った。
と過ごすようになってから、何度もかくれんぼをした。だけど、一度も彼女がぼくを見つけられなかったことはない。
さっきみたいに草むらに隠れても、公園の遊具の陰に隠れても、日向ぼっこをするミネズミ達の中に紛れても。どこにいたっては必ず、ぼくを見つけ出してしまう。それが、まるで二人の間は見えない何かで結ばれているような錯覚を起こす。あの日彼女が島にやって来たのは、見えない何かに導かれたからなんじゃないかって思えて仕方ない。そしてぼくを見つけたは、あの日と変わらない笑顔で「見つけた」と言うのだ。
は知らない。ぼくが別にかくれんぼが好きなわけじゃないことを。ぼくを見つけてくれた時の、あのおひさまのような笑顔が見たいから何度も隠れることを。そしてが「見つけた」と笑う度、「またぼくを見つけてくれてありがとう」「きみがあの時ぼくを見つけたのは、きっと運命だったんだ」って思わずにはいられないことを。
運命のひとがきみだった/20161114
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