昼下がりの穏やかな時間、緑の草を撫でるように走る風は優しい。跳ねるように走り回るマリルやピカチュウ、遠くで群れになって眠るメリープ達を眺めていたルカリオは、ぐっと伸びをしてから一息ついた。

 柵に囲まれた広い草原。ここはとある町の外れにあるポケモン育て屋だ。そしてルカリオは、ここで働く従業員の一人、という人間の手持ちのポケモンである。


 ここに預けられたポケモンの一匹であるリオルにせがまれて、ルカリオは"はっけい"の仕方を教えてやっているところだった。
 ちらりとすぐ横に眼を向けると、リオルはルカリオに言われた通りに足を踏み込んで腰を落とし、そして両手を突き出しては「上手くいかないな」と首を傾げている。

 もっと両腕に意識を集中させて。そうルカリオが言うと、リオルはこくりと頷いた。

 リオルがもう一度足を踏み込んだところで、何やら視線を感じたルカリオは顔を上げる。それから辺りを見回すと、自分のパートナーであるがじっとこちらを見つめていることに気が付いた。
 普段からこうして預けられたポケモンの面倒を見たり重いものを運ぶ手伝いをしているルカリオは、何か手伝ってほしいことがあるのだろうかと考えて、駆け足での元に向かう。


「何だか師匠とその弟子って感じで、微笑ましくて。つい見ちゃった」

 ルカリオがの前で足を止めると、彼女はそう言いながら笑った。それからは手にしていた軍手を外すと、それを身に付けている緑色のエプロンのポケットにしまう。
 そして隣に並んだルカリオの頬に手を滑らせて、手のひらで包み込むように撫でた。ルカリオはを見上げ、それから気持ち良さそうに小さく鳴く。思わず青い尾も、風になびくようにゆらゆらと揺れた。

 そうしてルカリオとがのんびりしていると、師匠を追いかけてリオルが二人の元へとやって来た。

 リオルは二人の前で足を止めると、まず最初にルカリオを見つめ、「練習の続きを」と言いかけたが、その言葉の途中で今度はを見つめた。そしてルカリオの頭を撫でるの指先を大きな眼で辿ると、彼女の足にしがみつく。それから自分も撫でてほしいと言うように、勢いよく尻尾を振った。

 育て屋でたくさんのポケモンと触れ合っているは、それだけでリオルの言いたいことが分かったようだった。ルカリオの頭を撫でる手を止めると、おいで、と言って両手を広げる。するとリオルはきらきらと瞳を輝かせてその腕に飛び込んだ。


 の腕に抱かれるリオルを見ながら、ルカリオは昔のことを思い出していた。
 自分も進化を遂げる前は、よくこうして抱き上げてもらっていたっけ。そしてよく散歩に行ったな。そんなことを考えていると、懐かしい気持ちと同時に少しの寂しさが込み上げる。

 進化を遂げて体が大きくなったことで、に抱き上げてもらうことはめっきりなくなっていたのだ。けれど仮にが自分のことを抱き上げられるとして、そこで「おいで」と言われるところを想像すると、精神的にも成長したのか、それは少し恥ずかしいような気もした。


 ルカリオがそんなことを考えていると、同じく育て屋に預けられているポケモンのコジョフーが遊ぼうとリオルを誘いに来た。それに対しリオルは少し悩む素振りを見せたものの、するりとの腕を抜け出して駆けていく。

 はっけいの練習はまた後でだな。そんなことを思いながら、ルカリオは草原にある大きな池の周りをぐるぐると走りだしたリオルとコジョフーを眼で追う。すると、同じように二匹を見つめるがふと口を開いた。

「ルカリオがまだ進化する前、さっきのリオルみたいに抱っこしてたよね。それを思い出して、何だか懐かしかったな」

 も自分と同じことを思い出したのか。そう思ってルカリオは赤い眼を細めて笑った。それから同意するように頷くと、も釣られたように微笑んだ。


 そうして暫くの間ルカリオはと並んだまま草原に散らばるポケモン達を眺めていた。しかしふと先程と同じように視線を感じたので、へと顔を向けると首を傾げる。

 するとは、ふふ、と笑ってから両手を広げた。どういうことかとルカリオが頭の上にクエスチョンマークを浮かべると、彼女は「ルカリオも抱っこしてほしいかなって」と言う。
 その顔を見てルカリオは、チョロネコが悪戯を思い付いた時のような──わるだくみをしているような顔だと思った。続いて、恐らくその表情から読み取るに、は自分が照れたり慌てたりすると予想したのではと考えた。
 
 確かについ先程、仮にが自分を抱き上げることが出来たとして、その様子を思い浮かべると恥ずかしい気もするとは思ったが、ここでその通りに恥ずかしがるのは何だか癪だった。
 そこでルカリオはパッと顔を輝かせると、「是非お願いします」とでも言うかのような態度での前へと立った。するとやはりその反応は予想外だったのか、彼女は一瞬だけ驚いた様子を見せる。

「よ、よし」

 驚いた様子を隠すようにが慌てて口を開く。そしてルカリオの後ろに屈むとその体を抱き締めて、そのまま力を入れて持ち上げようとした。

「……」
「……」

 進化を遂げて大きくなり、当然筋肉や鋼により体重も増えていたルカリオの体は、すらっとした見た目に反して重かったのだろう。が頑張って何とかしようとしても、結果、ルカリオの足の裏が少し浮いただけであった。

「うーん。やっぱり無理かも……」

 ルカリオを下ろしたが、肩を竦める。大人しく彼女にされるがままになっていたルカリオが動いたのは、その瞬間だった。

 さっと振り返ると同時に素早く手を伸ばし、片手をの脇の下、もう片手を膝の裏に差し入れる。日頃から鍛えているからか、自分よりも背の高い人間一人を横抱きにするなど、ルカリオにとっては造作もないことだった。

「えっ?ちょっと、ルカリオ!」

 まさか自分が抱き上げられるとは微塵も思いもしなかったのだろう。ふわりと浮かび上がったは、慌てて声を上げた。

「下ろして!は、恥ずかしいから」

 他のポケモン達にこんなところを見られるのも、ましてや他の従業員達に見られるのも恥ずかしいとが慌てふためく。しかしルカリオはつんとそっぽを向いたまま、胸のトゲで傷付けないように気を付けながら、まるで水から上がったトサキントのように暴れるを落とすまいと、彼女を抱き上げる両手をに力を込めた。


 そんなことをしていると、追いかけっこに飽きたらしいリオルとコジョフーが二人の元へとやって来て、心底不思議そうな顔で一体何をしているのかとルカリオに尋ねた。

 そこでルカリオは、彼女に聞いてくれ、と笑った。

 もっとも、恥ずかしさのあまりに赤く染まった顔を両手で覆った彼女が、二匹のその疑問に答えられるなど、ルカリオは思っていない。

 
彼女に理由を聞いてごらん/20160912
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